第2話 魔剣聖Ⅱ

「さて、行きましょうか」

「ええと、よろしくお願いします。生得技巧はありませんけど、遅れないようについて行きます」

「大丈夫ですよ。そんなに緊張しないで。さあ、行きましょう」


 わたしとアナト君は、早速迷宮に潜ることにしました。

 係員にライセンスを見せて、おっとその前にもう一度確認しておきましょう。


(人鑑定)


 わたしはこっそりとわたしに許された唯一の生得技巧スキルを使用しました。


 名前:アナト・ウシャス

 職業:冒険者

 現在値

 体力値:C 魔力値:D 筋力:C 敏捷:D 頑健:C 精神:E

 潜在値

 体力値:S 魔力値:A 筋力:S 敏捷:A 頑健:S 精神:B 

 生得技巧:魔剣聖Ⅹ

 ※開花条件未達成につき、生得技巧不活化。

 開花化条件:Aランク以上の魔剣の調伏

 後天技巧:補助魔法Ⅰ 解体Ⅴ 武具整備Ⅴ 料理Ⅴ

 性格:温厚でドが付くほどのお人好し

 冒険者志望理由:モテたい

 敵対判定:なし

 財産――


 ふむふむ、悪くないですね。

 現在の身体能力はゴミですけど、潜在能力は悪くありません。というかほとんどがBランク以上とか強すぎです。

 わたしなんて潜在能力、全部C以下ですよ? 耐久に至ってはわたし、最低一歩手前のEですよ?


 それにそもそも習得までいかない、習得したとしてもⅠとかⅡどまりの後天的に得られるスキルである後天技巧もいくつか持ってます。

 さらに、解体と武具整備、料理の3つなんて最大のⅤです。


 後天技巧ってⅠでも持ってるだけでその道の専門家に及ばないとは言えど、プロと名乗っても問題ないレベルです。

 それをⅤにするとか相当の才能があり、かなりの努力をしてきたということになります。


 雑用係としてはかなり優秀じゃないですか。彼ひとりいたらきっと冒険は華やぐに違いありません。

 解体した魔物を美味し上に様々な特殊効果を付与してくれる料理にしてくれるだけでも破格なのに、武具の手入れをさせたらそこらの有象無象がやるよりもいい仕事になる。


 実に勿体ない。


 というか、やっぱりあるんですよね生得技巧、それも他に類型のないユニークなのが。

 まあ、あるってわかってなかったら彼に声なんてかけてませんけど。


 改めて見ると条件未達成で不活化中だから、神の瞳にも表示されなかったわけですね。

 まあ、仕方ありません。あれ、鑑定のスキルレベルってせいぜいがⅤですから。


 教会に入った知り合いから聞いた話なんで間違いありません。

 というか、スキルレベルⅤ以上の魔道具なんて相当の才能を持った人でないと作れません。


 スキルレベルがⅤでも後天技巧の最大レベルと同じなので量産品なら十分。むしろ破格。

 そもそもそれだけあれば隠蔽を使っていない子供の生得技巧くらい簡単に鑑定できちゃいますからね。


 じゃあ、何でわたしがわかるかですって?

 それはもちろんスキルのおかげです。


 ――人鑑定Ⅹ


 それがわたしに与えられた祝福の名前です。

 最高レベルの人鑑定。どのような人も一目見れば、その人の職業から秘めた性癖まで、たちまち丸裸にしてしまえるスキルです。

 簡単に言ってしまえば人にしか使えない鑑定スキルです。


 鑑定は技量と才能を包括したスキルレベルにもよりますが、その物品から魔物、人まで様々なものの情報を知ることのできるスキルです。

 結構、重宝されますね。魔物の種類とか、魔法の種類だとか色々な情報がわかりますし、スキルレベルが高ければわからないことはないなんてレベルでわかっちゃいます。


 わたしの人鑑定は要はそれの人のみ版。

 人によっては人特化、制限鑑定などなど色々と言われたりします。

 まあ、戦いには慣れないと役に立ちませんし、人しか鑑定できないので用途も限られるのは事実です。


 それで馬鹿にしてくるような人たちには秘めた性癖を掲示板に貼り付けてやれば黙りますが、そんなことに使っては勿体ない。

 この力は、成り上がらせ人としては非常に便利なのですよ。


 芽が出ていない人を成り上がらせるには、その人に眠っている力を知る必要がありますから。


「ここがシスマの迷宮ですか」


 鑑定もそこそこにわたしたちは迷宮へと足を踏み入れました。

 まずわたしたちを迎えるのはじめっとした空気です。

 迷宮には開放型と閉鎖型の二種類がありますが、こちらは閉鎖型のフロアのようですね。

 開放型は壁がない森や平原、海などの広大な空間を有した迷宮のことで、閉鎖型は洞窟や遺跡など壁のある限定された空間の迷宮のことです。


 確かシスマの迷宮は階層ごとに閉鎖型、開放型が入れ替わる珍しい迷宮だったはず。

 そのため迷宮のランクはSからFまでの中で上から2番目のA。難易度もそこそこ高い迷宮です。


「はい、シスマの静けさと信頼の平原洞です。えっと、それでどこへ行くんですか? 4層までなら僕でも案内できますけど」

「目的地ですか」


 さて、流石のわたしも1人で、しかもアナト君を抱えて4層まで昇るのは至難の技です。

 そもそもわたし、そこまで強くありませんし、というか弱いですし。

 人間相手だったらどうとでもなるんですけど、魔物相手は正直苦手です。こんなところで目の前が真っ暗になって死ぬなんていうのはごめんですよ。


 まあ、そこはそれ。

 アナト君を成長させれば問題なしというか。元々この迷宮に潜ったのは彼を成り上がらせる為です。

 ですので、まずは彼の生得技巧を活性化させることからです。


 そのために必要なのが、魔剣の調伏、それもAランク以上の。


 魔剣とは魔性を宿す生きた剣のことを言います。

 SからFでランク付けされていて、Sに近付くほど非常に強力になります。


 大抵が迷宮の中から出土しますよ。わたしも1本持ってます。普通の剣よりも性能がいいですからね。

 魔力を込めれば疑似的ですが、特殊なスキルが使えたりします。


 ただし、それはあくまでも剣を使いこなしているとは言えません。

 魔剣を真に使いこなすには魔剣使いと呼ばれるスキルが必要になります。おそらくアナト君の生得技巧もこの類でしょうね。


 そして、そういう魔剣使いが魔剣の真の能力を引き出すために行うことが魔剣の調伏です。

 魔剣に宿る魔性に主と認めさせることでその魔剣に宿る真の力を使うことができるようになるわけです。


 そのやり方は多くが、魔剣の魔性と戦って屈服させること。

 Aランクの魔性ともあれば、相当の相手でしょう。

 まず間違いなく今のアナト君が挑めば死んでしまいます。


 しかし、彼の生得技巧を活性化させる条件にそれが設定されているのでやらなければなりません。

 まったく神様というのはいつも思いますが理不尽な存在です。こんな条件つけていったい何を楽しんでいるのでしょうか。


 ただそんな条件を付けるということは、彼はかなりの潜在能力を秘めていると見て良いでしょう。

 確認した以上の何かが発生する可能性すらあります。これは成り上がらせ人の腕がなるというもの。


「あの……?」


 おっと、つい考え込んでしまいました。

 わたしの悪い癖ですね。


「ああ、すみません。ちょっと考え事をしてまして。ひとつ聞いてもいいでしょうか?」

「はい、僕に答えられることなら」

「アナト君は、女の子の扱いって得意ですか?」

「え……? な、なななな、なにを言っているんですかいきなり!?」


 うーん、この反応。初心ですね。

 そうなるとすこーし厳しかったりしますが、まあ、何とかなるでしょう。

 いいえ、何とかするのがわたしです。


「良いから答えてください。女の子と付き合ったこととかあります?」

「な、なんでそんなこと言わなくちゃいけないんですか!」

「重要なことなんですよ。お願いします、助けると思って」

「うぅ……な、ないです」

「ふむ、では女の子を口説くとかできます?」

「で、できるわけないですよ!? それよりなんでそんなこと聞くんですか!」

「ああ、それはですね」


 わたしは持っていた鞄の中から眼鏡を取り出してかけます。


「あの、それは?」

「実は、これ古代文明の遺物アーティファクトなんですよ」

「遺物って、あの今の技術じゃ再現不可能な魔道具っていう……?」

「はい、そうです」


 迷宮や古代遺跡から見つかるものを総称して遺物と呼びますが、そこの詳しい区分は別に関係ないのでまたあとにしましょう。

 あとぶっちゃけるとこの眼鏡ただの古臭い眼鏡です。

 知り合いの細工師に特注で作ってもらった、古臭いそれっぽい眼鏡です。効果はなにもありません。


 まあ、多少はわたしの魅力を引き上げる効果があるらしいのですが、もとから魅力的なわたしです。

 多少引き上げたところであまり変わらないので本当にただの眼鏡です。


 なんでこんな時にそんなものをかけたのか。別にファッションとかそういうノリではありません。

 もちろん理由があります。


 その理由とは説得力です。人鑑定とかいうスキルであなたの生得技巧があることがわかりました、なんて言われたところで誰も信じてくれません。

 それに人鑑定スキルを持っているとか、ちょっと知られたくありません。


 そこでこの眼鏡の効果ですと言えば、割と信じてくれるんですよ。

 人というものは、こういう正体不明の遺物の効果と言われれば不思議と信じちゃうものなのです。


「これ、かなーりすごーい、鑑定の力があるんですよ。で、これであなたを見た時、凄い才能が眠っていることがわかったんですよ」

「はは、そんなわけないですよ」

「あ、信じてませんね? でも本当ですよ。あなたにはとてもすごい生得技巧があります」

「……本当、なんですか……?」


 信じたい、だけど騙されたくないとか裏切られたくないって気持ちの間で揺れ動いていますね。

 あと一押しでころっとこちら側に落ちるでしょう。


「はい。本当です。わたしはこういうことに関しては嘘は吐きません。そうですね、証拠としてあなたの得意なことをわたしが答えましょう。魔物の解体、料理、武具の手入れがすごく得意じゃありませんか?」

「た、確かにそうですけど……」

「ふむ、まだ信じられませんか。まあ、それくらいなら調べればわかりますもんね。だったら、大好物はシュリンガーラ地方のシュリンガーラビール。生まれた時はどんな風だったか、幼少期の恥ずかしエピソード、七歳の頃までのおねしょ癖、女性の好きな部位はお尻、初恋の相手、初体験の場所……」

「わー、わー、わーあああああああああああああああああああああああ!?」


 慌ててわたしの口を塞ぎにかかるアナト君。

 当然です、わたしが言ったことは全て本当のことなのですから。人鑑定を舐めてはいけません。


 もちろん、その行動も予測していたのでそれをひらりと躱します。流石わたし、スマートですね。


「な、なんで!?」

「言ったでしょう? この眼鏡の効果です」


 人鑑定というのは結構、融通が利くのです。まあ、人にしか使えないという制限があるからでしょうけど。

 人鑑定でわかることは、文字通り人の全てです。秘密にしたかったあんなことやこんなことまで。

 色々な項目を設定してやれば、その人がどの部位からお風呂で洗うとか、昨日何をていたのかまで、事細かにわかってしまうのです。

 その分、頭が痛くなったりするんですけどね、


 まあ、あまり知りたくない情報とか無制限に見えてしまうと面倒なので、普段はわたしが知りたいことだけが表示されるようにしてます。

 初めて人鑑定を使った時、何の制限もなかったせいで、見知らぬおっさんの性癖からアレの長さとか、アレまでの時間まで知ってしまったのは幼少期のトラウマです。

 しかも、わたしのこと性的な目で見てたクソ変態だったので、牢屋にぶち込んでやりましたよ。

 あの時の変態の顔は今でも忘れられません。


「信じる気になりました?」

「し、信じます……うぅ、あんなことまで知られちゃうなんてぇ……」


 あ、がっつり落ち込んでしまいました。

 うーん、繊細な子ですね。

 まあ、わたしだってかつての黒歴史だとかそういうものをバラされたら死にたくなるのはわかります。


 本当はこういうことはしたくなかったのですいけど、これも信用を得るためです。


「これであなたにも生得技巧があると信じてくれましたね」

「はい……」


 アナト君は嬉しそうに顔をほころばせます。

 当然ですね、つい先ほど生得技巧がないから追放されて、すぐにあなたには生得技巧がありますと言われれば誰だってそうなります。


 ですが、まだまだですよ、アナト君。

 君には追放した人たちをざまぁしてもらわないといけないんですから。この仕事、やってるのその顔を見ると、とてつもなくスカっとするからですからね。


「でも、それで女の子の扱いと何の関係が?」

「決まってます、魔剣を調伏するために口説いてもらうためですよ――」


 そう、それが彼の才能を開花させるための方策。

 魔剣を口説き落としてもらう。

 それがアナト君ができる唯一の方法です。


「え、ええええええええええええええええ!?」


 アナト君はあまりにびっくりしたのか、叫び声をあげました。

 まったくうるさいですね。

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