冥界へ
タイトルでは重々しい感じだが、そんな事は全くなかった。
「おい虎、お前力使う時はもっと禍々しかっただろうが、エフェクトが。渦を巻く空間とかさー。ところが今回は何だ?いきなり冥界かよ」
何故そう思ったかと言うと、まさに順番待ちのような列に虎と一緒に並ぶ形で出現したからだ。
――貴様、閻魔羅紗に用事があるのだろうが。ならば順番を待つのは当たり前だ
いきなり話せかよ、まあいいけど。しかし、しかしだ。
「その順番はいつ回って来るんだ?」
まさに長蛇の列であった。万里の長城の終点に向かう最後尾って感じだった。
――順当に行けば七日くらいだろうな
「一週間も!?そんなに待てねーだろ!晩飯には帰らなきゃいけねーんだから!お前偉いんだから順番くらいどうにかしろよ!!」
――俺だけならば兎も角、貴様が一緒だからな。絶対にそうじゃないと思うが、貴様はたかが人間の扱いだ。裁判官に話があるのならば手順を踏まねばならんだろう。目上の者に対する礼儀だ
確かに俺はたかが人間だが、七日も待てねーっつってんだろ。
「いやいや、絶対にそうじゃないってなんだ?俺はたかが人間で間違いないだろが」
――間違い無く違う。貴様はかなりの馬鹿な人間だ
「冥界にまで来てディスるんじゃねーよ」
誰が馬鹿だ誰が。そんな事はどうでもいいが、いや、良くないが、後で折檻するとして、七日はキツイ。
「おい、順番抜かすからフォローしろ」
――そう言うと思っていたぞ。やはり馬鹿者だな、貴様は
クックと笑う虎。何がそんなにおかしいのか解らんが、フォローはするってこったよな。
ならば向かおう。偉い人の元に。
そんな訳で列から抜けてずんずん歩く俺。当たり前だが止められる。真っ赤な鬼に。
――おい貴様!!列から抜けるな!!それとも逃亡しようというのか!!
ごっつい金棒を突き付けられてそう言われた。
「虎。こいつ鬼神か?葛西の羅刹をめっさ弱くしたような感じだが」
――そうだな。しかし鬼だけじゃないぞ。ここは冥界。死神もいるし、神もいる
――貴様!!こいつとはなんだ!!そこの貴様も列に戻れって地の王様!?
めっさのけ反ったかと思ったら土下座にチェンジした鬼。
――も、申し訳ございません!!まさか地の王様が列に並んでいるとは思ってもおらず、無礼な口を!!
もうガクブルでの謝罪だった。汗も沢山掻いているし
「お前やっぱ偉い奴じゃねーか。順番抜かしの便宜くらい図って貰ってくれよ」
――だから貴様と一緒だからと言っただろうが。俺だけなら兎も角とも言った筈だ
確かにそう言ったけど。まあいいや、虎のおかげで順番抜かしも許して貰えそうな雰囲気だし。
「んじゃ順番はいいよな。そもそも俺は裁判を受けに来た訳じゃないんだし」
そう言って手をひらひらさせて鬼の横を通り過ぎようとしたが!!
――ちょっと待て!地の王様直々に連れて来られた理由を述べろ!ここは冥界、ルールがある。いくら地の王様が連れて来られようと、ルールは守って貰わればならん、ならんが、裁判じゃないとなれば話は違う
鬼が慌てて立ち上がり、通せんぼ宜しく俺の行く手を遮るように立ち塞がった。
――貴様の言う事も最もだが、そもそもこいつはルールから外れている
虎が若干呆れたように鬼に向かって言った。なんで解らねーの?って非難しているような目を向けて。
――と、仰いますと……?
――こいつは生者だ。死者じゃない。よって冥界のルールの適用外だ
――生者!?
ビックリした顔で俺を二度見した。だけどこれで解っただろ。
「そう言う訳だからちゃっちゃと退け。退かないならぶっ飛ばしても通る事になる」
――ぶっ飛ばす!?たかが人間がこの鬼神を!?いやいや、その前に貴様、生者だと!?なんで生者が地の王と一緒なんだ!?
「あー……何回も同じ説明をするのは面倒なんだが……」
――貴様が説明をしたのは俺だけだろうが。その鬼神には何の説明もない
「だったら虎、お前説明してくれ」
――貴様の用事なのだろうが。俺は貴様をここまで連れて来たのだ。これ以上仕事を増やすな
ツーン、とそっぽを向く虎。まあ確かに、俺一人でも楽勝で来られるんだが、義理を通して虎に頼んだからな。これ以上仕事をさせるのは気が咎める。
「おい鬼」
――確かに貴様から見ればそうだろうが、些か傲慢のような気がするが
「お前の評価なんぞ死ぬ程どうでもいいんだよ。俺は北嶋つうもんだ。ここのお偉いさんに頼み事があって来たんだ。だから裁判は関係ないし、この虎は俺を冥界に連れて来ただけだ。はい説明終わり」
――なんの頼みだ?
「はあ?お前程度の下っ端に言う事じゃねーだろが?言ったとしてお前が叶えられんのか?だったら言うが、違うんだったらすっこんでろ。これ以上俺の邪魔はするな」
もう面倒くさくなってしっしと手の甲で追い払う仕草をする。
――おい、地の王様の手前、無礼は見逃してやったが、流石にその暴言は許せんぞ……
金棒を俺に突きつける鬼。やっていいのか?
――俺の顔を潰すなよ北嶋
ふむ、ぶっ飛ばせば虎の顔を潰す事になるのか。じゃあ穏便に行こう。
「ぶち転がせられたくなかったら失せろっつってんだよ雑魚」
――俺の顔を潰すなと言ったよな!?
ぶち転がせる事も出来んのか?不便だな、冥界って所は。
「いいから退け。俺はお前に用事がある訳じゃない、閻魔って奴に用事があるんだから」
押し退けたら「うおっ!?」とか言ってよろけたが瞬時に元に戻ってやっぱり立ち塞がった。
――鬼神である俺を力で押し退けた事は驚嘆に値する。流石は地の王様が自ら連れて来た人間だと言う事だ。しかし、閻魔様の前に貴様のような傲慢不遜の輩を出す訳にはいかない……
殺気をめっさ出しながら。やるっつうなら普通にやるんだが、虎の顔を潰さんようにって所がネックだな。
ここで虎が呆れたように口を挟んだ。
――やめておけ。貴様などこいつの相手にはならん。閻魔羅紗の前に出すと言っても俺がいるのだ。こいつの傲慢不遜な態度と物言いを咎める為にな
――そう言われましても、こちらも鬼神の面目と言うものがあります
退かんか。じゃあやっぱやるしかねーじゃん。俺が素直に全部話せば済むような気がするが。
そうなると同じ説明を二度する羽目になるからしたくないんだが、その辺便宜を図れよ雑魚鬼、て事なんだが。
――貴様も察しない奴だな……俺がただの人間を連れて来る筈が無かろう。こいつは北嶋。北嶋 勇だ
――北嶋……勇……?
ちょっと考えて目を剥いた鬼。真っ青になって微かに震えながら、俺を二度見した。
――北嶋 勇!?こいつが!?いや、このお方が!?
こいつからこのお方になった。俺は別に冥界に何も貢献していないんだが。
――も、申し訳ございませんっしたああああああああああああああ!!!
なんか土下座した。これはちょっと困る。見た感じ、俺が虐めたように見えるじゃねーか。
「おい、それはやめろ。俺は何もしてねーだろが。俺にはただ深々と頭を下げた方がいいんだよ」
――何で貴様に頭を下げる必要があるんだ馬鹿者が
「だって土下座よりはマシだろが」
腕を取って無理やり立たせる。「ひっ!!」とかちっさい悲鳴上げるのもいらないんだよなぁ……
「行ってもいいだろ?」
――い、如何様にも!!
超低姿勢のお辞儀を俺にかました。虎は一体俺の事をなんと触れ回っているのだろうかとの疑問が湧く。
まあいいや。順番待ちの連中をしり目に偉い人に会いに行こう。
「虎、先行してくれ。流石に場所が解らん」
――それは当たり前だ。なんで貴様を前に出さなければならん。大人しく後ろをついてこい
そんな訳でてくてくと歩いた。散策宜しく。
「それにしてもすげー列だな」
――まともに並んだら一週間と言っただろう
俺もくたばったら一週間待ちになるのかな?それはちょっと嫌だな。
「順番が早くなる事ってあるのか?」
――無いな。裁判自体すっ飛ばす事はあろうが。貴様が此処に居る理由がまさにそれだろう
確かに、理由はまさにそれだ。じゃあ逆はあるのだろうか?
「天界からスカウトみたいなもん来るから裁判無しってのもありそうだけど」
――あるな。しかし、極稀。もっと言えば、俺は見た事はない
無いに等しいって事じゃねーかよそれ。
――何故そんな事を訊く?
「いや、俺が天界からスカウトがあって――有り得ない心配だからする必要はない……そう……」
言っている途中に否定されるって事は、無いって事なんだろうが、台詞に被せずに最後まで聞いてくれてもよかろうものだろうに。
結構切ないんだぞそう言うの。
「喉が渇いたが自販機無いのか?」
――見た事は無いし、導入される事も無い
「コンビニは?」
――貴様が死んだ後に冥界にコンビニを建てたらよかろう。客が来ても金は払えんだろうがな。仕入れもできそうもないが、貴様なら何とかするだろうからしろ。そして漫画を置け
「最後のはお前の要望じゃねーか」
それに死んだ後に仕事なんかしたくねーんだが。悠々自適な生活を送るよ。
――そう言えば、貴様のような特殊な奴の転生はどうなるのだろうな?
「自分が特殊だとは思った事は無いが。スペシャルな男とは常々思っているが。まあ、その心配はない」
――なぜだ?
「転生はしないからだよ。お前が言ったように、俺はいろいろ特殊だからな」
――特殊と認めているだろうが。それは置いておき、転生はしないだと?
歩みを止めて振り向いた虎。
「なんでそんなに驚くのか解らんが、ハゲやクルンクルンのように何度も転生してやりたい事も無いし、何かに怯える事も無いし、何より仕方がないし、ツルッパゲみたいに死にたい死にたいと思うかもしれねーからな。くたばったらオシマイ。それでいいだろ俺の人生は」
――し、しかし、貴様のような人間も世の中には必要だとは思わんか?
「さあな。それこそくたばってから回りが判断する事だろ。少なくとも俺が判断する事じゃねーよ」
因みに俺自身、あのような人間は必要だからもう一回転生したらいいな、と思う奴はいない。だから余計そう思うのだろう。
「よって死ぬまで精一杯生きた方がいい。やりたい事をやって、悔い……は多少なりとも残るだろうが、死んでからの方が長い場合もあるからな。生きている間に生きている人間にしかできない事をやった方が絶対にいい」
――貴様の言わんとしている事は理解できるが……
「神崎なんか死んだ後でも修業しそうだしな。ばあさんに倣って守護霊を目指すとかさ」
――神崎ならば有り得そうだが、貴様が転生しないとはな……まあ、考えは変わるものだ。今そう思おうが、後は解らんしな……
なんでそんな寂しそうな顔になるのだ?まだ生きているがな。死んだ後の事を気にすんじゃねーよ。
「ところで俺は閻魔って奴しか知らんが、裁判官は十人いるらしいな」
――そうだな。
「確かにそうだが、そんなに裁判官が居るんだったら、あんな長蛇の列にならないんじゃねーの?」
――そもそも、東洋圏における冥界……ベースが仏教の場合では、かなりの善人やかなりの悪人でない限り、没後に中陰と呼ばれる存在となる。初七日 、七七日(四十九日)、百か日、一周忌、三回忌に、順次十王の裁きを受ける事となるのだ。貴様も聞いた事があるだろう?初七日、二七日、三七日、四七日、五十七日、六十七日、七十七日、百か日、一周忌、三回忌。この時に裁判をするのが十王。閻魔は五十七日の裁判官と言われておるな
成程、初裁判が初七日って事は、あの列が一週間掛かる事に繋がるわな。一週間後に自分の番になるから初七日って事か。
「中陰って?」
――転生までの期間の幽体、と言うところだ。死んでから生まれ変わるまでの期間だな
「そうか。じゃあもう一つ。初七日の裁判官は閻魔じゃなく別の奴なんだろ?五十七日の裁判官なんだから。なんで閻魔羅紗に頼むとか言うんだお前等?」
そいつが一番先に裁判すると思ちゃうよな、普通。
――それは日本仏教の場合だから。と言った方がいいのかもしれん。地獄の裁判官は閻魔大王だと、殆どの日本人が認識しておるだろう?
ああ、ハゲの呪いと似たような感じか?それならまあ、納得だな。
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