第4話 魔剣聖Ⅳ
世界が反転、落下したわたしたちは、地面に激突する寸前に何らかの魔術が起動し、九死に一生を得ることに成功しました。
まあ、こういう仕掛けと聞いていたのでわたしは心構えができていましたが、アナト君はそうでなかったようで気絶しています。
「あ、あ、なんあ、やわらかい……」
そして、わたしの胸を揉んでいます。
こいつどうしてくれましょうか。
わたしの胸を揉むとは、どれほどの価値があるのか、教えてあげなければならないでしょう。
そもそも女性の胸とは、気を許した相手しか揉んではいけない聖域です。いえ、もっと言えば胸だけではありません。
いくら事故とは言えどもそれを無遠慮に揉みしだくという行為は、それ相応の責任が発生しても良いのではないでしょうか。
いいえ、発生すべきです。
「とりあえず、起きてください」
「う、うーん……あ、ああああ、マ、マリさん、大丈夫ですか!?」
うーんこの。
大丈夫かとわたしを心配してる風ですが、右手は胸から離れてませんし、もみもみもとまっていません。
まあ、わたしは大人の女性ですので、淑女らしく対応してあげましょう。わたしは、優しいので。
一生、わたしの奴隷で赦してあげます。
「大丈夫ですが、どいてくれると助かります。あと、胸を揉むのも」
「え、あ、あああ、ごめんなさい!?」
まあ、そんなわたしの考えは表に出さない方が今はいいでしょう。
わたしより強くなる子をそんな風に扱うと、わたしが今までざまぁを見てきた人たちと同じ表情を浮かべないといけなくなりそうですから。
逆に考えましょう。
相手に借りを作ったのです。これを使って、相手を良いように動かせる権利を得たと思えば胸を揉まれた怒りも多少はマシになります。
強い存在とは敵対するより、縋りついて寄生です。長いものには巻かれるのが処世術。
「それよりもほら、見てください」
そして、どうやらわたしたちは無事に魔剣のある隠しエリアに来れたみたいですね。
何もない広大な空間。天井には穴があり、そこには黒い闇だけがあるのは、どういう構造なのやら。
出口もなにもありませんが、帰りはどうするのでしょう。
わたしはひっそりと帰り方を聞き忘れていた迂闊な自分を呪い始めていました。
ただ、まあ、何とかなるでしょう。
わたしが指で指示した先には如何にもな台座が鎮座ましましていて、そこには一本の剣が突き刺さっています。
それこそが目的の品。古今東西、目的の品さえとれば帰れるというのはお約束です。
ええ、お約束。だからお願いします。
と一縷の望みを抱きつつ、わたしはアナト君をそちらへ押しやります。
「アレが魔剣です。さあ、行って調伏してきてください」
「む、無理ですよおぉ!?」
「無理でもなんでもやらないと始まりませんよ。それに戦いではなく、口説き落とすんです」
「そっちの方が無理ですってぇ! あ、あの少し、時間を! 心構えをする時間をください!」
「はぁ、わかりました。少しだけですよ」
「はい……」
仕方ありません。無理矢理挑戦させたところでうまくはいかないでしょう。そうなれば待っているのは、ここから一生出られないか、もっと酷いことが起きるかです。
本人のやる気が起きるまで、わたしはとりあえず座って待つことにしました。
冷たい床石がお尻を冷やしますが、贅沢は言えません。床に敷いた外套すら貫通する冷気は、おそらく魔剣から漏れ出す魔力が原因でしょう。
このままでは体が冷えて固まってしまいそうです。早くやる気になってくださいと思いますが、アナト君はうんうん唸るばかり。
そのうちに数時間が経過していました。
「まだですか」
「あ、あとちょっと……」
「はぁ……もう良いです。それならご飯作ってもらえませんか、お腹が空きました」
「あ、良いですよ」
彼はそう言うと、スコロペンドラの肉を取り出しました。
「え、それを使うんですか?」
「もちろんですよ。案外美味しいんですよ」
「え……」
あんな足ばかり多くて、気持ちが悪いのが美味しい?
まったくもってそんなことは思えない、わたしのまで彼は、スコロペンドラの肉を使って実に器用に料理を作ってみせました。
「お、おぉ……すごいですね……」
主食から汁物、副菜まで……。全部スコロペンドラというのを抜きにしても迷宮の中でここまでの料理を食べられるとは思ってもみませんでした。
焼いただけかもとか思っていたら、きちんとしたまさしく料理と呼ぶべきものが出て来て驚愕してしまった。
これだけでも彼の後天技巧のすばらしさがわかろうというものです。
でも、どんなにすばらしく見えたとしてもこれはあのスコロペンドラの肉から作られています。
あれ、虫です。というか、あの身の詰まった足で出汁をとっていたのもばっちりと見てしまっています。
果たして本当に美味しいのか。というか、これはちゃんと食べられるのか。
料理の後天技巧があろうが、そこだけは不安です。
なにせ、わたしはグルメです。ちゃんとした料理以外口にしたく無いのです。
「敵がくる心配もないみたいだったので、つい張り切っちゃいました」
「なるほど……」
量は見ただけでわかるとおりに十分ですが、問題は味です。
虫だというところを差し引いて――本当は差し引きたくありませんが、優しいお姉さんを演じている手前、むげには出来ません。
自分で頼んでおいて、やっぱり食べないというのはわたしのイメージに関わります。
わたしは清純で可憐な世話焼きお姉さんというイメージでやっていますので、そのイメージが崩れるのはよろしくないでしょう。
さらにスコロペンドラはあまり美味しくないという噂です。
見た目があれであまり食べる人もいないので、調理法が広まっていないのもあります。
ですが、お腹もぐぅっと鳴く空腹には勝てません。
匂いはおいしそうですからきっと大丈夫でしょう。
料理の後天技巧も最高レベル。
美味しくないはずがありません。
はい、心の防波堤も築いて自己防衛終了。
さあ、食べましょう。お願いします、神様。
などと普段は祈らない神様へ一心に祈りながら愛用の木製フォークでまずは一口。
「…………!?!?」
その瞬間、わたしの脳裏を駆け抜けていったのは、濃密な味わいでした。大輪の花が咲くとはよく言った味の表現です。
淡泊ながらも良くしまった肉とピリリとした刺激的な味が脳裏に電流を流したように弾けます。
はい、有体に言ってしまえば、凄く不本意かつ、絶対にありえない評価であった蟲食が、とても美味しかったのです。
何だか屈辱です。
「ああ、美味しい。迷宮でこんな美味しいご飯が食べられるなんて思いもしませんでした」
「そうですか? これが普通なんですけど」
「いやいや、迷宮での食事なんてほとんど携帯食料ばかりですよ。それをこんな美味しい料理を食べられるとかないですよ。というか、調味料常備してるんですね……」
「え、あ、はい。持ってますよ?」
これは、本格的にアナト君を手放したチームの方々が不憫に思えてきましたよ。
冒険者でここまでできる人なんて早々いません。冒険者は大抵、戦闘系の後天技巧を修得しがちですからね。
料理にまで気を配る人はいません。だから、ほとんど修得していない。
それが料理Ⅴもあるアナト君がいたチームは毎食こんな感じだったのでしょう。
それがなくなるとか最悪もいいところで、わたしはその顔を想像するだけでご飯が進みます。
むしろ、わたしの方がアナト君を手放したくなりそうです。
常日頃からグルメを自称し、自炊などというものから逃げまくっているわたしです。
彼のような人材がいれば、わたしの成り上がらせ人生活はさらによりよくなることでしょう。
もちろん完璧なわたしですから、料理くらいはできますとも。
ですが、美味しさで言えばやはり本職に任せるべき。
どうしても迷宮などで食事が必要となれば携帯食料とかできあわせを買って何とかします。
しかし、彼がいればそんなことをせずとも、いつでも美味しいご飯が食べられる。
「これはもう、料理人になった方がいいのでは?」
「僕、料理人の生得技巧もってないから……」
「ここまでできれば誰も文句は言わないと思いますけどねぇ。あ、ごちそうさまでした」
ふむ……一考の余地ありかもしれません。
ざまぁできたあとは、知り合いのチームに放り込もうと思っていましたが。
わたしの素敵食生活の為に連れて行くのもやぶさかではないですね。
ああ、でも彼、良い子ちゃんなんですよねぇ。
絶対、わたしのやってくることに対して反対してきますよね。
一応、確かめてみましょうか。
はい、人鑑定~。
――反対確率百パーセント。
でーすよねぇ。
仕方ありません、当初の予定通りにしましょう。
短い夢でしたね、素敵食生活。
「はい、なら、そろそろ調伏言ってみましょうか」
「え、ええ、でも――」
「はい、どーん」
わたしは無理矢理彼を押して、魔剣の柄を握らせました。
「あ――」
彼はその瞬間動かなくなりました。
「さて、腹ごしらえも終わりましたし。わたしも頑張るとしましょう。目指せざまぁ鑑賞!」
わたしは悪魔の鉄・慈悲の鋼を抜き放ち構えます。
アナト君が魔剣を手にした瞬間、大量の魔物がわき出してきたのです。
多種多様な高ランクモンスターたちの群れ。防衛機構ですかね。最悪です。
「……仲間がいた方が良いとはこのことでしたか」
ま、頑張りましょう。
でも、できれば早く戻ってきてくださいね、アナト君。
わたしは一番近くにわき出した魔物を斬りつけ戦闘を開始しました。
●
魔剣の柄を握った瞬間、僕は真っ暗な場所に立っていた。
「あ、あれ、マリさん!?」
どこにもいない。
ここにいるのは僕だけだ。それに魔剣も消えている。
漆黒だけがそこにある。
そして、ここには僕だけじゃない。もう一人いた。
「――――」
そこにいたのは魔剣の魔性だ。
そうそれは理解できる。
だが、その姿は想像していたものとは大きく異なっていた。
「女の、子……?」
そこにいたのは女の子だった。
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