第3話 闇落ちした学園一の美少女を救えるのはヒーローだけ

 私――川田かわた愛澄華あすかは雨で天候が荒れた放課後。1年時から所属している美術部の活動をしていました。


 特に参加を強制されているわけではありませんが、自身の技術向上のためにも、毎日欠かさず練習することが必要であると私は考えています。


 美術室には10数名ほどの美術部員が居て、中には和気藹々わきあいあいと楽しそうに絵を描く人もいれば、私のように絵を描くことに没入して命を注ぐ人もいます。


 それぞれが、それぞれのペースで、描きたいことを描きたいように描く。そんな自由な部活動。それが我が校の美術部です。


 私は出来る限り部活動に参加し、技術向上に励みます。


 今日だって私は絵を描くことだけに集中して取り組んでいます。それはもう、何人たりとも寄せ付けないと言わんばかりに、もっと言えば、暗黒オーラを纏う闇の死者のよう。


 私の心情を知らない愚か者が声を掛けでもしたら、鋭い眼光で射殺し。美術室内で騒ぐような輩がいるようなら、わざとらしく「ああ!」と声を荒らげて黙らせます。


 どうしてそんなにもイライラしているのかというと、私は約1ヶ月程前の夏休み期間中に彼――野村のむら勝己かつきと別れたからです。


 別れた理由は勝己が私のことをもてあそんでいたという事実を知ったからでした。


 勝己は私のことが好きでもないのに告白してきました。勝己は私に嘘を吐いていたのです。しかもそれは、恋人同士において、もっとも大切であると言っていいはずの好きという感情でした。


 私はそのことを許せず、また気づけなかった自分自身が情けなくて仕方ありません。


 イライラを抑えきれず、絵を描くことで発散します。ただそれは、普通に絵を描くのとは違い、無駄に物音を響かせ、声を荒らげ、描き上げていきます。しかもその絵というのは、ただただ黒い絵の具を塗りたくる。ストレス発散を目的としただけのもの。


 そんなことを続けていたがためか、気づいた時には美術室に私以外、誰もいなくなっていました。


 私の行動から必然的に訪れた結果であるにもかかわらず、私は納得がいきませんでした。


「どうしてひとりぼっちにするの!」


 理不尽なことを言っていることはわかります。でも……それでも、誰も見ていないこともあり、叫ばずにはいられませんでした。


 ストレス発散中に声を掛けらるのはイヤ、美術室で騒がれるのもイヤ、だからといって、ひとりっきりにされるのもイヤ。私自身でもどうして欲しいのかわかりません。


 静まり返った美術室内から雨やら風やらで騒がしい外を窓越しに見つめます。


 私の心を体現したかのような荒れ狂う天候を眺めて、あることを思い出します。それは……教室に忘れ物をしたということです。


 今まではそんなことありませんでしたが、勝己との件があってからというもの、最近はよくあります。


 家に着いてから気づくこともありますが、今日は運よく、校内にいるうちに思い出すことができました。


 なぜ思い出したのかと考えてみると、数学担当—―直見なおみ先生が今日の授業で……。


「今日は夕方から雨が降るようですね。そんな日は勉強する日だと決めましょう。というわけで今日だす宿題は…………」


 ……と、理解できないことを言って、場を白けさせていました。そんなどうでもい一場面を雨が降っているのを見ていたら思い出したのです。


 そこで、私はひとりでいることに寂しさを覚えたわけではありませんが、日課となりつつある忘れ物――今回は数学の教科書を取りに2年A組の教室へと向かいました。


 日が暮れるのにはまだ早い時間。だというのに、天候が荒れているためか、教室へと向かう廊下はいつもよりも暗く感じました。


 人がいる気配を感じられず、とぼとぼと歩を進めていきます。


 しばらく歩いて行くと、話し声がすることに気づきました。その声の出所でどころを追っていくと、私が普段授業を受けている2年A組の教室の隣—―2年B組の教室からだと気づきます。


 そっと2年B組の教室内を覗いてみると、どうやら男子ふたりでバカ話をしているようです。そのうち1人が勢いよく立ち上がり、胸の前で拳を握っている。その突然の動きに私はビックリします。


 そのあと、彼はすぐイスに座りました。


 いったい何がしたいのかは謎でしたが、そのふたりはただふざけているわけではなく、真剣な話をしている。そんな空気を漂わせていました。


 私は彼らの話をいつまでも盗み聞いてても仕方ないと思い、先を急ぐことにします。


 迂回うかいして目的地に向かうことを検討しましたが、今の私にそんな元気はありません。


 暗く元気のない気持ちで誰かと会話をしようという気のない私。彼らの真面目そうな話を邪魔しては悪いと思う私。それらふたりの私が結託したことにより、高速で彼らがいる教室の前を移動することに成功しました。


 ただ、本当に見られていないか、と聞かれると自信はありません。


 目指していた2年A組の教室内に入り、自身の机へと向かいます。


 黒板からは最も遠く、彼らがいる教室からは最も近い、私の机に到着。机の中から数学の教科書を取り出し、目的が達成されたことで気が抜け、私の意思とは関係なしに彼らの声が耳に入ります。


「諒清が告白しようとしている相手は川田か」


 ガタン!


 私の名前が彼らの会話に出て来て、しかも…………私に告白しようとしている事実を知って、動揺で机の脚を蹴ってしまいました。


 しばらくの沈黙の後、その……諒清と呼ばれている男子の返答が聞こえてきます。


「さぁ、それはどうだろうね」


 その返答を聞いてどこか安心したような、虚しいような…………私は変な期待をしていたことに気づきます。それはこんな私のことを好いてくれる人がいるかもしれないという期待。


 彼の返答が煮え切らないものであったことから私は、まだその期待を捨てきれずにいました。


 彼らの会話をもっとよく聞きたい。私のことを好いている人がいるのかどうか知りたい。


 胸の底にある期待から私は気づけば場所を移動していました。


 もっとよく聞こえるところへ、もっと彼らがよく見えるところへ、そう考えているうちに気づいたときには、私は彼らがいる教室のドアに隠れるようにしていました。


 そうして聞く態勢を整えたタイミングで、声からして諒清と思わしき彼の口から、私が求めていた言葉をはっきりと口にします。


「僕は好きな人としか付き合わない!」


 ガタガタ!


 本日2度目となる動揺で教室のドアをうっかり揺らしてしまいました。バレていないことを祈りつつ、息を潜める。幸い雨風が強いため、そのせいにしてくれるだろうと考えます。


 いつまでも潜んでいるわけにもいかないし、求めていたことを聞くことができ、ご満悦まんえつな私は、そばにある階段を使った迂回うかいルートで美術室へと向かいます。


 私が求めていたこと――好きな人としか付き合わない。好きという感情があるかないかは恋愛にとって最も重要で、決して外してはならない事実。そういった私と同じ考えを彼――諒清が持っているという事実を胸の中に握りしめます。


 美術室へと向かう道は光り輝いていました。


 それからしばらく日が経ち、悶絶を繰り返し、諒清を信じて止まない私は誰にも止められないスピードで――


 ――彼、諒清への告白を決意します。

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