北嶋勇の心霊事件簿16~地獄の王~

しをおう

事件の後

 とあるマンションで女が首を吊った。当初は自殺と見られたが、検視の結果、絞殺された後に首に縄を掛けられ、ベランダに吊るされた事が解った。

 よくある、とは胸糞悪い言い方だが、珍しくはない事件だ。自殺に見せかけた隠ぺい工作は。

「問題は誰が殺したかだ」

 管轄の署長が難しい顔で俺にそう言う。

「だから俺が向かわされたのでしょう?だが、しかし総監も総監だ。機密中の機密、特殊心霊調査部隊をペラペラ外部に話すとか……」

 若干うんざりして髪を掻く。隊員には秘密の部隊だから決して外に漏らすなと、顔を見せるたびに釘を刺していると言うのに。

「いや、ウチの娘がそちらでお世話になっていると言う話をね、聞いたもんだから……」

「うん?娘さんとは?」

「………羅東らとう 亜美あみ、と言うんだがね……」

「あの馬鹿!!隊長なのに親とは言え素性を明かすとか、一体何考えてんだ!!」

 あまりのビックリでつい大声になった。署内の連中が全員俺を見る程にはデカい声だった。

「い、印南君?娘は悪くないんだよ?交通課勤務だった筈がいつの間にか刑事になったとか、しかも公安とか、そりゃ私も不思議に思うだろう?だからしつこく聞いただけなんだ、よって亜美は悪くない」

「悪いだろ。機密をべらべら喋るのは。減給ものですよこれは。と言うか、開き直るな。お願いですから、ここだけの話で止めて下さいよ?」

 ずいっと署長に顔を近付けて念を押す。所長は汗をダラダラ掻きながら何度も頷いた。

「まあ、いいです。いや、良くないけど、取り敢えずは棚に上げます。羅東には超きつく言いますけど。と言うか、霊視での犯人探しですよね要するに。羅東でもできる筈なんだが、その辺なんと言っていましたか?」

「う、うん……何でも犯人は既に死亡しているとか……自殺だそうだよ、樹海で」

「被疑者死亡のまま書類送検、ですか?」

「そうするしかないんだが、何でも君達の部署は死者に対しても取り調べが出来るとか?」

「……自供させるくらいは……ですが、誰から聞いたんです?また羅東ですか?」

「いや、警視総監……」

「マジでなに喋ってんだよあのオッサン!!」

 だん!!とやはりテーブルに激しく拳を叩き付けた。署内が全員俺を見るくらいは激しい音を出した事だろう。

「い、いやいや、そいつがたまたま未解決事件の容疑者の一人でね。総監がならば自供させようかと。印南君を向かわせるから、多少の無茶はなんとでもなると……」

 宥める仕草の如く、両手をまあまあと。ふざけんなよ総監。だけど未解決事件の容疑者か……

「そいつの名前は?」

「ああ、うん」

 引き出しからファイルをごそごそ引っ張って広げる。写真添付がされてあり、特徴が解り易い。

 歳は30後半、一重のきつい目付き。二重顎な事から意外と体格がいい。何より解り易い特徴は、左唇から頬を通り、耳にかけての切り傷。

木下きのした 金雄かねお。連続婦女暴行事件の容疑者だ」

「成程……今回殺されたのも女、でしたね。要するに……」

「うん。暴行した挙句に殺したんだな。いつもは避妊具を装着して暴行に及んでいたので精液等の検出が出来なかったが、今回それを怠った。結果こいつが犯人と特定できた訳だ」

 避妊具を着けて暴行に及んだと言う事は、計画的犯行の可能性が高い。今回それを怠ったと言う事は、衝動的に襲ったのか、それともただ忘れただけか?

 だが、それによって犯人と知れて追い込まれた訳か。捕まるのを恐れての自殺か。

「だけど個人情報が大体揃っているな。これなら霊視で追っての自白は可能です。ですが、そこまでする理由は?」

 個人的には被害者の為に罪を暴くのは賛成だが、警察はそこまでしない。結局死者の自供なので、法的根拠になり得ないからだ。

「木下には前科がある。婦女暴行と傷害だ」

「取り調べはしたんですよね?」

「任意同行までだが、一応は。アリバイがあったのでその時は逮捕不可だったが、そのアリバイを崩す調査も当然ながら行っていた」

 一応仕事はしていたと言う事か。それならば協力しない訳にはいかないか。と言うか総監が俺を此処に寄越したと言う事はそう言う事だろうな。

 要するに、文句を言わずに協力して来いと。

「因みに、未解決事件とは一体何ですか?」

「放火だ。木下の近所の家が焼けた。焼死体が2つ出た」

 放火とはこれまた物騒な奴だな。

「容疑者とは、取り調べはしたんですよね?」

「勿論そうだ。その日は郊外に出ていたそうだ。アリバイは確定しなかったが、動機もないので容疑者のままだった」

 しかし、死者も出たのにまだ未解決なのかよ。こいつ等仕事しているんだろうな?

「まあ、解りました。やりますが、ここは人の目が多い」

「では取調室に行こうか。あそこなら人の目がない。施錠もするし」

 それがいいと言う事で取調室を借りた。のはいいが……

「なんでアンタも入って来るんだ!?」

「いや、一応責任者だし、霊視ってのも一回見てみたい」

「見せ物じゃねえんだよ!!終わったら教えるから出て行け!!」

「いやいや、ワシ責任者だから」

「いつから『ワシ』キャラになったんだアンタ!?」

 ギャーギャー取調室で騒いだが、時間ばかりが過ぎて行く。このオッサン出て行く気配を全く見せないから。

 もう面倒になってあからさまに溜息を付いた。苛立ちをアピるよう、髪を掻いて、しかめっ面も拵えて。

「解りました。ですが、決して俺の邪魔をしないように」

「それは勿論だよ印南君!!」

 パアアアアア。と明るくなって笑顔でうんうん頷く署長。だがな、居ない方が邪魔にならないと何故思わない?

 ともあれ時間も惜しいと言う事で、パイプ椅子に腰を掛けて霊視開始。

 木下の情報は貰った。特定するのに然程時間は掛からないだろうが、まずは羅東が視たと言う樹海から追おう。

 ……確かに首を吊っていた形跡がある死体がある。吊っていた、とは、今は吊っていない。正確に言えば首が折れて腐敗によって切断していたからだ。

 腐敗しているので顔の確認は難しいが、生前の顔を重ねる。ビンゴだ、こいつがやはり木下だな。羅東の霊視も正確になったもんだ。

 じゃあこいつがうろついているであろう魂を捜してみるか。自殺ならば場に留まっている可能性が大きい。

 ……いないな…と言うか流石は樹海。沢山の霊魂が彷徨っているな。自殺、事故で死んだ連中が大半だ。

 だが、こいつ等の中にはいない。留まっていないのであれば家に帰ったか?

 なので今度は木下の家を霊視する。

 ……ここにもいないな……霊視に引っかからないとなれば成仏したか?

 まさか、とかぶりを振る。自殺者が簡単に成仏できる筈がない。ならば使者によって地獄に送られたか?凶悪犯ならあり得る話だからな。

 じゃあ、と、ここで霊視を打ち切った。

「ど、どうだった印南君?」

 対面に座っていた署長が好奇心丸出しで前のめりになって訊ねた。

「木下の霊魂はいない。少なくとも現世には無い。ならば冥界、地獄のどちらかと推測できる」

「そ、その冥界、地獄には行かなかったのか?」

 尚も前のめりになって詰め寄って来る。鼻息も荒くして。

「視れない事もないが、俺では少し厳しい。なので簡単に知る事が出来る奴に頼もうかと思います。2日程度待って貰えますか?」

「うん?簡単に知る事が出来る?電話か何かで訊ねたら駄目なのか?」

「駄目ですね。あいつは面倒くさがり屋ですから、仕事を請けさせるのに一苦労なんですよ。署長のように好奇心丸出しのような人間の頼みなんか100パーセント聞きませんし、そんな人間の頼みだったら総監を通したとしても断るでしょうしね」

 嫌味を交えて言ったら縮こまって項垂れた。真っ赤になって汗を飛び散らせて。

「まあ、向こうも仕事でやるとなったら料金は必要です。いくら払えますか?」

「え?こ、こういうのの相場はいくらくらいのものなんだ?」

 さあ?あいつの料金設定なんか知らないからな。神崎さんが決めるんだろうが、まずは機嫌を取らなきゃだ。

「いくら、とは言えませんが、なるべく安くお願いしてみます。では俺はこれで」

 席を立ったら署長が慌てた。

「ち、ちょっと待ってくれないか印南君、君は部隊で一番優秀と聞いた。その君でも解らないんだ。だ、大丈夫なのか?そいつとは?そいつとは信用できる人物なのか?適当な事を言って誤魔化すような奴じゃないとは、君の知人のようだから無いとは思うが……」

「何と言いましょうか……世界一信用できる奴ではあるが、世界一の怠け者ですからね。だから直接頼みに行くんですよ。不安なら羅東に聞いてみてください。北嶋勇の事をね。ああ、あと、この件は他言無用でお願いします。さっきも言いましたが、あいつの機嫌を損ねる訳にはいかないんでね」

 若干の苦笑いを零しながら、俺は取り調べ室を出た。さて、電話でアポイントを取って、土産をちょっと奮発してだ。

 食い物を持って行けば、取り敢えずは機嫌よく話を聞いてくれるだろう。

 その土産代は経費で落ちないものなのか?まあ、あいつの家に行けば旨いもんがたらふく出て来るから、経費云々とけち臭い事は言えないし、言う気も無いがな。


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