裁判官

 そして着いたぞ。なんかデカい門の入り口に。

「ここは?」

――秦広王の執務室への門だ

 確か冥界の裁判官の一人、だったっけ?

「閻魔大王じゃねーのかよ?」

――俺ならば閻魔に直接頼む事が可能だし、実際そうやっているが、貴様は順番を踏んだ方が良かろう。たかが人間で、しかも初見なのだ。手順を飛ばすより遥かに良い

 いやいや、そりゃそうだけどな。そもそも順番抜かしをやっている訳だしな。

――貴様は時間経過による晩飯の心配をしているようだが、礼儀は必要なのだ。そこは理解できるだろう

「いや、今日はジャンプの発売日だから、早く買わなきゃと思ったんだが」

――手順通りに行くのは容易い。それを今更貴様にやれと言うのも酷な話。良かろう、閻魔羅紗に直接話に行こうか。ジャンプが売り切れていたら目も当てられんしな

 チョレエだろこいつ、つうかどんだけ物欲に塗れてんだ。ジャンプが読みたいからって他の裁判官からしたらそりゃねーだろって言うだろ。

 まあいい、チャッチャと片付けて晩飯だ。昼もまだ食ってねーけども。

「うん?そういや昼飯どうしようか?ここにファミレスとかあるのか?」

――ある訳がなかろう。貴様が店舗を開けば良い話

 冥界でファミレス経営しろってのかよ。儲かるんなら考えるが。いや、面倒くせーからやっぱいいや。

「んじゃ閻魔大王の所に飛ばせ」

――うむ

 言ったと同時に背景が渦巻く。しかし、それは一瞬の事。瞬きの間に偉そうな親父の目の前に出たぞ。

 漫画とかでよく見る閻魔大王って感じだった。鬼神っぽいような気もする

――うん?地の王ではないか?また厄介事か?

 愉快そうに笑うオッサン。いきなり現れたにも関わらずの余裕だった。他に控えている鬼神はみんなたまげて尻餅ついているってのに。

――確かに厄介事だが、今回は本人が直接願い出るそうだ

 ずいっと身体を避ける虎。これにより、俺の姿がオッサンに見え見えになった。

――うん?死人を直接連れて来たのか?いや……そうじゃないな……命があるように思えるが……

 訝しげに目を細めるオッサン。じーっと観察されているようであんまいい気分じゃねーな。

「おいオッサン、見定めるような目はやめろ。そして俺の頼みを聞いてくれ。解ったか?」

――何言ってんだ貴様!?

 虎がびっくり仰天って具合で突っ込んだ。今更じゃねーの?

「何って、要望だろ、言ったのは」

――要望!?この儂に対する態度ではないぞ小僧!!

 いや、この儂とか言われてもだ。

「だって俺とお前は初見だろうが。この儂も何も、自己紹介もまだだろうが?俺は見定めるような目をやめろと言っただけだ。後は頼みを聞けとしか言ってない」

――それが無礼だと言っているのだ!!

 虎とオッサンが同時に突っ込んだ。言いたい事も言えんのか、冥界ってのは。

「まあいい、自己紹介もせずに頼みを聞いてもらおうとは微塵たりとも思っちゃいない。俺は北嶋。北嶋 勇。オッサンとは初見だが、間接的に結構な付き合いがある筈だよな?」

――だからその無礼な物言いは北嶋 勇だと!?

 仰け反ったオッサン。しかし、瞬時に立つ。そして椅子が倒れた。オッサンは今更ながらでっかい人間だ。座っている椅子もでっかい。その椅子が倒れたのだから控えている鬼神たちがプチパニックに陥る。

――だ、大王様!!椅子を倒されては困ります!!我々では起こせないんですから!!

――やかましい!!!

 鬼神達の苦言を大声で制した。超ビビッて固まった鬼神達。成程、これがパワハラって奴だな。

 険しい顔だったオッサンだが、見る見るうちに破顔する。

――考えてみればその通り。地の王が連れて来る生者ならば、貴様かその伴侶しか居らんだろうからな

 言いながら腰掛けようとするが……

「待て待てオッサン。椅子ぶっ倒したままだろうが。それじゃ後ろに倒れちまうぞ。お前の手下って椅子も起こせない貧弱な連中なんだろ?オッサンが倒れたら起こせる奴がいなくなるだろうが」

――ふむ、その通りだな、だが、鬼神を貧弱とは、やはり貴様は面白い

 そう言って自分で椅子を直して座った。ズーン…とか音がしたが、このオッサン体重どんくらいあるんだ?

 まあいいや。じゃあ頼み事開始だ。

「実はな……」

 俺は天パの依頼内容を述べた。簡単に言うと、地獄に堕ちた馬鹿から話を聞きたいからどうにかしてくれって奴だ。

――ふうむ……貴様は万界の鏡の所有者だろう?その気になればその罪人の犯罪など簡単に知る事ができるのではないのか?

「そりゃ当然すぎる程当然の事だが、本人に直接、って所がな。俺が視た事をつらつら述べてOKっつうなら冥界に来ていない」

 用事が無かったらこんなところに来てねーだろ。大体今日はオフだったんだ。そもそも仕事もしたくねーんだよ。

――それもその通りよな。しかし、己の事情が全てとは、やはり貴様は面白い!!

 なんか豪快に笑っているが、そんなに面白い事を言ったかな?

――閻魔羅紗よ。貴様が会いたがっていた北嶋 勇は常にこんな感じだ。貴様だからこそ寛大に許しているのだろうが、他の神は違うだろう。だからここで応と言って貰いたい

 虎が静かに、だが重くそう言う。

「どういう事だ虎?」

 ジロリ、と俺を睨む虎。

――閻魔羅紗は貴様に興味があったが故、貴様の無礼な物言いにも寛大だったが、他の裁判官は違うと言う事だ

「よく解らねーけど、力付くも考慮しているんだが、その辺はOKだろ?」

――良い訳が無かろうが。俺の顔を潰すなと言った筈だ

 ぶっ飛ばせば虎の顔を潰す事になるのか?

――まあ、儂は北嶋 勇の願いを聞き入れるつもりなので良いが、他の裁判官が何と言うかだ

「うん?オッサンがいいんならいいんだろ?他の連中なんか知った事かって奴だろ?」

――ところがそうもいかん。今までの貴様の願いは死者に温情をと言うものが大半だろう。だが、今回は地獄に堕ちた者への直接の面会。これは前例が無い事は勿論の事、もう一つ問題がある

「その問題ってなんだ?」

――冥界と地獄は繋がってはいるが性質が違う。我々の管轄外とでも言えばいいか。つまり、裁判官全員が是としても、地獄の王が否と言えば、貴様の願いは叶わぬと言う事だ

「うん?つまり、お前等じゃなく地獄の王に直接話せばいいって事か?」

――地獄に向かうのは裁判を通した者達か、もしくは直接堕ちた者達。貴様は生者で冥府の王に連れて来られた特例だ。これ以上特例を重ねる事はできん。要するに、裁判官全員に許しを得てから地獄に向かえと言う事だ

 それはとても面倒だ。こんな事なら地獄に直接行った方が良かった。義理とか考えないで直行した方が良かった。

――それでは時間が掛かるだろう。それは困る。ジャンプが売り切れたら、貴様責任を取ってくれるのか!!

 虎が吠えた。控えている鬼神達が全員ガクブルする程。怒号と言っても差し支えなかった。

――いくら貴様の願いとはいえ、儂にも立場がある。いつも無茶な頼みを聞いているのだ、ここは素直に従え。ジャンプなど知らんし

 冥府の裁判官がジャンプを知っていたら、それはそれで驚きだが。

「まあ、それだったら従うのは吝かじゃねーけど、せめて纏めて話をさせてくれ。同じ話を何度もすんのはメンドイ」

――聞いたとおり、本当に面倒で済ますのだな。だが、条件付きとはいえ了承するのだな。不義理のようで筋は通すか。やはり貴様は面白いな!!

 またまた豪快に笑う。まあ、オモロイなら何でもいいが……

「じゃあ全員集めるのは了承してくれるんだな?」

――約束はできん。我々は多忙なのだ。貴様とこうして話しているのも特例なのだから

 残念そうに首を横に振る。それはホントに困るんだよ。時間食うのは本気で好きじゃねーんだ。

――俺のジャンプはどうなってもいいと言うのか!?

「お前はそればっかだな、さっきから…つうか、お前のジャンプじゃねーだろ。俺が欲しいから買うんだし」

――貴様が欲しいので協力してやろうと言う事だろうが!!

 カーっと牙をむいた。絶対に嘘だろ。ともすれば買った俺を差し置いて、自分が最初に読もうとか考えているだろお前。

――ならば地の王よ、貴様が招集するがいい。もっとも、応えるのは裁判官の裁量だが

――俺が頼むよりも貴様から頼んだ方が「なんだ?それもアリなのか?最初からそう言ってくれよ」はああああああああああ!!?

 なんか虎が絶叫して俺を見るが……

「なんだうるせーな?」

――貴様、強引に事を運ぼうとしているだろ!?俺の顔を潰すなと何度言ったら解るんだ!!

「それはこのオッサンがフォローしてくれんだろ、多分」

――儂!?

 何驚いた顔してんだ?お前がしないで誰がすると言うのだ?

 そんな訳で草薙を喚ぶ俺。利き手に握られたいつもの感触。

――草薙!?やはり強引に……

 虎に最後まで言わせずに、空間に一閃。一気に九つ空間が裂けた。

――話には聞いていたが、空間を斬るとはな…それに、その神気だ。この冥界に有り得ない程の神気……

 オッサンが惚けながら感想を述べるが……

「お前も鬼神だろ?神気くらい感じた事あるんじゃねーの?」

――鬼神ではない。仏だ。神気は貴様の言う通り、感じる事はもちろんあるし、そもそも儂も神気だが、我々以外、と言う意味だ……

 オッサン達以外じゃ神気出せる奴はいねーって事なのか?まあ、ぶっちゃけ興味が無いから知らんし尋ねる気もないが。

 俺が興味あるのは、空間の向こうで目を真ん丸にしてこっちを見ている連中だ。

「おうオッサン達、ちょっと頼みを聞いて貰いたいんだがな」

――待て待て待て!!俺が面通ししてから……

 虎が慌てて俺の前に立った。具体的には俺を隠すような感じで。

 そして静かに辞儀をする。

――忙しいところすまん。俺の主が貴様等に願いがあると……

 続けてさっきのオッサン。閻魔大王も前に出る。

――地の王の主とは、件の北嶋 勇。話くらいは聞いてもらえぬだろうか?

――北嶋 勇!?ならばこの裂け目は奴の仕業か!!

 なんか全員がこっちに身体を向けた。

――冥府の王の一席よ。北嶋 勇の姿を見せよ。話くらいはと言われても、姿も見えぬ輩の話は流石に聞けん

――有難い……おい北嶋、くれぐれも無礼な口の利き方はするなよ……

 すんごいおっかない目で睨みながらそう言う。いや、俺は無礼な態度は取った事は無いだろが。結果そう聞こえているだけで、俺なりに真摯に話しているつもりだぞ。

 なのでいつものように、真摯に頭を下げてお願い開始だ。

「おうオッサン達、俺が地獄に行くのに許可を出せ。まさか断らねーよな?」

――貴様本気で頼む気があるのか!?

 虎が目を剥いて突っ込んだ。

「ちゃんと頭を下げただろうが。後ろに」

――それはふんぞり返っていると言うんだ!!俺達ならば兎も角、他の神仏にはやってはいけない行動だそれは!!

 そりゃお前等は俺の家族だから多少の無礼は見逃してやってんだろ。寛大な心の家長で良かったなとか思わんのか?

――……地獄に行く?何の用事で?

 ほら、興味は持たせただろ?俺の交渉術なんだよこれは。

 ならば話そうと身を乗り出す。

――貴様は黙っていろ!!俺が話す!!

 なんか知らんが虎が代わりに説明してくれるようだ。楽ができて大変有り難い。

 ごにゃごにゃと数十分。そしてこう締め括った。

――そんな訳で、地獄に向かう必要があるのだ。この通り

 俺を頭をぐいぐい押え付けて頼む虎。

「何しやがるんだお前」

 その手(肉球付き)を叩いた。これで俺の頭から重さが消えた。

――頼み事をするのなら頭を下げるのは筋だろうが

「お前が頼んだんだろ?だったらお前が頭下げりゃいいだろ」

――貴様の手伝いで来た俺に頭を下げろと抜かすか!!逆に貴様が俺に頭を下げなければならんだろうが!!

 マジギレに近い虎の咆哮。うるせーからちょっと静かにして貰いたい。

「そんな訳だ。いいだろ地獄に行っても」

――お気軽に言うが、そう簡単に行けるところ……いや、貴様は実に行けそうだが。死んだ後に

 オッサンの一人がそう発したら全員頷いた。虎ですらも。

――其方そなたは生身。生身で地獄は厳しい。本当に命を失う可能性が高いが、それでも行くと申すか?

 また別のオッサンがそう尋ねてくるが、行くって決まってんだから行くんだよ。少なくとも俺の中では決まった事なんだから、却下は非常に困る。だからうんと言え。

 ともあれだ。

「俺の身を案じるのは有り難い話だが、印象で言えば「行ってもいいよ」と聞こえるんだが」

――否と言ったら?

 またまた別のオッサンがそう言った。結構凄んで。

「そうなりゃ勝手に行くさ。お前等も知っての通り、俺はその気になったら一人でも行ける。今回はまあ、筋を通しただけだし、今度は決定した事を勝手に行うだけだ」

――誰が決定した?

 またまたまた別のオッサン云々。いちいち答えなきゃならんのも面倒だが、こればかりは仕方がないか。

「そりゃ、俺が決定したんだろ」 

 これはもう決定した事だ。これを覆したきゃ腕付くで来い。

――……と、申しているし、この男には心配はいらぬ。地の王も着いている事だしな。勝手に行かれるよりは許可を出した事にした方が穏便に済ませられるのではないか?

 閻魔のオッサンが擁護宜しく話に加わった。

 つか……

「誰と誰が穏便に済むんだ?」

――それは冥界と地獄に決まっておる

 ふうん……まあ、同じ死者が赴く地とは言え、管轄が違うんだからそうだろう。

 なんかオッサン達がごちゃごちゃ話し合い、こちらに向く。

――良かろう。許可を出そう。代わりに条件がある

「ふむ、なんだ?言ってみろ。聞くだけは聞いてやろう」

――なんで貴様はそう偉そうなんだ!?俺だから穏便に済ませていると何度言えば解る!!

 虎が文句を抜かすが、偉そうじゃなく偉いんだよ俺は。家長様だぞ?北嶋家ではナンバーワンの偉さだろ。その割に給料が小遣い制だが。

――なぜ項垂れて泣くのかは解らんが、条件は、用事が済んで帰って来た時に、地獄でどのような交渉をして、どのように解決したかを報告する事、だ。流石に観光気分で行かれては堪らん。これは使命であるとの理由で許可を出すので、そのようにして貰おう

 ふむ、それくらいならな。仕事の報告は必要だし。

「解った、そのようにしよう。ただし口頭のみでの報告にして貰うぞ、文章作成は非常に面倒だから」

 それで良い、とオッサン達が全員頷いた。これで交渉成立!大手を振って地獄に行けると言うものだ。

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