第2話 パンツ覗き魔!

 スカイブルーパンツの女子は、いや、この呼称こしょうの仕方はどうなのかと思うけれど、僕とぶつかって倒れて、意味不明なことをつぶやいた美少女は、くやしそうに歯噛はがみをして、それから、バッと立ち上がり、そして、走り去っていった。


 たて続けに起きた出来事に対して、僕は、あっけにとられて、ぽかんとほうけてしまっていた。


 しばらくして、ハッと気づく。



 呆けている場合じゃなかった!



 遅刻しかけているのである。僕は、慌てて立ち上がって、美少女の後を追って走った。


 走りながら、僕は、美少女の発言について思い返していた。彼女の発した謎の呟き。



 ラブコメっちゃった。



 ゆっくりと脳内で再生してみても、やっぱり意味がわからない。確かにマンガのラブコメのような展開ではあった。曲がり角で、美少女とぶつかって、倒れて、パンチラなんて、典型的なラブコメ展開といえるのではないだろうか。


 しかし、だからって、そんなやみ方あるだろうか。


 ぶつかって痛かったとか、パンツ見られて恥ずかしいとか、ちゃんと前見ろよとか、そういう反応だったらわかるのだけど。


 

「これが、高校クオリティなのかな」



 ……、いや、違うな。


 どちらかというと、稀久保学園がおかしいのか、それか、あの美少女がおかしいと考えるのが妥当だろう。


 いきなり、高校生活に不安の影が差したわけだけれども、僕は、その影を振り払うようにして走った。おかげといってはなんだが、なんとかチャイム前に校門に辿たどり着くことができたようだった。


 

「遅いじゃないか、いきなり遅刻かと思ったぞ」



 担任の女教師は、そう言って、肩で息をする僕を怪訝けげんそうに見下ろした。


 稀久保学園は美人を積極的に集めるようにつとめているのだろうか。そう疑ってしまうくらいに、今朝ぶつかった美少女と同様、担任の女教師も美人さんであった。


 菅田すがたと名乗った女教師は、長身で姿勢がよくて短髪で、目がキリッとしており、少し怖い印象を受けた。


 一方で、タイトなスカートで身体のラインをあらわにし、高校生には持ち得ない色気をしっかりと放っていた。


 高校生に対して、そんなもの出してどうすんだ、もっと出すべき相手が他にいるんじゃないか、あぁ、いないから、こんなところで振りまいているのかなどと邪推じゃすいしてしまうけれど、それはそれとして、普通にどぎまぎしてしまう思春期の僕である。


 

「すいません、ちょっと来る途中でいろいろありまして」


「女か?」


「え?」



 間髪入かんぱついれずに放たれた菅田先生の言葉に、僕は、どきっとした。


 もしかして見ていた? まさか。



「いや、その、えっと」


「なるほど、当たりか。まったく入学早々」


「そ、そんな不純なことじゃありません! ちょっと不注意だったというか、まぁ、ある意味、ラッキーではありましたけど、いえ! チラッとしか見てません!」


「ふむふむ。正直な奴だな」



 しまった、いらないことまで言ってしまった。



「別におまえをめているわけじゃない」


「あ、でも、ぶつかったのは僕の不注意で」


「そうじゃない。おまえもおいおいわかると思うが、。そういうことだ」


「?」



 どういう意味だろう。


 ある意味、運はよかったのだけれど。いや、おそらく、菅田先生に言っていることはそういうことではない気がする。


 もっと詳しく話を聞きたかったけれど、問い返す前に、菅田先生は教室へと足先を向けた。


 いろいろと気になるところはあるわけだが、僕は気持ちを切り替えて、菅田先生の後を追った。


 ついにクラスメイトと初対面はつたいめんである。


 彼らも入学して間もないはずだが、その彼らからしても僕は異質となる。溶け込むためには、序盤じょばん肝心かんじんだ。


 インパクトよりも、平凡感へいぼんかんを大事にしていこう。どこにでもいる無害な新入生。そちらの方が、この時期ならば親しみやすいに違いない。


 とにかく悪目立ちしない。それが大事。


 教室に入ると、クラスメイトは話すのをやめた。どうやらわりとまじめなクラスのようだ。それか、菅田先生がすごく怖いかのどちらかだろう。


 僕が後を追って入ると、クラスメイトの視線が僕に集まった。こんな転校生のような紹介をされなくても、しれっと席につけばよかったのではないかと今更思ったけれど、こうなったのだから腹をくくるしかない。


 菅田先生のかるい紹介を受けて、僕は自らの名前を元気に述べようとした。



「「あ!」」



 けれども、僕は、ある人に目をうばわれて、次に続ける言葉を忘れてしまった。


 僕と同時に声をあげたのは、今朝の美少女であった。彼女は、一番後ろの席に座っており、そして、目を丸くして、僕の方を指さしている。



「君は、今朝の……」


「パンツ覗き魔!」



 え?


 美少女の驚きの発言に、クラスメイトがざわめき出す。そりゃそうだろう。転校生さながらの登場をしてきた男子が、同じクラスの女子から、いきなり犯罪者呼ばわりされたのだから、事件である。


 やばいやばいやばい!


 なんとか誤解をかないと。いや、誤解でもないんだけど!


 僕が慌てていると、美少女は、すっと指を降ろした。そして、驚いた顔をいて、表情を消して、疲れたようにため息をついた。


 

「それじゃ、先生。私、


「おう、急いでな」



 美少女は、菅田先生にことづけると、そのまま教室から出て行った。


 え?


 え? え?


 僕は、混乱していた。おかしい。今、おかしいことが起きている。それは間違いない。何よりおかしいのは、このおかしい状況で、ということだ。


 他の生徒が、誰も不思議がっていない。


 パンツ覗き魔と叫んだ美少女が、ただ叫んで、そして、教室から出て行ったことに、誰も疑問を持っていないである。


 そんなことありえるのか?


 

「ほら、自己紹介の続きをしろ」


「あの子は」



 自然と自己紹介の催促さいそくをする菅田先生に、僕は散らかった脳内をなんとか整理して、ひどく単純な質問を投げかけた。



「あの子は、どうして出ていったんですか?」


「ん?」



 すると、菅田先生は、さも当然のごとく応えた。



「そりゃ、2。自分のクラスに戻ったんだよ」



 ……もう意味がわからない。

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