05.ナゾの鏡*


「ああ、洗い物はやりますので、くつろいでいてください」


 洗い物をしていると、ダイニングに返ってきた赤井さんに開口一番、そう言われた。


「家では、していたのでかまいいませんよ。これって赤井さんの仕事を邪魔じゃましてるのかな?」


「邪魔ではないですよ。でも未来のおく様*にさせられませんから……」


「お、奥様? ボク、そんな大層たいそうなものじゃないです」


 顔が沸騰ふっとうするようになって、しおれそうだよ~。


「あら、おぼこい*ですねえ。喜多村家の人のつま*になる御方おかたは奥様ですよ?」


 そうか……まあ、そうなんだろう。今さらながら大変なところに来てしまった。


 まあ、いっぱいすごいところを見たから分かりそうなものだけど。このまま婚姻こんいん成就じょうじゅすると通ってる学校の理事長先生とは叔母しゅくぼ義甥ぎせいの関係になるんだし。



 洗い物を赤井さんと片付けて、自室スイートに上がる。


 運んでもらったバッグからすべて取り出してベッドに並べていく。


 衣服はかさるなあ。ハンガーはさすがに入ってない。


 そう言えば、クローゼットはどこだろう? 立派りっぱな部屋なんだから、きっとウォークインクローゼットがそなわってるんだろうな。


 中身を広げる手を止めて、部屋をながめる。


 見回すとベッドの正面のかべかがみになってるんだけど、そこがあやしい。その前に立って見る。


 ドアのそばだから出掛でかける前、姿見代わりに着替えた姿をチェックできるから便利ではある。


 その近くにクローゼットがあるはず。


「これ、どうなってるの?」


 探してみても取っ手もフック状のところもない。引っ張るんじゃないのかしらん?


 引いてダメなら……ってことか?


 そう思って鏡に体重をかけるとカチっと音がして鏡一枚が壁面へきめんからいた。なるほど一部がとびらになってるのか。


 いてできたすき間に手を差しこんで鏡の扉を開くと、その中は想像どおりウォークインクローゼットになっていた。


 暗い中へ恐る恐る入ると自動で天井の照明が点灯した。中には少し衣装いしょうが下がっていた。


 常備じょうびの服? バスローブとかスウェットとか。室内着が備えてあるのかな?


 見回すと、横の壁にもスイッチがあるな。自動と手動に切り替えたりするのかな?


 自動点灯にしていないと切り忘れるだろうからいじらなくてもいいか。


 なんとなく鏡のうらが目に入って、自分の影が落ちたところから室内がけて見えた。これ、マジックミラーだ!


 えっ、なんでマジックミラーになってるの?


 クローゼットから部屋を見ることってある?


 侵入しんにゅうはんからのがれるのにクローゼットに避難ひなんするとか?……。なんでだろうとかんがえても分からない。


 少しばかりけたその壁に顔を近付けてながめていた。


 鏡の正面にはエンプレス・サイズのベッドが鎮座ちんざしている。


 その時、ひらいた! いや、思い浮かばなきゃよかった。


 これは、そのものズバリ、のぞき部屋だ。いや、たまたま鏡を設置せっちしたら覗きもできてしまった可能かのう性も……それは無いな。


 無いない。だって鏡のうら質感しつかんちがうもの。確信かくしん的にマジックミラーを使ってる。


 こんなところにマジックミラーをえてだれが得する? 考えても利点がない……と思う、たぶん。


 まあいいや。衣装いしょうはここに片付けよう。


 うすくらくなっているのでテーブルの上にあった照明リモコンで部屋を明るくする。


 それとカーテンはどうめるんだろう。


「あとでマキナさんに設備せつびの説明をこう」



 それからは、学校の制服や普段着などをるして、肌着などは衣装たな仕舞しまっていった。


 ほどなく、赤井さんが入浴にゅうよくできるとしらせてくれたので、着替えなどをつかんで一階に下りた。


 浴室は、洗面所けん脱衣だつい場のおくになる。重ねられた脱衣カゴの一つにいだ服を放り込み浴室に入る。


 生活用品のもう点で、荷物の中にシャンプーるいふくまれていなかった。だと言うのに、特別なボディソープは入っていた。


「これは、母の心づかいだろうか?」


 身体をキレイにすると言うだけでなく、美肌びはだ効果やバラの香りがするなど婦夫ふうふ生活をよくするためには必須ひっすというレアものだ。


 初夜しょや的な間違まちがいが起こる、起きる覚悟かくごはしろという、いささか気を回しすぎな心遣い。


 浴室にあったマキナさんのシャンプーで髪は洗い、身体はスペシャルソープで洗って浴槽よくそうつかかる。


 たぶん、まだ足りないものがあるだろうけど、その都度つどそろえていくしかないなあ~、と歯みがきしながら考えた。


 ぼ~っと頭を空っぽにしてお湯の温かさに身体を弛緩しかんさせていると脱衣場の方から物音がする。


 赤井さんかな。片付けとかしてるのか、と思っていたら浴室のガラス扉に人影ひとかげうつった。


「キョウ君、逆上のぼせてない?」


「だ、大丈夫だいじょうぶですよ?」


 長風呂なのを心配してマキナさんが見に来てくれたらしい。


「そう。ならいいけど。赤井さんが心配だから見てこいって言ってさ……」


「はい。もう上がるのでマキナさんは準備してもらっていいですよ」


「分かった。まったく……」


 マキナさんが遠ざかると遠くで言い合いのような話声がした。


 マキナさんが私の無事を赤井さんに言ってるのだろう。



 お風呂から上がり、用意していたはだ着をつけ寝巻ねまき代わりのスウェットを着ると、二階に上がる。


「マキナさん、お風呂がきました」


 ノックをしドアしでマキナさんに伝える。


「分かった。ありがとう」


 部屋に戻ると、カーテンがまっていた。赤井さんが締めてくれたのか、自動で締まったのか。


 すぐにでも、家や部屋の設備についていておかないといけないけど、もうこの時間じゃマキナさんにも訊けないか。


 さしあたっては荷物整理だと気持ちを切り替えた。


 バッグ二つの中身をからにすると、明後日あさっての登校をイメージして必要なものを確認する。


 靴下くつした類、肌着、ブラウス……数日分の替えあり。制服はオーケー。


 通学のくつ、スポーツシューズ、ジャージに始まり運動に関するもの全般ダメ。


 まあ、教科書・勉強道具類は支障ししょうがなさそうだけど、決定的に洗面道具類がない。


 普段着、部屋着も欠乏けつぼうしてる。これは仕方ないか……。


 月曜の時間割りにテキストをバッグにめて登校の準備をする。


 それを終わらせると、携帯けいたい端末たんまつに不足品をメモっておくか。


 と、その前に少し飲み物がほしいな。お茶でももらって来よう。


 ダイニングに行ってお茶をれ、二階に戻るとソファーのローテーブルに湯飲みを置いて座る。


 端末のメモアプリを起動して不足品を入力していく。


「明日のお買い物の時、家にってもらって……」


 家に残ってるのを集めてくればいいよね。



 明日の行動予定を考えながら、窓の方を見ると締められたカーテンが目に入る。


 まとめた行動予定もメモにしておく。湯飲みは朝、返すとして、もうようかな?


 照明リモコンを持って巨大きょだいなベッドに寝転ねころんで、灯りを減光げんこうする。


 携帯端末でネットニュースなんかを見ていたら……うつらうつらしてきた。




※注:奥様、妻は男の呼称。対して女性は旦那とか呼ばれます。(おっと、一夫多妻が使えなくなった……)


※注:「おぼこい」は関西地区の方言で、初々しい、世慣れしていないという意味。老若男女くべつなく使える。

 参:「おぼこ」すれていない人。きむすめ。

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