第10話 直接告白することにこだわる必要はないよね

 朝、学校に行くと下駄箱に手紙が入っていた。


 バンッと反射的に下駄箱を閉めてしまう。


「どうしたの?」

「ううん。なんでもない」


 友達の萌衣ちゃんにいぶかしげな視線を向けられるも、わたし—―庭城にわしろ鈴寧すずねは平静を装う。


 誰にも見られないよう手紙をカバンに押し込み、上履きに履き替える。


「萌衣ちゃん。先に行ってて」

「え?」


 萌衣ちゃんの返事を待たずに颯爽とトイレへと向かう。わたしの行動を不審がっているようだったけど構っていられない。


 手紙の内容と送り主を確認したい思いで頭が一杯になった。


 今時手紙なんて古風なことをする人をわたしはひとりしか知らない。


 だからといって、この目で確認するまでは安心できない。


 トイレの個室で手紙を確認する。


『庭城鈴寧さんへ

 好きです。今日の放課後、校舎裏庭来てください。直接告白します。

 立石諒清より』


 内容を読んで思わずクスリと笑ってしまう。


「なにこれ」


 小声を漏らし、嬉しさのあまり笑みがこぼれる。


 手紙に好きだと書いてあるのに、その告白を直接言う必要があるのだろうか。疑問が残るも、悩んだ末に書いたであろうその内容は彼らしい。


 大方、恥ずかしいからと手紙を書き……でも、直接告白もしたいからとこういった内容になったのだろう。


 手紙を書いたのも、漫画やラノベといった創作物を参考にしたからだ。


 今時はスマホで告白を済ますことだってあるというのに、手紙の方が印象が強いため、思い至らなかったんだね。


 キーンコーンカーンコーンと予鈴が鳴り、慌てて手紙をカバンに仕舞う。


 トイレを出て、2年B組の教室へと急いだ。




「なにかあったの?」


 朝のホームルームを終え、萌衣ちゃんに声を掛けられた。


「ううん。なにもないよ」

「嘘だ~。絶対なんかあったよ。嬉しそうだもん」

「そんなことないよ」


 別に隠す必要はない。けれどペラペラと誰かに話すことでもない。そう考えたわたしは萌衣ちゃんには話さないことにした。正式に付き合うことになってからでもいいもんね。


 昼休みまでの間、いつもより校内が騒がしいのを気にも留めず、立石くんのことを考える。


 立石くんと目が合い、顔を背けるを幾度か繰り返した。


 これまでも目が合うことは何度かあったけれど、今日は特に多い気がする。お互いに意識してるからだよね。そう思うと手紙を貰ったことは夢ではないと感じられ、なお一層嬉しかった。


 授業に集中できないわたしは立石くんのことで頭が一杯だ。


 思えば立石くんとの出会いは高校入学したばかりの頃。


 当時の部長の熱心な勧誘に根負けして入部した文芸部で、彼と出会った。


 正確には入学初日に彼とは出会っていたのだけれど、その時のことをわたしは覚えておらず、彼に言われて気づいた。


 校門前の桜並木に見惚れていたときに出会っていたのだ。


 入部したばかりの時、わたしは別に彼を気にも留めていなかった。


 おどおどして、気弱で、好く要素などないと思っていた。あの時までは。


 入部してからしばらく経ち、入江先輩からあることを言われる。


 それは立石くんがわたしのことを好きだということだ。


 それまで気にも留めていなかったわたし。だけれど、そう言われると意識しないわけにはいかない。


 気が付くとわたしは彼を目で追うようになり、好きになっていた。


 とはいえ、同じ部活で活動を続けるも、告白されることはなかった。


 もしかしたら、入江先輩はわたしを揶揄からかっただけなのかもしれないと考えるようになった。


 彼はわたしのことを好きではないのかもしれない。


 そう考えた時点ではもう手遅れだった。彼のことが頭から離れない。


 彼がわたしのことをどう思っていようと関係ない。わたしは立石くんのことが好きだ。


 そしてついに今日、わたしは彼に告白される。……いや、厳密には告白されたと言っていいかもしれない。


 なぜなら呼び出しの手紙には『好きです。』と書かれているのだから。


 告白されること自体は嬉しいものの、想い人からの告白となると緊張を隠しきれない。


 もう! どうしてこんな回りくどいことするの? ……いや、回りくどいのか?




 ――昼休み。


 とんでもないことをわたしは耳にする。


 放課後、わたしに告白すると宣言した立石くんは、昼休みに、別の女の子と付き合うことが決定した。


 その相手は学園一の美少女と呼ばれている川田かわた愛澄華あすか


 学校中がその話題で持ちきりだった。


 わたしが貰った手紙は彼からではなく、イタズラなのでないかという可能性が浮上した。




「いや~。これは立石くんの字だと思うなぁ」


 放課後の文芸部室にて、わたしは千聡部長に相談していた。


 立石くんは校舎裏に来ず、部室にもいない。わたしを呼び出しておいて帰ったようだ。夏波ちゃんは校内を走り回っているようでいない。


 部室内は千聡部長とふたりっきりだ。


「やっぱりそう思いますよね」


 イタズラである淡い可能性に期待していたが、それは払拭されてしまった。


 別に千聡部長の言うことを百パーセント信じるというわけではないが、わたし自身も同じ意見であるため、イタズラであることは考えづらい。


「でもまさかそんなことになってるとはね。立石くんはすずねこのこと好きなはずなんだけどね」


 すずねこ、というのはわたしのこと。千聡部長が勝手にそう呼んでいる。


 校内の自販機で購入したであろう甘い紅茶入りの缶に口を付けて、一拍置いてから続ける。


「入部した理由だってそうだし。そもそもあたし、彼に直接聞いたことがあるんだよね。庭代さんがいるから文芸部に入ったのかな? ってそしたら彼、否定も肯定もせず、顔を赤くして固まっちゃってさ」

「そうなんですね」


 その光景が容易に想像ができ、思わず笑みがこぼれる。


「あ! でもこれ内緒だった。彼には言わないでね」

「大丈夫です。言いません」


 わたしは麦茶入りの水筒をあおってから、そもそもの疑問を口にする。


「立石くんはどうして川田さんの告白を受けたのでしょう」

「え?」

「だってそうじゃないですか。立石くんと川田さんなんてまったく接点がないのに……する方もどうかしてますけど、受ける方もどうかしてます」


 考えれば考えるほど腹が立つ。


 わたしは拳を握りしめ、テーブルを軽く叩く。


 それを見た千聡部長は微笑みを浮かべる。


「まぁ一応、川田さんって子は学園一の美少女って呼ばれてるから告白されたことによって気持ちがそっちに移っちゃたのかな? 彼、そういうの好きそうだし」

「ならしょうがないですね」

「そこはしょうがないんだ」

「でも、もしこの手紙を書いたのが彼で、少しでも彼と付き合える可能性があるんだとしたら、その可能性を捨てずにいたいです」


 呆れたという風に嘆息したあと、千聡部長はおちょくるように言ってくる。


「一途だね~。すでにふたりが付き合ってるって噂が広まっているっていうのに」

「それでも、立石くんがわたしに手紙を書いたことが事実なら信じる価値があると思います」


 彼がわたしに手紙を渡し、そしてその日に別の女の子からの告白を受け、付き合うことになっていたとしても、わたしの中にある彼を思う感情に変わりはなかった。


 それどころか、もしわたしより川田さんと付き合う方が彼が望むことで彼にとって良いことであるのであらば、それでもいいとさえ思える。

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