第3話 おまえのラブコメに巻き込もうとしてくんじゃねぇよ

 混乱する頭で、僕は席に着いた。


 正直、理解が追いつかない。いや、仮に追いついたとして、そこに納得があるとは思えないけれど。


 僕の席は、ちょうど美少女が座っていた席であった。そう、あの『パンツ覗き魔!』という不穏ふおんな言葉だけをさけんで去っていった謎の美少女先輩である。


 いったい、あのは何がしたかったのだろう。一年の他のクラスにまでやって来て、僕にパンツを見られたことを宣言したかったのだろうか。


 だとしたら、すげぇ嫌がらせだよ。


 考えるかぎりだとそんなところだけど、かなりひねくれたやり口だし、やはり現実味に欠ける。


 とすると……


 うん、わからん。


 僕は、そこで考えるのをやめた。登校して早々、いろいろあったけれど、とにかく高校生活がスタートしたのである。


 だとしたら、こんな謎過ぎる出来事には目をつむって、これから共に過ごすクラスメイトへと興味を移すべきだ。


 ホームルームが終わって、僕はさっそく隣の席の男子に声をかけた。



「やぁ、今日からよろしく。僕は小判虎守こばん とらもり


「ん? おう。俺は、友田友介ともだ ゆうすけ。よろしくな、虎守」



 友介と名乗った男子は、笑みを向けてきた。制服をきちりと着こなしており、首元のスカーフがきちりと結んである。


 まじめで爽やかな印象をこれでもかというくらいに発しているし、いい友達になれそうだ。



「それにしても、小判なんて変わった苗字だな」


「うん。よく言われるよ。縁起はいいけれど、だからって、お金持ちになれるわけではないけどね」


「ははは、そいつは残念だな。まぁ、何か困ったことがあったら何でも言ってくれよ。相談に乗るからな」



 なんて、良い奴なのだろう。


 まだ会って間もないというのに、何でも相談に乗ってくれるなんて。そんなの小中学校を9年間共にした友達にも言われたことないけど。


 これは、いい高校生活が送れそうだ。なんと言っても高校生活において最も大事なのは、いかにいい人間関係を作れるか。恋人とか友達とか。


 いい友達がいきなり手に入るなんて幸先さいさきがいい。


 その前に、頭のおかしな美少女先輩にからまれたのだけれども、そこはなかったことにしよう。


 いや、それも聞いてみればいいのか。


 困ったことがあったら何でも言っていいらしいし。


 

「ねぁ、友介くん。いきなり相談なんだけど、さっき変な女の人がここに座って変なこと言っていたでしょ。あれ、何かわかる?」


「さぁ、何だろうな。それより、どこの部活に入るか決めたか? 俺はサッカー部に入ろうかと思っているんだけど」



 え?


 それより?


 それより大事な話なんてある?


 いや、確かに部活は大事だよ。高校生活において、もしかすると最も時間をついやすことになるかもしれない。ただ、今、このときに関しては、あの美少女先輩の奇行の方が大事じゃない?


 

「あのさ、部活もいいんだけど、あの女子のことが、すごい気になっているんだよ。何か目を付けられちゃっている気がしてさ」


「俺、中学時代には、全国に行ったんだぜ。ここのサッカー部もけっこう強いらしいから、楽しみなんだよな」


「それはすごいことだと思うし、ぜひがんばってほしいところなんだけど、今はあの女子について考えてほしくてさ。先輩に知り合いとかいたりしない?」


「虎守もサッカーに興味があったら、一緒に全国を目指さないか?」


「ねぇ、僕がおかしいのかな? さっきから、ぜんぜん会話を成立させる気が感じられないんだけど」


「そうか。サッカーに興味ないのか。まぁ、無理強いはしないさ。それでも、今日から俺達は友達だからな」


「誰と話しているの? 後ろに誰かいるの? ねぇ、怖いんだけど!?」


「困ったことがあったら、何でも相談してくれよ」


「それ以前に会話ができないんだけど!」



 僕は一応、背後を確認してみたけれど、友介と話していそうな奴はいなかった。だとすると、このすれ違いはいったい何なのだろう。


 

「ねぇ、友介く――」


「おい、おまえ、どういうつもりだ?」



 もう一度、たずねようとした僕に対して、友介は低い声で問い返してきた。



「俺は、をとってんだろうが。これ以上、に巻き込もうとしてくんじゃねぇよ」



 僕のラブコメ?


 つい最近聞いた単語に、僕はひっかかりを感じた。


 だが、やはりどういう意味なのかわからない。



「それとも、おまえ、ゲイなのか?」



 ホワッツ?


 突然の質問に僕は、混乱のうずから抜け出せなかった。友介はいったい何と言った? ゲイ? 芸人か芸者の効き間違いか? いや、どちらでもないけど。



「いや、違うけど」


「本当か? いや、ゲイでもいいが、それならそうと言ってくれよ。この学園の説明会でも言っていただろ。この学園は性について差別しないし偏見を持たないが、は許さないって」



 新しい単語に僕は戸惑とまどいながらも、友介があまりにまじめな顔を向けるので、とりあえず頷いた。



「よし。俺はただの友達ポジション。そこを割り切ってくれれば、お互いハッピーなんだ。わかったか?」


「わ、わかったよ」


「わかればいい。じゃ、


「今のこの状況をまさに相談したいんだけど」



 相談しちゃだめなんだよね。それはわかる。いや、やっぱりわからないけど。


 何だかたちの悪いチャットボットと会話している気分になりつつ、僕は深いため息をついた。



 意味がわからない。



 奇怪きかいなことが多すぎる。ラブコメっちゃったと怒る美少女先輩、その美少女先輩の奇行に何の関心も示さないクラスメイト、おまえのラブコメに巻き込むなという迷言めいげんをほざく隣席の男子。


 これらを未解決にして、この先の高校生活を過ごすのは不可能だ。


 何かしら、解答を得たいが、方法がわからない。


 どうしたものか。


 なやみつつ、次の授業の準備をしようと机の引き出しに手を入れる。入れてから、今日が登校初日で、すべて教科書はかばんに入っていることに気づく。


 しかし、そのおかげで、あるものに気づいた。


 手紙。


 きれいに折りたたまれて便箋びんせんのようになっているそれは、明らかに手紙であった。宛先も送り主の名もない。だから、これが、僕宛なのか、それとも、以前の使用者の忘れ物なのかはわからない。


 ただ、期待はあった。


 この状況を打開だかいするために、誰かが、僕のために残してくれたメッセージなのではないかと。


 僕は、ごくりとのどを鳴らして手紙を開封した。



『放課後、校舎裏に来い』


 

 なんか、古めかしいヤンキーマンガに出てきそうな呼び出し状であった。

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