04.大きな家とお手伝いさん*


「はじめまして、蒼屋あおやキョウと申します。おどろかせてスミマセン。喜多村きたむらマキナさんと婚約こんやくして急遽きゅうきょ新居しんきょにお邪魔おじゃますることになりました」


 上から下へとボクを流し見てくる彼女に、婚約のことなど家に訪れた経緯いきさつを話した。


「はあ、それはそれは。そうですか。マキナさんもやっと……」


「あ、はい。今出掛でかけていますが、じきに帰ってくると思います。ボク──私の荷物を取りに行ってます」


「荷物……ですか? 私は今から食事の準備をしますからリビングでくつろいでいてください」


 シンクの調理台ワークトップにクーラーバッグを置きながら彼女はリビングでくつろいでいるようすすめてくる。


「ありがとうございます。でも準備は手伝わせてください。退屈たいくつなので」


 普段ふだんマキナさんがどんな物を食べてるのか知りたいし、料理の仕方を習いたいし、何よりひまなのでお願いしてみた。


 ちょうど料理の修業しゅぎょうをしなきゃと思っていたので好都合こうつごうだ。


「そんな気をつかわれなくてもいいのですよ」


「いえ、本当にすることが無くて暇ですから」


 正直に話すと、家政婦かせいふさん──赤井さんは折れて料理の準備の手伝いを了承してくれた。


 赤井さんか……よく知ってる人に似てる。名字も同じだし親族かも知れないな。


「今夜は何を作るんですか?」


「そうですね……」


 赤井さんは少し考えたあと、予定を変えてぶた肉のショウガ焼き、とりじゃが、キュウリの酢の物にしようかと思う、と言った。


「では、人参にんじんの皮むきをしてらん切りしてもらえる? 私はジャガイモをやっつけるから」


「はい」


 流しであらってから人参をピーラーでいていく。赤井さんは玉ねぎをき始める。


 ボクは人参を一口大の半分くらいに乱切りしていく。赤井さんは、おしりを切り落とした玉ねぎを半分に切ってななめ切りしていく。


 切れた人参を密閉みっぺいバッグに入れて、砂糖さとうとミリンを少し入れてんだあと、きぬさやのすじ取りを指示される。


 赤井さんは次にジャガイモを洗い、ピーラーをかけていく。


 ザルでジャガイモをシェイクしていると扉の開く音がする。玄関の方かな?


「マキナさんが帰ってきたみたい。迎えに行ってください」


 赤井さんにそう言われダイニングを出ると、ふくらんだバッグを二つかかえてマキナさんが家に入ってきたところだった。


「お帰りなさい」


「え? ああ、ただいま」


 はにかんで答えるマキナさんに、こちらも気恥きはずかしくなった。


 帰宅したら「お帰り」しかないんだけど、言ったことで少し気まずくなったのは何でだろう。


「お帰りなさい、おじょうさん」


 赤井さんもダイニングから顔をのぞかせて迎える。


「お嬢さんはやめてください、赤井さん。そんな年じゃない」


「そうですか。これからは旦那だんな様と呼んだ方が──」


「それは、もっとイヤです」


 赤井さんとは冗談じょうだんを言える間柄あいだがらなんだと、ほっこりする。付き合いが長いので、そこは仕方ないか。


 そのうち、気安く話せる日が来るようにしなきゃね。



 調理のお手伝いをやめて、家から取って来てもらった荷物を二階の部屋に運び入れてもらう。マキナさんは荷物を置くと出ていき、おそらくとなりの部屋へ。


 荷物をベッドに広げ簡単にチェックする。うん、明後日あさっての登校には支障ししょうないかな?


 足りないとまたマキナさんにたのむか自分で取りに行けばいい。


 急いで普段着に着替えるとダイニングに取って返した。



 ポークジンジャーがいため上がって夕食が完成。テーブルに料理を並べながら赤井さんに、マキナさんを呼んで来てとたのまれる。


「マキナさん、食事ができました、ダイニングに来てください」


 マキナさんを呼びに二階に上がり、部屋のドアをノックして食事ができたと伝える。


「はい。今、行きます」


 返事をもらってダイニングに戻る。追っかけ、マキナさんもダイニングに入ってきた。


「「いただきます」」


 マキナさんと対面に座って食べ始める。赤井さんはひかえ室で、一緒には食べないのだそう。


 一緒に食べればいいと思うけど、それがここの流儀りゅうぎなら口出しできないかな。


 やっぱりマキナさんはバクバク食べる。うらやましい。


 食事をませ食器を片付けると、コーヒーをんで二人の間に置く。この機会に今後の予定があるのならいておこうかな?


「明日とか予定はありますか?」


「う~ん、特にないな。母には言ったけど、本家にはまだ連絡してないし、来週末にでも一緒に行ってもらうかも知れないね」


「そうなんですか」


「ああ、そうそう。服を買いに行こうか。本家に行くには着物かなあ? まあドレスでもいいけど、訪問着とか持ってるかい?」


「いえ、持ってないと思います」


 たぶん、持ってない。マキナさんの要求ようきゅうするレベルのものは。


「制服じゃあ、ダメ、ですよね……」


「ふむ……面白い。君は誠心せいしん女学院──今は誠臨せいりん学園だったね。叔母おばよろこぶかもね」


「叔母……そう言えば、理事長の名前が、喜多村──」


「喜多村アオイ。私の叔母だよ」


 はあ~世間はせまいなあ……。うん、たしてそうなのだろうか?


 少し懐疑かいぎ的にマキナさんの顔色をうかがった。


「ま、まあ、服は明日、見繕みつくろいに行こう……」


 なんか誤魔化ごまかしてそう、この人。かと言って何のどこら辺を誤魔化しているのかは分からないけど。


 マキナさんと理事長先生が親族なのは分かった。


 出来すぎてる、このお見合いにはうらがあると見たね、ボクは。


「分かりました」


「さ、さて私は部屋に戻る。君も部屋で片付けをした方がいいんじゃないか?」


「そうですね。食器を洗ったら上がります」


「いや、君にそんなことを求めてはいない。あ~その……婦夫ふうふのだな……」


 顔を赤らめて口ごもるマキナさん。分かってますって。婚姻こんいん要件ようけんにありましたね。


「子作りを頑張がんばれってこと、ですよね? まあ、それしか求められて無いようで少しかなしいですが」


「うん。まあそうなんだが、生々しいな」


「条件をつけた方が言いますか? 保健体育の成績は良かったので任せてください。実践じっせんはしていませんけど──」


「ブフッ!」


 きちゃない、この人。いや、きつけられるのはご褒美ほうび


「そ、その、お風呂が入ったら赤井さんがしらせてくれるから先に入ったらいい。私は部屋に居るから」


「分かりました。一緒に入らなくていいんですか?」


 再びマキナさんが噴いた。ちょっとあおりすぎたかな。まだまだ、マキナさんとの距離きょり感が測れない。


 ダイニングを出ていく姿を追って、ボクは洗い物に立った。

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