第4話 既成事実を作らないと!

 とりあえず、校舎裏に向かうことにした。


 呼び出し状のことである。


 どうしようか、さすがに迷った。差出人も宛名あてなもない。ともすれば、僕宛ぼくあてではないのかもしれない。仮に僕宛だったとして、高校に入学してすぐに呼び出されるいわれはないし。


 ただ、もしも僕宛だったとして、校舎裏に差出人を待たせておくのもかわいそうだと思ったのだ。


 待ち人が来ないのは、さびしいだろう。


 それに、一つだけ理由がある。今朝の美少女先輩の件だ。彼女が僕の席についていたのだから、彼女から僕に宛てた手紙の可能性が最も高い。


 まぁ、それでも、理屈としてはいささか強引だけど。


 それでも、この一連の奇行に意味付けがなされるのならば、僕としては願ったり叶ったりである。


 うーん。叶うかなぁ。さらにおかしなことにならなければいいけれど。


 帰りのホームルームが終わって、クラスメイトがみつを探しにいく働きばちのように、かしましく散り散りに教室を飛び出していく。


 僕は、というと……。


 残念ながら、ぽっちさんである。


 隣の席の友介とのコンタクトに失敗して、僕は完全に委縮いしゅくしてしまった。人見知りするわけではないけれど、なんかこのクラスの奴らは、友介を含めて変な雰囲気をかもしている。


 すごい距離感を気にしているような。


 笑顔で社交的な様子なのだけれども、どこか作り物めいていて、まるで決められた台詞せりふを並べているかのような、そんな奇妙さがただよっていた。


 気のせいかなぁ。


 気のせいだといいんだけど。


 その答えも校舎裏にあれば、万々歳であるが。そんな期待を胸に、僕は教室を後にした。


 夕暮れというには、まだ早い。というより、空には白く太陽が輝いており、窓から差し込む日差しで、教室も廊下もやけに明るい。


 その明るさに呼応して、自然と生徒たちの声も大きくなるようで、校舎は青い春的な響きで揺れているかのようだった。


 陽気ようきだ。だというのに、僕は、陰気いんきな校舎裏に向かわなくてはならない。


 ……、うん、切り替えていこう。


 ただ、一つ問題があった。それは、僕が校舎裏という場所がどこを指すのかわからないことだ。


 この学園には校舎がいくつもある。1年2年3年それぞれの校舎と、特別教室棟、部室棟、さらに謎の校舎がいくつもある。あの手紙が指示する場所は、どこの校舎の裏なのだろう。そもそも表はどっちなのだろう。


 全部、回るしかないかな。


 まぁ、初めてやってきた学園を探検するのは、けっこう楽しみではある。ただ、まずは要所を見て回りたい。何で初めから裏街道なんだ?


 

「やめて!」



 僕が、どこから回ろうかと、スマホで学園のマップを確認していたところ、悲鳴のような声が聞こえてきた。


 ちょうど、先の階段のところである。


 

「おい、大きな声を出すなよ!」


「無理やりなんて、嫌!」


「ふざけんな! おまえが先にやったんだろ!」


「私が何をしたっていうのよ! 言いがかりはよして!」



 痴話喧嘩ちわげんか


 いや、痴話喧嘩にしては、いささか不穏ふおんである。茶髪の女子の方は悲鳴をあげているし、長身男子の方は、女子の腕をぐいと掴み上げている。


 

「この白々しい奴め!」



 次のとき、真剣に怒りの籠った声で叫んだので、僕は思わず走って、長身男子と茶髪女子のあいだに入った。



「ちょっとやめなよ。何があったか知らないけれど、乱暴はよくない」



 僕は、長身男子の手を力を入れて、茶髪女子から放した。長身男子の方は、驚いた顔をこちらに向けていた。



「何だ、おまえ!? 関係ないだろ!」


「いや、関係ないんだけど、荒っぽかったから」


「そんな理由で割り込んでくるなんて、おまえ、正気か?」



 え? けっこう普通な理由だと思うんだけど?


 

「それより、おまえ、ちょっと協力してくれ。そこの女を捕まえろ!」


「だから、何があったのか知らないけれど荒っぽいのはそうよ。僕も相談に乗ってあげるから」


「相談になんて乗らなくていいから、その女をおさえてくれ。そいつが俺の机の中にをなんとしても返さないといけないんだ!」



 ……?


 どうしよう、またわからない展開だ。


 

「手作り弁当もらったの?」


「あぁ、そうだ。その女が勝手に俺の机の中に入れやがった!」


「えっと、まずかったの?」


「食べてなんかいねぇよ! だが、その女が言うことには、昨日の夜から下ごしらえして、今朝も4時から起きて作ったらしいから、さぞかしおいしいんだろうな!」



 じゃ、食べればよくない?



「この女の子がそんなに嫌いなの?」


「好きとか嫌いとかじゃねぇよ。そもそも今日会ったばかりだからな!」



 確かによく見れば、スカーフの色から、長身男子の方は1年生、茶髪女子の方は2年生とわかる。


 それ以前からの付き合いということも考えられるが、長身男子の言い分を信じるのならば、2年生の茶髪女子が、1年生の彼の机に手作り弁当をしのばせたことになる。


 何か、聞いたことある話だぞ?


 

「あのぉ、君、というか先輩ですよね? どうして、彼の机に手作り弁当を入れたんですか?」


「そんなの、彼とに決まっているじゃないの!」




 ラブコメするため。


 またこの言葉だ。


 この学園に来て、既に3度聞いている。いったい何なのだ? ラブコメって、ラブ&コメディの略じゃないのか? 彼女達の中では、何か別の意味があるのだろうか。


 普通に考えれば、1年の男子にれてしまったから、恋愛関係になりたいという意味に聞こえるが。



「あの先輩、お気持ちはわかりますが、彼の気持ちも考えて、もう少し時間をかけた方がいいのではないでしょうか」


「そんなことしてたら、他の誰かとラブコメっちゃうかもしれないじゃないの!」


 

 誰かにとられちゃうと理解しよう。


 そのくらい彼のことが好きということかな?



「そいつ、大会社の御曹司おんぞうしなのよ! さっさととして、既成事実を作らないと!」



 あ、全然好きじゃない。すごい欲望にまみれている。


 どうしたものだろう。なりゆきで茶髪先輩の方を助けてしまったけれど、なんとなく長身男子の方に理がありそうな気がしてきた。



「そんな奴にラブコメされてたまるか!」



 僕が悩んでいると、長身男子の方がしびれを切らして、僕をどけようと突っ込んできた。



「待ちなよ! いろいろ事情はわかったけど、いや、本当はわかってないけど、乱暴はよせって!」


「うるせぇ! 時間がないんだよ。早くしないと!」


 

 長身男子のあせりは本物のようで、かなり強い力で押してきた。僕はその力に押されて、後ろに一歩引く。すると、後ろにいた茶髪先輩にぶつかってしまった。



「きゃ!」



 茶髪先輩は、バランスを崩して、そのまま階段の方へ――



「危ない!」



 ――落ちそうになり、僕は、手を伸ばした。

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