第5話 股間がパンパンで破裂しそう?

ててて」



 気づくと、僕はおどり場に倒れていた。


 茶髪先輩を助けようとしたが間に合わず、彼女と一緒に階段を転げ落ちたらしい。


 身体のところどころが痛いけれど、落ち方がよかったのだろうか、血は出ていないし、頭も打っていないし、骨も無事だ。たぶん。


 もしかするとスタントマンの素質があるのかもしれないと、自分の意外な才能に気づきつつも、僕は、かかえていた茶髪先輩の方に目を向けた。


 

「先輩! 怪我けがはないですか?」


「うぅ」



 見たところ、彼女も大丈夫そうである。恐る恐るといったふうに、彼女は目を開き、僕の方に視線を向けた。


 そして、ゾッと


 その表情に既視感きしかんがあった。


 つい今朝方、ぶつかってすっ転んでパンツを見せてきた美少女先輩、彼女が同じ表情を浮かべていたのだ。


 

「なんてことをしてくれたの!?」



 茶髪先輩は、それこそ悲鳴にも似た声で告げた。


 

「なんてことって、先輩を助けただけですけど」


「どうして助けたの!」



 どういう怒られ方だよぉ。


 

「あんたなんかに助けてほしくなかった! 私は、あの御曹司おんぞうしとしたかったのに。まさか、この私が、!」



 すごい真剣に取り乱しているんだけど、やっぱり悩み方が謎なんだよな。



「あの、先輩、本当に大丈夫ですか? 頭とか打ってないですか?」


「大丈夫に決まっているでしょ! この学園で、んだから!」



 その理屈はちょっとわからない。



「階段から落ちるところを助けられるって、やばいよね。これって、フェーズ2とかじゃなくて、のやつなんじゃ……くそっ!」



 茶髪先輩は髪をくしゃりとかき乱してから、キッと僕の方をにらみつけてきた。そして、次のとき、僕はほおを思いっきり引っぱたかれた。



「何を!?」


「あんたのせいだからね! この変態野郎! 絶対に許さない! 言っておくけど、堕ちている間に、私に何かしたら、ぶっ殺――



 何やら不穏なことを口走りそうになった茶髪先輩であったが、突如とつじょ、ふと全身の力が抜けたように、僕の胸元に倒れ込んできた。



「ちょ、先輩? どうしたんですか? やっぱりどこか打ったんですか?」



 僕が心配して、先輩の肩を叩くと、彼女はうっとりとしたひとみをこちらに向けて、



「好き」



 と180度異なる見解を述べた。



「は?」


「好き」


「えぇっと、あそこの男子のことがってことですよね?」


「うぅん。あなたのことが好き。私はあなたのことが好きで好きでたまらないの」



 急展開であった。



「冗談ですよね?」


「本気、本命、本心よ」


「どうして急に?」


「だって、身をていして私を守ってくれたんだもの。ときめいちゃうわ」


「あそこの男子のことは、もういいんですか?」


「もう私にはあなたしか見えない」


「僕、お金持ちじゃないですよ?」


「お金じゃないの。愛なの」


「……やっぱり、打ちどころがわるかったみたいですね。病院に行った方がよさそうです」


「うぅん。病院でも治らないわ。恋のやまいはね!」



 あ、もう、なんかちょっとうざい。


 いや、僕のことを好きだと言ってくれている女子にうざいなんて言っちゃ失礼だけど、この変わり身には違和感を覚えざるを得ない。


 恋に落ちるのは一瞬だというけれど。


 これはさすがに、一瞬過ぎるよ!


 まるで別人になったような、そんな気さえするほどの変容へんよう。それこそ頭を打って記憶喪失にでもなったのではないか思えるような連続性のさ。


 いったい何が起きたっていうんだ?


 僕が混乱していると、茶髪先輩がぬるっと首に手を回してきた。



「ちょ、先輩?」


「ねぇ、はやく人気ひとけのない場所に行きましょう。空き教室とか、体育倉庫とか、校舎裏とか。早く、じゃないと、私、もう我慢できない」


「何をですか!?」


「何をって、言わせたいの? うふふ、エッチね」


「いや、けっこうです。あの、離れてください。今、いろいろあり過ぎて、頭がいっぱいいっぱいで破裂はれつしそうなんで、いったん持ち帰らせてもらいたいんですけど」


股間こかんがパンパンで破裂はれつしそう?」


「言ってないです」


「だから、私をお持ち帰りしたい?」


「言ってないです」


「うれしい」


「仮にこの状況で、僕がそう言っていたとして、本当にうれしいですか!?」



 女心はわからない。


 僕が茶髪先輩を引きはがそうとしたら、彼女は、すっと素直に腕を引いた。話が通じたのかと安心したのはつかの間で、彼女は、シャツのボタンを引きちぎるように外して、それから突進するかのように僕の身体を押し倒した。



「先輩!?」


「わかっている。何も言わないで。私はわかっているから」


「何を!?」


「嫌がっているのを無理やりおそわれたいんでしょ? もうエッチなんだから」


「何一つわかられていませんが!?」


「いいわ。私も襲われるより襲う方が好きだから。でも、踊り場でみんなに見られながらしたいだなんて、大胆♡」


「お願いだから、話を聞いて! 今、エッチなこと考えてないの! 本当に! むしろ怖いの!」



 僕の懇願こんがんをよそに、茶髪先輩は息を荒くして、そのへびの舌のようにしなやかな指先を僕の首筋にわせる。


 ぞくりと、背筋が冷える。


 まさに蛇ににらまれたかえる。今、ここでこの女に食べられてしまうという危機感が、僕の身体を硬直させた。


 身体を押し付けられ、そのやけに高い体温を感じさせることで、僕の心臓がむりやりギアチェンジさせられる。


 茶髪先輩の吐息が鼻先にかかる。


 血がしたたりそうなほどに赤い唇が、あと一息で、僕の唇を奪おうとしたとき――



 ピピピピピピ、ピー!!



 甲高いホイッスルが鳴った。


 茶髪先輩しに、一人の女子生徒の姿が目に入る。彼女は、仁王立におうだちして、僕たちを眼鏡越しに冷めた目で見下ろしていた。そして、ペッとホイッスルを吐き捨て、機械染みた口調で告げた。



受諾アクセプトしますか? それとも拒絶リジェクトしますか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る