死者の声は拾えない

 超眠い目を擦りながら対面のソファーに座っている野郎にガンを付けている俺。

 この天パ野郎はオフの日なのにも拘らず、迷惑千万なのにも拘らず早朝家に押しかけて来やがったのだ。よって殺す勢いで睨みつけようが問題無い筈だ。

「随分ご立腹だな?俺が訊ねて来た事がそんなに不満なのかよ?」

 呆れながらも神崎が淹れたコーヒーを啜る天パ印南。当たり前だろ、お前のおかげでオフなのに叩き起こされたんだから。

「印南さんの方こそ眠いでしょう?深夜に出たらしいですから」

「いやいや、俺の事は気にせずに。だけど北嶋の殺すような目を向けるのをやめさせて欲しいかな?」

「と、言う訳だから、その目を向けるのはやめなさい」

 神崎に窘められるも、そう簡単な問題じゃねーんだよ。

「今日はオフだ。このオフはお前が決めたものだ。俺はこの日の為に頑張って頑張って身を粉にして働いた筈だ。この日にオフをやるから仕事を片付けなさいと言われたからな。それを奪われたんだから、寧ろ殺しても御咎め無しだろうが?」

「聖域清掃は元々あなたの仕事でしょうに。ご褒美を出すのも憚れるって物でしょ」

 しれっとお茶を飲みながら言い切られた。いやいや、確かにそうだが、約束を破られた事に対しての恨み事くらい言ってもいいだろうが。

「しかも掃き清めやご神体の掃除、御社の掃除じゃないでしょ?遊歩道の手入れ、伸びた木の手入れ、中心の掃除でしょ?そうなると更に北嶋さんの仕事じゃないの?ご神体の掃除等は私がやっているんだから。私に対する労いの言葉、あったっけ?」

「おい天パ。お前のおかげで謂れ無い罵声まで浴びせられたぞ。責任とって此処で自決しろ」

「どう考えてもお前に正当性は無いように思えるんだが、休みを取られて気分が悪いのは賛同する。だから土産を奮発してきた」

 ふん、土産如きでこの北嶋 勇の機嫌が直ると思うなよ?

「モンブランのデコレーションケーキだ。生乃に頼んで買って貰ったんだが、人気店のケーキらしい」

「ふ、ふん!!そ、そんなもので誤魔化されてやらないんだからね!!」

 ツン、とそっぽを向く俺だが、視線は天パの買ってきたケーキに向けられていた。あれマジ旨そうだな……

「どこのツンデレだ。そして甘い物を食べたのならしょっぱい物が欲しくなるだろうとの事で、白醤油せんべい。こっちも人気店の物らしい」

「天パ。俺は実に寛大な男だ。お前の気遣いを無碍にする心の狭い男でもない。よって神崎、茶を煎れろ」

 甘々としょっぱいが来ればもう射殺す視線は必要ない。今必要なのはこれに良く合う飲み物だろう。

「ホントに単純なんだから……」

 呆れたようにお茶を煎れに向かう神崎。そう言えば朝飯まだ食っていないがな。

「待て。朝飯が先だ。神崎、朝飯」

「うん?まだ食べていなかったのかよ?」

「当たり前だ。まだ8時だぞ」

「もう8時なんだが……まあ、お前は今日オフらしかったので朝遅くなったんだろうが……」

 チン、と電子レンジが鳴った。それに遅れること数分、ホカホカ弁当を持って神崎登場。

「おい?これコンビニ弁当だろ?」

「そうよ?だって北嶋さん、オフの日は朝起きないじゃない?だったら朝仕度する必要もないでしょ?」

 そのオフを奪われたんだから朝飯は普通に必要だろうが。何言ってんだこいつ?

「うん?じゃあお前もコンビニ弁当食ったのか?」

「いえ?私は喫茶店に行ってモーニング食べたから」

「ふざけんなよ神崎!!朝から一人で外食とは、実に人生舐め切っているじゃねーかよ!!」

 憤慨して立ち上がる俺。神崎に指をる程の力を込めて差しながら。

「一人じゃないわよ」

「うん?天パと行ったのかひょっとして?」

「いえ、タマと」

「ガチでふざけんなよお前!!所長様を差し置いて小動物と外食したのかよ!!」

「タマにも朝ご飯食べさせなきゃいけないでしょう?何言ってんの?」

 なに言ってんのはこっちの台詞だ!!何が悲しくて一人でコンビニ弁当食わなきゃいけねーんだ!!喫茶店に行ったんだったらせめてお土産でケーキでも買って来ればよかっただろうが!!

 ……うん?そのケーキは天パが買って来たよな?ならば問題はないのか……?

「じゃねーよ!コンビニ弁当なんて量少ないだろが!!味噌汁もねーし!!」

「え?カップみそ汁あるじゃない?一個じゃ足りない?知らないわよそんな事。もっと食べたいのなら自分のお金でコンビニで買って来れば?」

「そうじゃねーんだよ!!!常識の問題ぐはあ!?」

 顔面に神崎のグーが入った。しかも目ん玉付近だ。

「煩いから大人しく食べてくれる?」

 そのぶん殴ったグーを掲げてみせる神崎。俺は目ん玉を押さえながら頷くのが精一杯だ。

「ま、まあ、俺は貧相なコンビニ弁当食っているから、神崎、視てやれ。暇だろどうせ」

「視るのは吝かじゃない、と言うよりも私も視るつもりだったからいいけど、その言い方はどう考えてもお昼ご飯抜きにしてくれって事だよね」

 なんて奴だ!!真性の鬼かこいつは!!朝の虐待の他に昼飯まで奪うのか!!

 まあともあれ冷めないうちに食おう。レンチンで温めた弁当とはいえ、温かい方がうまいのには違いないのだから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 北嶋さんの言い方はアレだけど、興味があると言えばそうだ。死者に自白させて罪の軽減を図る事はよくあるが、警察の取り調べの一環としては無いから。

 一応これは警察の案件なので、印南さんにお伺いを立てる。

「私も視ていいでしょうか?」

「いいも何も、元々そのつもりでしょう?俺に気を遣わなくていいですよ」

 苦笑してそう言うが、礼儀としてね。

「ん?気を遣ってとは何ですか?」

「俺には厳しいですからね。冥界、もしくは地獄まで追って視るのは。自白なんて更に厳しい」

 そう言えばそうなのよね。印南さんに難しい事を依頼まで出して行う。ここまでする理由が乏しい。

「自供を取るとの事でしたが、どんな罪を行ったかは霊視でも解りますよね?」

「まあ、そうですが、俺達の霊視で真相が解っても被害者は納得しないでしょう?」

「加害者本人からの言葉が一番納得できる、と言う事ですか。納得しましたが、普通の事件ではここまでしませんよね?」

「……………部下が口を滑らせて……霊視での自供が可能だって……」

 なんか声がちっちゃくなっていった。つまり部下のうっかりの尻拭いか。

「ま、まあ、新人さんならついうっかりって事もありますしね…」

「兎沢と同じなんですが……つまり隊長なんですよ羅東は……」

「それはちょっと……」

 フォローの言葉が浮かばない。これ北嶋さんに言っても大丈夫なのかな……

「ま、まあ、とにかく視てみますね」

 場をリセットするが如く、集中する。

 現世には魂がないことから冥界、もしくは地獄にいると思われる、加害者を捜す……

 と言うか、流石冥界。死者の数が多すぎて特定が厳しい。

 では残留思念で類似した気配を追う。

 ……居ないな…冥界には気配は無い。じゃあ地獄の方か。極悪人なら裁判をしなくても直接地獄に堕とされる事もよくあるから。

 しかし地獄か……西洋の方からは御印を戴いたから馴染み(?)はあるけど、意外にも日本、とりわけ東洋の地獄にあまりコネクションがないのよね。地の王にどうにかして貰った方が確実で早いから。

 まあ、新しい霊魂だから、意外と入口近くに居るでしょう。

 と、言う事で地獄に向かう。霊視でだけど。

 日本での地獄の概念は仏教がベースとなっている。東洋の地獄とは概ね仏教の地獄の事を指す。

 日本の仏教で言えば、死後、人間は三途の川を渡り、七日ごとに閻魔をはじめとする十王(地獄において亡者の審判を行う十尊の裁判官的な尊格)の七回の裁きを受け、最終的に最も罪の重い者は地獄に堕とされる。地獄にはその罪の重さによって服役すべき場所が決まっており、様々な地獄がある。

 ポピュラーなのは八大地獄と言って、順番に等活とうかつ地獄、黒縄こくじょう地獄、 衆合しゅうごう地獄、叫喚きょうかん地獄、 大叫喚だいきょうかん地獄、焦熱しょうねつ地獄、大焦熱だいしょうねつ地獄、無間むげん地獄。この他小地獄も多数あるし、宗派によって呼び名も変わる事から割愛する。

 更に地獄の在り方も宗派によって様々だ。例えば西洋のように階層になっていたり、山の周りに存在したり、である。

 更に、更にこの地獄は八熱地獄とも言われ、この他八寒地獄と呼ばれる地獄も存在する。

 で、私が向かっている(霊視でだけど)地獄は山の周りに存在する地獄で、須弥山世界(仏教における人間界を含む宇宙の全て)の一番外側を輪のように取り囲む鉄囲山てっちせんは、内と外との二重構造であり、その間に地獄や閻魔王宮等がある。

 つまり、西洋の地獄で言う階層、地の底というよりは、世界の果てと言った感じだ。

 二重鉄囲山の間は太陽や月の光が届かない暗黒世界で、僧佉そうきょという大風が常に吹き荒れている。この風は全ての物を吹き飛ばし粉々にしてしまう威力を持ち、更に超高熱の炎と悪臭を伴っている。

 つまりのつまり、地獄を視ると言うのならば、その暴風と劫火を突破しなければならない。

「……やっぱり厳しいわね。暴風と劫火の突破が難しい……」

 一旦霊視を解除して首を横に振った。

「神崎さんでも厳しいのか……ならば俺じゃとてもとても」

 なんか持ち上げられている感があるが、あんなの突破できないでしょ、幽玄の歩みでも向かえないよ。まず間違いなく死んじゃう。

 じゃあやっぱり北嶋さんに頼るしかないのか。あの人ご飯もう食べたかしら……って!!

「なんでまったりテレビなんか観ているのよ!?」

 ビックリして大声で突っ込んでしまった。貰ったお菓子広げてテレビ観ながら食べているとか!!

「まったりと言われても、緊張して観るもんじゃないだろバラエティーは」

 おせんべいをバリバリ食べながら。緊張感なさすぎでしょ!!仕事だよこれ!!

「流石は北嶋、俺でも神崎さんでもキツイ霊視だってのに、自分はせんべい食いながらでも楽勝でできる。そう言う事だよな?」

 印南さんが若干嫌味を交えて述べる。

「あー?当たり前だろそんなもん。お前等がアホみたいに苦戦しようが、俺にかかれば簡単すぎてあくびが出るわ」

 嫌味を嫌味と思わずに普通に返すところも北嶋さんなのよねぇ……

「じゃあ早速やってくれるか?せんべいも食ったようだし」

「まさかせんべいで仕事しろとか言うのかお前!?仕事なら金だろ普通!!」

 そうだったそうだった。まずは依頼なのでお金の話から……

「10万でどうにかしてくれ」

「いいですよそれで」

「おい、安いだろ。親方日の丸なんだぞ。もうちょっとふんだくれよ」

 いいじゃないのよ、警視庁にはお世話になっているんだから。

「ちらっと小耳に挟んだが、特殊心霊調査部隊の隊長が機密を身内にぽろっと零したからこうなったとか?」

 聞いて無い様でちゃっかり聞いているところも嫌らしいのよねぇ。意地が悪いと言うか。

「例えば請けないとか言われたら、モンブランを持って帰るしかない俺の気持ちも察してくれないか?」

「仕方がない。ケーキに罪はないからな。請けよう10万で」

 あっさりと承諾した。この人食べ物さえ貰ったら何でもいいのか?

「んじゃあやるか」

 そう言ってあっさりと万界の鏡をセット。

「お?こいつのやらかした罪、全部視えたぞ。聞くか?」

「うん?ぜ、是非」

 慌てて手帳を取り出す印南さん。それを確認して北嶋さんが続けた。

「窃盗。未遂も併せて12件。家に侵入して金品を盗むんだな。これは地元、もっと言えば自分の家の周辺。ガキの頃からご近所さんに迷惑をかけまくっていたようだが、その延長みたいなもんだな」

「なに?放火の前にそんな事までしていたのか?」

「その放火も住居侵入を見られて咎められたから行ったようだな。完全に殺意あり。口封じで殺そうとして火を点けた。郊外に出ていてアリバイがあったようだが、普通に家に居たぞ。警察ってのは簡単に騙されるんだなぁ。ちゃんと調べなかったんだろうが」

 俯いた印南さん。初動捜査での大ポカを露見されたのだから心中穏やかじゃないだろう。

「強姦、こっちも未遂も含めて28件。殺した女が最後だな。押し入って強姦して更に金目の物を取って逃げた。被害者が訴え出なかったから今まで無事だったようだが、4人目が匿名で警察に訴えた事があったが無視したみたいだ。やる気ねえだろこの警察署」

「そ、それは本当か?報告を握り潰した奴の名前は解るか?」

「大山って奴だな。面倒事は御免なさいって奴みたいだから首にすれば?」

 すんごい怖い形相でメモを取っていた。大山は俺が裁くとか小声で、しかしドスの利いた声で何回か言ったし。

「ああ、恐喝もやってんな。未遂含めて8件。被害者は主に学生や主婦。弱そうな奴に狙いを定めていたみたいだ。だけど逆襲された事も何回かある。弱そうな外見だが実は強いって奴に因縁付けたんだな。こいつマジカスだ」

「恐喝は少ないが、なんでだ?」

「逆襲される可能性が一番あるからだろ。放火や強姦と違って計画を練った訳じゃないからだろう」

「計画を練ってから犯行に及んでいたのか。なかなか慎重な奴だな。だけど最後に首を吊った」

「それは違うな。憑かれたんだよ、今までの被害者に」

「……殺した女か?」

「そいつもそうだが、放火で死んだ奴の他に、自殺した奴が数人いる。中学と高校の時に虐めて金を奪った奴が2人、強姦の被害者が1人。さっき言った殺した女含めて4人殺しているな。仕返しされたんだよ要するに」

 つまり、被害者によって樹海に導かれて殺された?

「高校の時に苛めで自殺した奴の死に場所が樹海で、自殺者が首を吊った場所と同じだ。まさに因果応報。しかし、そうなると、こう言う事になる」

 ピッと人差し指を挙げて。

「仕返しした奴等は地獄に行った。地獄に行く対価としてこいつを殺した」

「つまり、木下は被害者の魂4人分と引き換えに殺された。しかし、被害者全員地獄に向かう事を是としての行動。実際地獄に堕ちた。木下も同じ対価を支払う為に地獄に堕ちた、と言う事だろう。そこまでは何となく読んでいたんだ。問題はその先だ」

 地獄に行ったと言う事はそういう事だ。そこは私も読んでいた。しかし、印南さんも言ったように、問題はその先だ。

「俺も神崎さんも地獄までの霊視は厳しい。と言うよりも俺には無理だ」

 そう、事件究明ならば通常の霊視でも事足りる。しかし、今回の依頼は加害者の自供だ。

 地獄で受刑中の罪人から調書を取るのが目的なのだ。

「万界の鏡で普通に話す事は可能だが、まあ、納得せんだろうな。お前等はともかく」

 なんか偉そうに腕を組んでソファーに身体を預けた北嶋さん。

 しかし、『お前等はともかく』とは?

「確かに俺はそれでいい……と言うよりもそうしようと思っていたが、違うのか?」

「この三下犯罪者はくたばって地獄に堕ちた。被害者は自ら地獄に堕ちる覚悟の上、こいつを殺したんだ。そいつ等の覚悟を無碍にする事は俺にはできんし、奴等も同じだろ」

「だから、奴等とは誰だ?」

「そりゃ地獄のお偉いさんだろ。こいつ、裁判をすっ飛ばして地獄行きになったんだぞ。裁判官もぶっちゃければ面目が立たない行為だぞ。それでも是としたんだ。被害者の覚悟に免じてな。俺が勝手に話したら裁判官のメンツも潰す事になるだろ」

 それはまさしく北嶋さんが実に言いそうな事だった。

 被害者の覚悟、裁判官の面目。それを無碍にはできない。もしも依頼を強行すると言うのなら、冥界、地獄との戦争も覚悟しなければならない。

「流石にそんな大事は勘弁だが、お前なら何とかなるだろ?何とかしてくれ」

「警察のメンツのために冥界、地獄と喧嘩していいとは流石に言えんか。だがどうにかしてくれと。10万ぽっちの依頼でよくもまあ、そんな図々しい事が言えるもんだな。ぶっちゃけて言う、警察って何様のつもりだ?匿名の被害報告は握り潰すわ、初動捜査で手抜きして被害広めるわ、機密を簡単に喋って無理難題を言いつけるわで、モンブランが無ければ本気でぶっ潰していた所だぞ」

 万界の鏡越しでも解る厳しい瞳だった。だけどモンブランのおかげで苛立ちのみで収まっているのは流石印南さんと言ったところだ。巧い機嫌の取り方だ。しかも先払いだし。

「そこは本当に申し訳ないと思っている」

 頭を下げようとした印南さんだが、北嶋さんがそれを止めた。

「お前程度の下っ端の謝罪なんかいらんわ。菊地原のオッサンにこんな様じゃ付き合いを考え直さなきゃいかんと後で連絡しとく。その後の対応で今後の付き合い方を決めるわ」

「いや、お前の言う事も最もだが、それをお前が言うのか?ってのも単純な感情であるんだが……」

 まあ、あのちゃらんぽらんな北嶋さんと付き合っているんだったら、その感情も確かにある。

「だがまあ、モンブランのために請けた依頼。お前等には無理難題、と言うか不可能だろうが、この俺が超簡単に解決してやる」

 モンブランじゃなくて10万円でしょ。おせんべいの件を忘れたか?鳥頭もいい加減にして欲しい。

「それは助かるが、具体的にどうやるんだ?」

「直接許しを得に行く」

 そういって取り出したのは、地の王の『門』。それをポイっと放る。

 居間全体が黒と灰色の渦を巻く空間となり、広くなった。それとほぼ同時に降臨した地の王。

――なんだ貴様は。家にいるのなら喚び出さずに聖域に来い!!

「面倒くせーからカード使うんだろうが。そんな事はどうでもいいんだよ。お前ちょっと俺を冥界に連れてけ」

 目を剥いたのは私と印南さん。

「直接冥界に行って直談判するって言うのか!?」

「裁判官の顔を潰さないって事はそうするだろ」

「で、でも、加害者は地獄に居るのよ!?」

「何なら地獄も案内して貰うから問題ない」

 私達の驚愕と焦りなんかどこ吹く風の如く、超涼しい顔で、さも当たり前のように言い切った!

――ほう?冥界に用事があるのか?神崎ならば行けるだろうし、貴様も草薙を使えば一瞬だろうに、なぜ俺に願う?

 何故か解らないが、咄嗟に私が今までの経緯を説明した。いや、面倒臭がって説明を端折るから、私が代わりに説明する事が多いので、その習慣でと言うか。

――ふむ、成程な、貴様にしては礼儀がなっているな

 地の王も感心して頷く。

「裁判官には今までも無茶を頼んできたからな。不義理な真似は出来んだろ」

――そうだな。貴様は俺が来る前から龍の海神を通じて閻魔羅紗に頼み事をして来たんだったな。借りは膨大にあるし、そんな相手に不義理な真似はできんよな。奴も貴様に会いたがっていたから丁度いいと言えばそうだ。よし、貴様の願い、聞き入れよう

 冥界に連れて行くとの無茶振りを簡単に了承した地の王。いや、私も北嶋さんも、その気になれば行けるけど、今回は筋を通す為だからこれでいい。いいけど……

「じ、じゃあ私もお願いできますか?」

「お、俺も連れて行ってくれないか!」

 そうなるとこうなるのよねぇ……興味が持てない訳がないし。生業の関係で。

「アホか。頼み事をしに行くのに興味津々の奴を連れて行けるか。俺んところに興味本位で来た依頼者がどうなったか知らん訳じゃないだろが」

 知っている。自分が嫌な事は相手にもしない、って事か……

「そういう訳ですので、印南さんは私と留守番ですね」

「ああ……今日は反省する事ばかりだな……」

「そうだぞ。お前は反省して、その証として俺が帰って来るまでその天パに縮毛矯正を掛けろ。サラサラヘアーじゃなかったら許さんからな」

「なんで反省の証がお前を楽しませる事にしなきゃいけないんだ。生憎とこの髪質が気に入っているんだよ。だから縮毛矯正はしない」

 印南さんは当たり前に断った。

「ちっ、まあいい、モンブランに免じてここは許そう。じゃあ虎、早速頼むぞ」

――うむ

 地の王の神気が大きくなった。同時に空間に横穴が穿たれる。黒と灰の空間の一部が、スクリュー状に渦巻いて、トンネルのようになった。

「んじゃちょっと行ってくらあ。昼飯、には流石に間に合わんが、晩飯までには帰るから」

「……晩飯は俺がおごる。今回はいろいろ済まない。こんな程度で詫びを入れたとは思わないが、気持ちだと思ってくれ」

「そうか。んじゃ神崎、あの小料理屋に予約入れといてくれ。カニと和牛食いたいから」

「カニと和牛!?あ、いや、解った……」

 微妙な笑顔を拵える印南さん。私はそんな顔の印南さんと一緒に北嶋さんを見送った。

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