第11話 待ち伏せは犯罪ではない。ただし、美少女に限る。こんな発言をする人ほど罪に問われるべき

 川田かわたさんと付き合うことになったその翌日。


 無慈悲むじひな目覚ましの音に起こされて学校へと向かう準備を始める。


 起きた瞬間に昨日のことを思い出して憂鬱ゆううつ。寝ている間は忘れていたため、ぐっすり眠ることができたのが唯一ゆいいつの救いだった。


 思い出すことさえなければ清々すがすがしい朝だと思えたことだろう。思い出してしまった今となってはもう叶わぬものへとなってしまった。


 制服に着替え、朝食を摂り、歯を磨き、忘れ物がないか確認して、家を出た。徒歩で学校へと向かう。どうして学校が休みの前日に告白してこなかったのだろうか。


 もし、告白を断られたとき会うのが気まずいとか考えなかったのだろうか。僕の彼女は……。


 僕の彼女は…………なんていい響きなんだろう。ほおが緩んでにやけてしまう。


 いや! そうではない!


 これでは莉雫りお盛快しげやすと一緒ではないか。


 僕は好きな相手としか付き合わない。これは揺るがない。揺るがせてはいけない。


 なのに……やってしまった。……憂鬱ゆううつだ。


 昨日、あのあと連絡先を交換して川田さんとは別れた。


 川田さんは嬉しそうにしてたが僕はそのときどんな顔をしていたのだろうか。本当は好きではないということが顔にでていなかっただろうか。


 ……いや、そうではない。むしろ顔に出ていた方が好都合だ!


 言うんだ! 本当は好きではない。告白の返事を間違えてしまったと。たとえ、学園一の美少女だとしてもおくすることはない。


 もしも、学校に行きづらくなろうと。袋叩きにあおうと。嘘をつき続ける罪悪感ざいあくかんに比べれば大したことはない。


 そう決意を固めて学校へと向かう。


「おはようございます」

「……! おはよう」


 驚いた!


 通学途中で彼女に声を掛けられた。


 昨日から付き合うことになった彼女――川田愛澄華あすか。間近で見ると学園一と言われているのも納得の美しさだ。


 透き通るような白い肌。小顔にんだあおい瞳。まっすぐに伸びた背筋。絵に描いたような整った顔。


 腰まで伸ばしたさらさらな金髪は揺れる度に星屑ほしくずがこぼれて、その星屑を拾った人を幸せにしそうなほどに神々こうごうしい。


 ただそれは、あくまで一般的に見た場合。


 僕の思い人—―庭城にわしろ鈴寧すずねだって負けてない。むしろ僕からしたら庭城さんの方が美しい。


 ……ただ、学園一の美少女と呼ばれているという先入観からそうも思えきれないでいた。


「……そ……そんなに見られると……恥ずかしいです……」


 僕が川田さんをまじまじと見ていると、川田さんは僕から視線を反らしてわずかに頬を赤らめる。


「ごめん。そんなつもりは……こんなにかわいらしい子が僕の彼女だなんて信じられなくてつい……」

「……彼女」


 しまった!


 昨日の告白は間違いだと。本当は付き合うつもりはなかったと言おうと決心していたのに。これでは言い出しづらくなってしまう。


 ……そうではない。言うんだ。どんなに言い出しづらいことになろうと言うんだ。


「ごめん」

「なにを謝っているのですか?」

「昨日のは間違いで…………言おうとしたことと、違うことを言ってしまったんだ」

「……そうですか」


 さっきまで嬉しそうにしていた彼女はうつむいて見る見るうちに元気を失っていく。


 そうだよね。


 勇気だして好きな人に告白してオーケーをもらい付き合えるかと思ったら、翌日には返事を間違えたなんて言われたら、そりゃ落ち込むよね。


 ぬか喜びさせてごめん。


「……そうですよね」

「そうなんだ」


 わかってくれたことによる安堵あんどと川田さんを悲しませてしまったという罪悪感ざいあくかんを織り交ぜた複雑な感情が僕を襲う。


「告白は男からするものですよね」


 そう。告白は男からするものであって、女の子にさせてはならない。


 …………ん?


「すみません。諒清りょうせいの気持ちを考えずに……私ったら……」


 通じてない、だと⁉


「いや……そうじゃなくて……」

「いいんですよ」

「……? いいってなにが?」

「彼氏彼女になってから告白をやり直すというも悪くありません。むしろ、素晴らしいことではありませんか?」


 彼女の純真じゅんしん無垢むくで清らかな瞳が僕のことを信じて止まないという思いを込めた矢で僕の心を射貫いぬく。その瞳を汚す勇気を僕は持ち合わせはいなかった。


 僕の固い決意! カムバック!


「……そうだね……告白は別に一度っきりなんて決まりはないわけだし……でも、今は気持ちの準備ができてないから……こ……今度にしようかな……」

「そうですね。2日連続で告白イベントをこなす必要はないですよね。それに……」


 彼女が言いよどんでいる言葉の続きを僕がうながす。


「それに……?」

「……に……2度目の告白は……予告なしに突然されたいです」


 僕のことは見ずにうつむきながら、ほおをリンゴのように赤らめた彼女に僕はドキドキさせられる。


 ヤバイ!


 僕は川田さんのことが好きではないはずなのにドキドキしてしまう。学園一の美少女おそるべし。


 川田さんと並んで歩いていると、すれ違う人々の視線が自然と彼女に向いているのがわかる。


 その隣にいるのが僕でごめんなさい。


 好きじゃないのに付き合ってます。


 彼女は慣れているのか気にしている素振りを見せない。


 そうだよね。


 昨日、今日、美少女になったわけじゃないんだから、慣れていたっておかしくはない。おかしいのはその美少女の隣にいる僕の方だ。


 なんだあいつ。なんであんなのが隣に。あいつになら勝てる。そんな幻聴が聞こえてきそうだ。実際は言われてないのに言われているような気になってしまう。


「諒清。なんだか元気ないですね」


 僕のひきつった顔を見た彼女は心配そうにまじまじと見てくる。そんなに見ないでとは言えない。


 さっき僕は同じことを彼女にしてしまっていたからね。


 心配させまいと僕は答えた。


「そんなことないよ」

「まさか!」


 もしかして、告白の返事を間違えた事に気づかれた⁉


 ……いや、気づかれていいんだよ。むしろ、言おうとしてるんだから好都合だ。


 来るなら来い! 心の準備は万端だ!


「夜更かししましたね。ダメですよ。ちゃんと寝ないと」


 バレてなかった。安心。……いや、安心じゃないし。


「夜眠れないようでしたら、私が添い寝しますよ」

「え?」

「ん?」


 聞き間違いかな?


 学園一の美少女で清らかだと思っていた彼女の口から添い寝というワードがでてきた。清らかな少女がそんなこと白昼はくちゅう堂々どうどうと言えるものなのか?


 女の子に詳しくない僕にはわかりません。堪らず僕の口から言葉が漏れた。


「……添い寝……してくれるの?」


 彼女は僕に知らない世界を教え込むように答えてくれた。


「彼女なら夜眠れない彼氏のために添い寝をするのは当たり前なことですよ」


 そうか。当たり前なことだったか。新たな知識を得ることができた。


 ありがとう神様。


 よく晴れた空を眺める。雲一つとしてない快晴。


 散歩なり、ピクニックなりするのに、これ以上に最適な天候はないだろうと思われるほどに晴れやかだった。


 そうやってしばらく、ほうけていると、手に突然のぬくもりを感じた。はて、この温もりの出所でどころはどこからだろうと見てみる。


「信じていないようでしたので……今はこれで……どうですか?」


 温もりの正体は彼女の手から伝った体温であった。


「……へ?」


 僕は彼女の言うことを別に信じていないわけではない。


 それどころか、添い寝……いいじゃないか。今度お願いしようとさえ思っていた。


 ところが、彼女にはそうは見えていなかったようで、ほおを膨らませて『なんで信じてくれないんですか?』と眼で訴えていた。


「え⁉ いや⁉ 信じてます!」

「本当ですか?」

「本当です。彼女の言うことを彼氏の僕が信じないわけないじゃないですか!」


 疑いが晴れたのか、嘆息して僕の方を向いていた視線を正面へと移す。ほのかに頬を赤らめてどこか恥ずかしそうにしてボソッと呟いた。


「……なら……いいです」


 別に悪いことをしたわけではないのに申し訳ない気持ちになる。冤罪えんざいを掛けられる人の気持ちってこうなのかな?


 もし、冤罪にあったら、実際に犯罪行為をしてなくても謝罪してしまいそうだ。


 学園一の美少女と称される彼女と手を繋いで登校。


 傍から見ればうらやましく思うかもしれないが、すれ違う人からの視線が痛い。


 好きではないのに付き合っていることが実はバレているのではないだろうか。


 いつ爆発してもおかしくない爆弾を抱えて、いろんな意味でドキドキする。


 というか、その爆弾を自ら爆発させようと今朝、決心していたはずなのに……その決心はこの晴れた陽気ようきに焼き払われたように消え失せてしまっていた。

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