02.いざ、新居……と思いきや*


「食事にしましょう」


 仕切りのかげのぞいていたボクのところに戻ってきたマキナさんは、そう言った。


 食事と聞いてお腹が鳴り出しそうだった。


 社員の人にボクを紹介しなくて良かったのかなあ~、と思いながら事務じむ所の人に会釈えしゃくして、マキナさんに連いて行く。


 お昼前からお見合いだったので、会食しながら話をめるかも知れなかったし、早く決着がつけばそこで食事するかも知れなかった。


 けれど話はサクサク進んでしまい婚約の諾否だくひまでゆだねられて解散した。


 すぐさま婚約を了承りょうしょうする連絡れんらくをして、新居に移るのも承諾しょうだくしたから食事をするのも忘れていたね。


 マキナさんに気付かされなかったら、知らずにお腹が減りすぎてへろへろになっていたよ。


 マキナさんとエレベーターで一階に降り、ダイニングホールに進む。


 そこは本当にホールになった巨大な食堂だった。百人以上は一度に食べられる規模きぼがある。


 会社の一階は迎えいれる玄関だろうというのに、それだけの面積を占めていて大丈夫なのかと心配になる。


 ホール内には遅い食事の人がそこそこ居て、入った途端、人の目が集まった。


 こちらでも毛色の変わった人を見る目が向けられた。ボクは、ビジネススタイルじゃないから仕方ない。


 提供されているのは日替わり定食とビュッフェ・スタイルで人それぞれ好きに選べるみたい。


 初見なのでマキナさんにならおうとしたけれど、彼女は定食に加えてビュッフェでも数品つままむ豪胆ごうたんさ──いや健啖けんたんさ? を見せていた。


 とても真似マネできなさそうにないので、ビュッフェの数品をトレイに取り、彼女と並んでテーブルに座った。


「君は少食だね? もっと食べないと」


 ボクは、そうですねと苦笑いして返す。


 平時ならもう少し食べられそうだけど、並んだビュッフェの料理をながめていたら食欲をがれてしまったみたい。


 勢い食べる彼女を見ながら、圧倒された心を落ち着かせるようにじっくり食べる。


 彼女の身長は百七十はあるだろうか。ボクとは頭ひとつくらい違って大きい。


 そのたくましい体はそうやってできたのかなあ、と感心する。


 おそらく平均的な肉付きだろうけれど、精力的な活動を維持するにはその量が必要なのだろう。


 何かにつけ精力的な人だ。それくらいじゃないと務まらないのだろう。


 食べ終わると食後のコーヒーは事務所でゆっくり飲もう、と勧められる。


 確かにホールは広いし、他の人の目が気になってくつろげないかな。先ほどのフロアに戻ったほうがいいね。


 五階に上がり、もとの事務所へ戻った。そこのすみには打ち合わせ用のソファーセットがある。


 マキナさんは、そこで休んでいてくれと言って一緒に座る。


 そこへモデルのような女性がやって来て、たずさえてきたタブレットをマキナさんに渡している。


「喜多村課長代理、お持ちしました。こちらの方ですか?」


 あわてて立ち上がったボクの姿を上から下へと女性が流し見てくる。


「そうだ。婚約が決まってね。自宅に送り届けるまで待ってもらってる──」


「は? 婚約、ですか?」


 男の子? と女性がおどろいてボクを二度見してくる。


「そうだ。ああ、キョウ君、ちょっと」


「はい?」


 彼女たちのやり取りを傍観ぼうかんしていたらボクが呼ばれた。


「婚約者の蒼屋あおやキョウ君だ。また来社するかも知れないので覚えて置いてくれ」


「は、はい。受付をしています、総務そうむ課のみさきです」


 そう言って、入館章のIDストラップを渡してくる。


「はい、蒼屋です。よろしくお願いします」


 喜多村になるかも知れませんが……、と付け加える。


「なるかも、は無いだろう」と言うマキナさんは耳を少し赤くしている。


 それを聞いて岬さんは、一瞬いっしゅんしぶい顔をした表情をすぐさま微笑みに戻した。


「そうですね……。申し訳ありません」


 とすぐに喜多村になりますと訂正ていせいする。


可愛かわいい男の子ですね、課長代理。それでは失礼します」


 マキナさんが何やら操作し終えたタブレットを、岬さんは受け取り一礼して返っていった。


 入館者名簿にボクの名前なんかをせてくれたのだろう。


 備え付けのバリスタ機でコーヒーをんでくれたマキナさんとソファーに座って、新居のことや、着のみ着のままで来たので生活に必要な服や文具について話した。


「──そうだね。あまりに性急せいきゅうだった。時間ができれば家に寄ってもいいけど、今のところ、そこまでは分からない」


 母に話して用意してもらえるか電話しておいてと言ってマキナさんは仕事に戻って行った。


 母に電話してできる限り学校の制服や勉強の道具をまとめてもらうようにたのんでおく。


 あとは、マキナさんの仕事の片付き次第だけど、まだ少しかかりそうだよなあ~。暇だ~。


 かと言って、携帯をいじって遊んでもいられない。



 分かっていたけど、どこにいても自分が浮いている。ちらちらと、視線を感じる。


 フロアにある席の半分ほども人はいないけれど、そこここでパソコンに向かったり書類を確認している人たちがいる。皆、女性だろう。


 ボクは、社員でもなく来社した取引先の人間でもないのは明白だ。


 シックなスーツばかりを着た人たちの中で、薄緑色に花柄はながらが入った春らしいワンピースが浮いている。


 しかも、ボクとしてはオシャレした方のワンピースを着ている。


 それも先週、急遽きゅうきょ買ったばかりの衣装だ。


 百歩ゆずって、その服だった。言われるままだと、和服を着せられそうだったので母に妥協だきょうしてもらった。


 個人的意見だと学校の制服が正解だったのかも知れない。すぐ相手の家に移ることになったんだから。


 通う誠臨せいりん学園は、ズボンでもスカートでも、好きに選べる制服だ。


 ボクはスカートを選んで通っているので、その姿ならビジネススーツの群れの中には、かなりけ込むだろう。


 まあ、そんな異物が事務所の休憩きゅうけいスペースに居座ってるんだから、皆さんは珍獣ちんじゅうを見る思いだろう。


 少し居たたまれなくなってマキナさんのところへ行き、社内を彷徨うろついても良いかいてみた。



「臨時IDで大体のところは見れるよ」とマキナさんが教えてくれる。


 こちらの方はもう少し時間がかかるとあやまられる。お気になさらずと返す。さあ、社内探検たんけんに出発だ!



 今いるフロアは面白くなさそうなので、取りあえずは一階のダイニングとは違う表側、玄関口どうなってるのかな、っと?


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