第3話 魔剣聖Ⅲ
そういうわけで、アナト君に魔剣を調伏してもらうことが生得技巧の開花に繋がると説明しました。
ですが、案の定、無理といい始めました。
「無理ですよ!? 魔剣なんて僕みたいなのが調伏できるわけないじゃないですか!? 魔性を倒すなんて無理ですよ!」
そこで無理というからダメなんですよ。男の子なら無理を通して道理を蹴っ飛ばすくらいでないと。
まあ、それができるなら追放なんてされていませんね。
ここは彼に同意して起きましょう。
「はい、わたしもそう思います」
「なら何で、言ったんですか!」
当然の物言い。わたしとて、同じようなことを言われては、彼とまま同じことを言い返すに違いありません。
しかし、話は最後まで聞いていただきたい。そうすればアナト君の運命はおのずと好転するのです。
「あなたでも何とかできる魔剣があるからに決まってるじゃないですかー」
そう、なんとこの迷宮にそれがあるのです。
なぜこんなことを知っているのかですって?
それは簡単です。知り合いから聞きました。わたしこれでもお友達の数にはちょっとした自身があるんですよ。
成り上がらせ人なんていう仕事をしていますから、そういう縁で色々な人と出会えるわけですね。
「そんなのあるわけないじゃないですか」
「いえいえ、ありますよー。そのための女性を口説くって話なんですよ」
「えぇ……」
「まあまあ、わたしを信じてついてきてください。あ、ついてこないなら、あれらの秘密をギルドの掲示板に張り出しちゃおうかなと」
「喜んでついていかせてください!」
うんうん、よろしい。
やはり人間素直なのが一番です。
しかし、まだまだ疑う心はあるようですね。信じる方に心は傾いているようですが、まだ一抹の不安としてわたしがやーいひっかかったとやらないかと思っているようです。
失礼な話です。わたしは追放された人にそこまでするような極悪人ではありませんよ。
あくまでも追放した人の方が標的です。
まあ、どっちもどっちみたいなもんですね。
我ながら性悪と思いますが、そこはそれ。良いことをしているのですから、チャラというものでしょう。
「それで、これから僕はどうしたら」
「まあ、とりあえずついてきてください。この迷宮には隠しエリアがあるんですよ」
わたしも知り合いに聞くまで知りませんでしたけどね。
持つべきものは優秀な友人たちです。
「隠しエリア……」
「そこに魔剣があるらしいので、それを調伏してもらいます」
そういうわけで、わたしはアナト君を先導して迷宮を進みます。
迷宮の構造は変わらない為、探索されつくした階層は地図が売られます。この第1層の地図はもちろん入手済み。
どこに行けば目的の魔剣に辿り着くかもわたしは既に知り合いから聞いています。
あとはそこに無事につければよいのですが、概ねそのような考えを持つと何かしらの邪魔を受けるのが世の常というもの。
『GIGIGIG――』
不気味な擦過音と共に天井を這いずる百足型の魔物スコロペンドラが現れました。
がちがちと上顎を鳴らしては、私たちを狙っているみたいです。
流石は静けさと信頼の平原洞ですね。ランクの高い迷宮なだけあって、第1層でもCランクの魔物がはびこっているみたいです。
普通の迷宮なら、第1層にいるのはFかEランクの魔物なのにいきなりCランクですよ。
いやになってしまいます。
わたしとしては君子危うきに近づかずを実践し、即座に回れ右。アナト君を囮に逃げ出したい気持ちがふつふつと湧き上がってきました。
「スコロペンドラ! に、逃げましょう、こいつは」
はい、まったくの同意。
しかし、わたしが逃げるとアナト君は死んでしまいますからね、仕方ありません。ここはわたしが頑張るしかないでしょう。
「毒があるんですよね。それに外骨格も硬い。でも、大丈夫ですよ」
幸い、周囲に他の魔物はいませんし、第1層で、わたしとアナト君以外に人はいないので邪魔が入るということもありません。
迷宮内なので多少の無法をやっても問題なし。
Cランクの魔物ならまだ私でもなんとかなります。これがBランクとか低ランクでも厄介とされるような奴だったら問答無用でアナト君を囮に逃げてましたけど。
とりあえず戦うことを決めたわたしは即座に腰の鞘から短剣を抜き放ちます。
鞘から解き放たれた瞬間、黒々とした刀身から禍々しいオーラが放たれます。いつ見ても思いますが、悪趣味ですよね、これ。
ですが、手放すことができないので、我慢です。
これが魔力のこもった剣。わたしの持っている魔剣の1つです。
「それは、魔剣、ですか?」
「はい、そうですよ」
わたしは後天技巧で魔剣使いを修得していますので。
もちろんスキルレベルは頑張ってあげてⅤです。血反吐を吐くような修行を10年もする羽目になりましたが、おかげさまで魔剣を十全に使えます。
まあ、生得技巧で魔剣使いを持ってる人には負けるんでしょうけど。
「血を吸いなさい――『悪魔の鉄・慈悲の鋼』」
『悪魔の鉄・慈悲の鋼』は、短剣型の魔剣です。
どこぞの酔狂な鍛冶師が悪魔を数千匹集め、抽出した鉄分を精錬した悪魔鉄鋼を使って鍛え上げたそうです。
そんな尋常ではない来歴を持った剣は、当然のように魔剣となりました。
しかし、とある剣士が使っているうちに折ってしまい、これを修復するために聖者の灰が混じった鋼を使ったそうで、魔剣はさらに二重の魔性を帯びることになります。
それが悪魔の鉄・慈悲の鋼という悪魔と聖者の力を持った魔剣です。
世にも珍しい二つの能力を持つ魔剣として新生したわけですが、これ武器屋の倉庫に眠っていたものなんですよね。
いやぁ、良い買い物でした。
ちなみに、悪魔の力は血を吸わせることで力を発揮します。
正直、わたしとしては血を吸わせたくなどないのですが、そうしないと働いてくれないのです。
困りものです。
なんで血を吸われたくないのかですか? だって、痛いじゃないですか。わたし、痛いのは嫌いなんです。
『GIGIGIGIGI!!』
「あ、危ない!」
「はいはい、前に出ない。危ないですから」
準備を終えたのと同時、スコロペンドラがわたしに向かってとびかかってきます。
わたしは無造作に悪魔の鉄・慈悲の鋼を振るいます。
完全に目測を誤って当たらないような場所で振ってますが、それで良いのですよ。この悪魔の鉄・慈悲の鋼は、まず振らないとお話にならないのです。
一度振ってしまえばそれでよし。あとはスコロペンドラが突っ込んでくるのを待つばかり。
当然、相手の突撃に併せて振ったので問題なく魔剣は機能を発揮します。
先程、魔剣を振るった軌跡の中に入ったスコロペンドラの動きが止まる。
赤い鎖が軌跡から生えて侵入したスコロペンドラを拘束する。
「え、こ、これは?」
「血晶領域。まあ、振った部分をわたしの血で支配して、相手を拘束する。まあ、それだけの魔剣です」
それだけですが、Bランク後半までなら完全拘束、Aランクでも半分拘束。Sランクは無理ですが、まあ、十分な性能でしょう。
『GIGGI!?』
「もう動けませんよ。あとはこれを――」
悪魔の鉄・慈悲の鋼で甲殻の隙間に刃を入れて頭を斬り落とす。しばらくうねうね動いて気持ち悪いですが、すぐに動かなくなりました。
「はい、一丁上がりです」
「す、すごい……」
「いえいえ、すごくないですよ」
これ以上に君は凄くなりますし。
「あ、解体お願いしてもいいですか?」
戦って疲れた――実際は特に疲れてませんが――わたしは、スコロペンドラの解体をアナト君に任せることにしました。
わたしよりも後天技巧のレベル高いですし、任せましょう任せましょう。任せられるところは人任せです。
あえて理由を言うなら、彼の活躍も見ておきたいから、ですからね。
「はい、わかりました」
彼は了承してくれて、解体にとりかかりますが、これの手際のよいことよいこと。
ほとんど時間をかけずに除去が難しい外骨格を外し、腑分け、肉を部位ごとに袋詰め。
最も解体が困難な毒腺すら完全な状態で外してしまったではありませんか。
なんとまぁ、やっぱり解体Ⅴってすごいんですねぇ。解体Ⅹとか生得技巧で持ってる人、どういう解体になるのか俄然興味が出てきてしまいました。
解体Ⅹの人は戦いには出ませんからね。本当、どうなるんでしょう。
戦いながら生きたまま分解するとか? 怪奇小説みたいですね。それはそれでちょっと見てみたいです。
どんな絶望の表情を浮かべるんでしょう。
おっと、いけません。ついつい、変なことを考えてしまいました。
でも、アナト君が抜けた後って大変でしょうね。
ここまで綺麗に解体できる人は本職くらいでしょう。大抵の冒険者でも頑張ってようやく解体Ⅰですよ。
それも十数年冒険者を続けて解体を自分でやってという話です。
それでも稼ぎは出るところを、解体Ⅴで解体しているアナト君の素材売却の稼ぎってかなり補正入りそうですよね。
本職はもっとすごいですが、これだけできれば冒険者としては破格も破格です。
外骨格に傷一つありませんし、毒腺とか珍しい部位も綺麗にとってくる。
魔術学院の研究科の買取査定でも普通に高評価でしょう。買取価格かなりのもののはずですけど、彼にそこまでお金があるように思えませんし、ちょろまかしてましたね。
ふふふ、これはアナト君を追放したチームのやつらの顔を見るのがとっても楽しみになりましたよぉ。
「いやぁ、凄いですね」
「すごくないですよ……僕、これしかできませんから……」
「いえいえ、何を言っているんですか。毒腺をそんな綺麗に抜き取れる人なんて本職でも中々いませんよ」
「そうなんですか?」
「わたしだったら、そっこーで毒腺突き破ってます。あなたを追放した人たちは見る目がありませんね!」
そう言ってあげると感極まったように顔を背けられました。
男の子ですね。涙は見られたくありませんか。
わたしも空気を読んでみていないふりをしてあげましょう。うんうん、流石わたし、良い女です。
「さて、解体も終わりましたし、さくさく行きましょうか」
「はい!」
良い返事です。
元気になってきたようで何より何より。
まあ、問題はこの後だったりするのですけど、大丈夫ですかねぇ。まあ、きっと大丈夫でしょう。
おそらく、たぶん。
わたしは楽観を貼りつけながら、迷宮1層を進みました。
そして、ついに目的の場所へと辿り着いたのでした。
「あの、何もありませんけど」
そこは小さな小部屋です。
何もない迷宮の端っこの方にある。
何かが掘ったのか、自然にそうなったのか。何もない行き止まりのどん詰まり。
こんなところに何かあるというのか。ここに何かあるというのならば、迷宮にはもっと大きなものが眠っているに違いないでしょう。
しかし、そこは隠しエリア。
こういう場所にこそあるというもの。
「ええと、確か、この辺りで」
魔力を床にぶつけてやる。
ふわりと盛り上がる砂煙と埃。
「うわああ!?」
「ごほ、うえぇ、やるんじゃなかった」
やって後悔しましたがもう遅いというか、仕掛けが発動しました。
その瞬間、天井が床に、地面が天井に。
世界が反転し、わたしたちは落っこちたのでした。
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