第30話 マイペースガール・あかりん
私—―
脱兎のごとく足早に移動し、ふれあいエリアに到着。
移動途中に草食動物用のえさを購入できる自販機を見かけるも、あかりんは気づいていないようでした。
まっすぐ向かったのはうさぎエリアで、柵に覆われており、脱走できないようになっています。
「あーさん。見て! うさぎだよ。うさぎ!」
うさぎのようにぴょんぴょん跳ねながら、あかりんは嬉しそうにしています。
そのままぴょんと柵の中に入ってしまいそうで、ひやひやです。
「咬まれないないように気をつけてくださいね」
「はーい」
なんの
それを見ていた私は無邪気な子供を心配する親の気持ちでした。
もちろん親になったことはありません。しかし、もし親ならこういう感情を抱くのだろうと思います。
「……ていうか! なにあげてるんですか⁉」
「ん? バナナ」
どこからともなくあかりんはバナナを取り出し、うさぎに食べさせようとしています。
「バナナってうさぎ、食べれるんですか?」
「食べれるって聞いたことあるよ」
「本当ですか⁉」
「うん」
「いや、でも……ちょっと待ってください!」
「……え? なに?」
「さっき、えさの自販機を見つけたからそれにしませんか?」
「え⁉ そんなのあるの?」
「はい。来る途中で見かけました」
「じゃあ、バナナはウチが食べるね」
「そうですね。そうしてください」
「ゔぅうんん?」
「なんて言ったのですか⁉ 食べながら喋られてもわかりませんよ」
「ゴクリ! どこにある?」
バナナ片手に嬉々として訪ねてくるあかりん。
子供のような無邪気なあかりんに、私は淡々と答えます。
「えさですね。こちらですよ」
私は来る途中に見かけたえさの自販機へと案内しました。その前に到着するも、あかりんは買おうとしません。
「買わないのですか?」
「ゔぅう――」
「だからなに言ってるかわかりませんよ!」
「ゴクリ! 食べ終わったらね」
マイペースな彼女に呆れつつも「そうね」と納得して、仕方なしに彼女より先に私がえさを購入することにしました。ゆっくりと。
自販機から出てきたえさは、四角ブロック状になっています。試しに振ってみるとカサカサと音が鳴りました。その音を聞いたあかりんが取り留めない感想を述べます。
「マラカスみたいだね」
「そうですね。ただこれから動物にあげるえさに対してその感想ってどうなんでしょう……」
「ようし! ウチも買うぞ!」
あかりんは私の呆れつつも出した言葉を聞いていないようです。陽気な声を上げて、えさの自販機の前へと移動していきます。
「ていうか、あかりん。バナナの皮はどうしたんですか?」
「大丈夫!」
「うん。一応聞きますけどなにが?」
「ちゃんと誰かが引っ掛かるようにバナナトラップ仕掛けておいたから!」
「それは全然大丈夫じゃないですね!」
まったく探す素振りすら見せないあかりんに代わって、私がバナナの皮の所在を明かすことにしました。
「いったいどこに隠したんですか?」
ガサガサと地面に落ちている葉や枝を除け、自身がトラップに引っ掛からないよう慎重に探します。
そんな私にあかりんはなにを思ったのか。突然の話題を振ってきました。
「あーさんはさぁ」
「ん?」
「あの……諒清ってのと付き合ってるんだよね」
「……? そうですよ」
「じゃあさ…………好きなの?」
その言葉を受け、私はバナナの皮を探す手を止めて、あかりんの方を向きます。すると彼女も私の方に向いていました。
「ちょ! なに! いきなり」
「いいから答えて」
突然、恋バナを振られたことで顔が熱くなるのを感じます。
あかりんは真剣な眼差しで私を見ています。それを受け、私は彼女の質問にちゃんと答えることにしました。
「……好きですよ」
「だぁ~。やっぱりそうだよね」
「突然どうしたんですか?」
「いやさぁ。ウチ、盛快と付き合ってるわけだけど……」
「だけど…………なんですか?」
「別にウチ、あいつのこと好きってわけじゃないんだよね」
「そうなんですか? てっきり好きなんだと思ってましたけど……」
「ウチら、元々友達同士でつるんでて、それで告白されて…………嫌いじゃないからとりあえず、オーケーしたけど……」
あかりんは一拍おいてから告げました。
「……恋人同士って感じじゃないんだよね。とくになにかあるわけでもなく、ただ一緒に遊ぶだけで…………だから、あーさんが羨ましくて」
あかりんは私に柔らかい笑みを向けて続けます。
「あーさんの中にある。その好きって感情、大事にしなよ」
その言葉を受けた瞬間。胸の中に温かいものを感じました。
こんな素敵な友達を持った私は、なんて幸せ者なんでしょう。
だからこそ、私は彼女の気持ちに応えられるように満面の笑みで応えました。
「はい。ありがとうございます」
途端。背後から声が聞こえました。
「イッテー」
「盛快。大丈夫?」
どうやら、国友があかりんの仕掛けたバナナトラップに引っ掛かり転んだようです。
地面にお尻をついて痛そうにしています。
「やーい。引っ掛かってやんの~」
「あ~か~り~。おまえの仕業か!」
「キャッ!」
「待て~」
国友があかりんを追い回します。
あかりんが言うようにふたりのそれは恋人同士、というよりも友達同士に近いように感じられました。
「てい!」
「はむ! はむはむゴクリ!」
「てい!」
「はむ! はむはむゴクリ!」
国友は紙袋からなにかを投げています。それをあかりんが口でキャッチして食べているようです。
「なんですか? あれ?」
「ここに来る途中でくまさん型のカステラを買ったんだよ」
公の場であることを考えると異様とも言える光景にポロリと私は言葉をこぼします。すると、我が愛しの彼氏――立石諒清が答えてくれました。
「……カステラ……ですか……」
誰が見ているのかわからない公の場でよくあんなことできるなぁ~と感心しつつも、私が高みの見物鉄道でしたことだって大差ないと思い、恥ずかしくなってきました。
「どうしたの?」
「いえ、なんでもありません」
「そう?」
心配そうに諒清が私の顔を覗いてきます。その気持ちはうれしいのですが、あまりじろじろと見られるのは恥ずかしいです。
顔が熱くなるのを感じるも、彼のその優しい気持ちを除ける気にもなれず、ただただ辱めを受け続けます。
「あーさん! バイバイ!」
あかりんが少し離れたところから手を振って叫んでいます。
「あかりん! どこ行くんですか?」
「やっぱり、ここつまんないから帰る~」
「……そうですか。また学校で会いましょう」
「うん」
あかりんはやっぱりマイペースだなとしみじみ思い、彼女の背中を見送ります。
「……なんだか……飯塚さんってすごいね」
「そうですね」
「それで、動物とは遊べたの?」
「あ⁉」
そう諒清に指摘されて、私の片手にえさが握られていることに気づきます。
おそらくあかりんも動物と遊ぶことを忘れていることでしょう。
動物と遊ばないのかと訊けば「あ! 忘れてた!」なんて返ってきそうですが、すでに彼女の姿は見えませんでした。
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