とあるギルドの成り上がらせ人
梶倉テイク
第1話 魔剣聖Ⅰ
――そう、それは冒険者ギルドではよくある光景。
僕、アナト・ウシャスには夢があった。
それは冒険者になって英雄になること。
お金持ちになるのもいい。
とにかく村を出て何かになれるなら僕は何だってよかったんだ。
けれど、現実はうまくいかない。
でも、そんな僕もやれると信じていた。
この時までは――。
「――アナト・ウシャス、お前をオレたちのチームから追放する!」
「そんな、今まで一緒にやってきたのに……!」
親友であるイズンの言葉が、僕に痛く突き刺さる。
冒険者志望でこの都市で出会ってから、大金持ちになる、英雄になるだなんて夢を語り合った頃の笑顔はどこにもない。
今は、ただ塵を見るような視線を僕に向けている。
冗談ではない。イズンは本気で、僕をチームから追放しようとしている。
「なんで、どうして!」
「おいおい、理由なんてわかり切ってるだろうが。むしろ今まで稼がせてやったんだ礼が欲しいくらいだぜ。なあ、生得
「そ、れは……」
生得技巧。
それはこの生まれた時に持っている才能や力のことを言う。誰もが持っているはずの当たり前の祝福。
10歳になると教会にある神の瞳という魔道具で、生得技巧を鑑定し教えてもらうという決まりがある。
与えられた生得技巧を見て、将来の指標とするのだ。
だけど、僕は生得技巧が表示されなかった。何度試しても結果は同じ、大きな街の教会にも言ったけれど、僕の生得技巧が表示されることはなかった。
僕は完全に無能と蔑まれることになった。
「え、エリウ……」
唯一、幼馴染のエリウだけは、生得技巧が表示されなかった僕とも仲良くしてくれた。
いつか世界一の冒険者になるという小さい頃の夢を叶えるために僕と一緒に冒険者になってくれた。
今回だってイズンを説得してくれる。そう思った。
「ごめん……アナト」
「え……」
「アナトは冒険者になるべきじゃなかった。いつかは強くなれる、生得技巧が目覚めるかもって思ってたけど、それもない。このペースで先に進めば、いつかアナトは死んじゃう。私には耐えられない」
だけど、そうじゃなかった。
エリウはイズンを止めるどころか、それに同意しているようだった。
目の前が真っ暗になる。
僕を心配しているとわかる。わかるからこそ、引き留めてほしかった。
僕だってやれるのだと、言いたかった。
けれど、言えなかった。
「なんで……」
「決まってんだろ。オマエがいるからオレらが迷宮で足踏みしてるってことに気が付いてねえのかよ」
「で、でも――」
それはわかっている。
僕らは迷宮の5階層のボスを倒そうとして、何度も失敗して帰還している。
僕だって囮になったり荷物持ちをやって頑張ってるし、夜も寝ないで見張りをしているのは僕だ。
「戦力がいなきゃシスマの迷宮の5層より上にいけねえ。それにオマエ、魔物と戦ってすらいねえだろ。守られてばっかだ」
「それは……」
それも事実だ。
この迷宮都市シスマに来てからは、僕はなにも出来ないでいた。
シスマの迷宮は生得技巧もない僕じゃ何もできないくらいに高ランクの迷宮で、僕は本当にお荷物だった。
でもエリウはいつか強くなれるからと言ってくれた。
「このまま行きゃ、テメェは死ぬ。だったらさっさと追い出してやるのが優しさってもんだろう。それをエリウもわかってんだよ」
「…………」
エリウは僕から目を背けている。僕の方を見ようともしない。
それが、ますます僕をみじめにさせた。
「わかったよ……」
僕もわかっていた。
僕は弱い。何もできない。剣を振ったら、生得技巧で剣士を持っているイズンには勝てない。
一応、魔力があるからと魔法を使おうとしても魔女の生得技巧を持っているエリウのようにはいかない。
本当ならさっさとやめるべきだったんだ。
「わかったみてえだな。行くぞ」
話は終わったとばかりにイズンたちは去っていく。
そばにいた見知らぬ少女は、新しいチームメンバーだろうか。かわいい子だった。イズンが好みそうな。
イズンは女好きだ。儲けのほとんどを娼館につぎ込むほどの。チームメンバーはみんな女の子。
新しい子を見つけたから、いらない僕を捨てたってことか。
「うぅ……くそ……なんで僕はこんなに弱いんだ」
イズンに殴りかかることもできない。殴りかかれば斬られる想像の恐怖で動けなかった。
「あらあら、大丈夫ですか?」
「え……?」
ふいに蹲る僕に、声が降ってきた。
顔をあげると、そこには灰色の髪をした見たことないほど綺麗な女の子がいた。
まるで天使だと僕は思った。
そして、本当に彼女は僕にとって天使だった。
●
――さて、ようやくわたしの出番です。
おっと、その前にまずわたしの仕事について説明しなければならないでしょう。
必要なのは何をおいても落ちこぼれです。
そう目の前にいるアナト・ウシャス君です。
魔物を倒し、迷宮を踏破し、未踏破領域を冒険して地図を広げる冒険者という職業の人たちがいます。
仕事内容からわかるとおり、危険な仕事が多く誰でもできるというわけではありません。
相応の実力がなければやっていけない世界です。できない人は死んで、できる人が残ります。
もちろん1人でやるというには厳しい仕事なので、大抵の場合は、チームを組みます。
そうですね、概ね6人程度です。
伝説に語られるような教会の偉い人が定めたルールらしいですが、詳しいことはわかっていません。
重要なのは人が集まると、問題が発生しやすくなるということです。
報酬の山分け問題、役割問題、金銭トラブル、女性関係などなど。
古今東西の冒険者ギルドの酒場や、街中の酒場に足を向ければ、その手の話はごまんと転がっています。
中でも一番多いのが落ちこぼれ問題です。
何をやっても芽が出ないアナト君のような人は結構いるもので、そういう人は何らかの事情を契機にチームから追放されるのが常です。
アナト君の場合は、チームリーダーで実力者のイズン君が好みの女性を見つけた。彼女がソロでチームを探していた。
そういう事情がかみ合ったことを契機としてこのタイミングで追放されたというわけですね。
何ともありふれた話です。
世界中に目を向ければ、同じようなことがどこかでも行われていることでしょう。
一々気を向けては時間も銭も足りないというもの。ギルドは絶対に手出ししてきません。
そこで登場するのが、このわたしです。
「ええと、あなた、は?」
さて、今回はなんと名乗りましょう。
名前はその都度変わるので、どうぞご自由にお呼びください。
なんていうのは事実なのですが、この場で言うには怪しすぎます。冗談にしようとしてもすべるの確定です。
「そうですね、では、マリとお呼びください」
だから、いくつかある普通の名前を名乗ります。
冗談を言い合うには初対面ですし、ここは好感度を稼いでおきましょう。
名前で好感度が稼げるのかは知りませんが。
「マリ、さん? ええと、僕に何か御用ですか……?」
「一緒に迷宮に潜りません? 今、一緒に迷宮に潜ってくれる人を探してるんですよ」
あらかじめ用意していた文言をアナト君に告げます。
こう言われたあとの彼の反応はきっとこうです。
――でも、僕なんて。
「でも、僕なんて……」
ほら、予想通り。
追放されたばかりで自分に自信がないのはよくわかりますが、わたしもお仕事ですのでそんなことに構ってはいられません。
「安心してください。人数合わせですよ」
「人数合わせ……?」
「はい。わたしこれでも結構強いので、いつもは1人で迷宮に潜っているんですけど、ほらここの迷宮ってギルドが入場制限してるじゃないですか」
「ああ、確かに。二人以上じゃないと入れないってやつ」
「ええ、それで困ってしまって」
入場制限のことも知っていますし、困ってもいません。
ですが、大抵のお人好しは困っている人のことは見捨てられません。アナト君がそうとは限らないって?
確かにそうですね。
でも、わたしはわかるんですよ。
その人がどういう人で、その人がどういう力を持っているのか、隠しているのかまで、全部。
まあ、その話は追々するとして。
「どうですか? わたしと迷宮に潜ってくれませんか?」
「……わかりました。僕でよければ」
「ふふ、よろしくお願いしますね」
第1段階はクリア。
待っていてくださいね、アナト・ウシャス君。
追放されたあなた、わたしが成り上がらせてあげましょう。
この成り上がらせ人のわたしが。
そう、わたしの仕事は、追放された人を成り上がらせる、成り上がらせ人なのです――。
――まあ公式の職業ではないので、追放された人を成り上がらせて、追放した人たちのざまぁされた顔を見るのが楽しみな、ただの無職美少女になってしまうのだけが玉に瑕なんですけどね。
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