第4話 文芸部のマドンナは地味すぎる。だが、それがいい。
帰ろうとしたところでふと、思いいたる。彼は傘を忘れたという理由で部活が終わったというのに帰らなかったということに。
「盛快。傘忘れたんだよな。どうするんだ?」
「ん? ああ……それは心配ない。なぜなら――」
そう盛快が僕の問いに答えようとしたその刹那。
「あ! いたいた!」
教室のドアの方から快活な女子の声が聞こえてくる。ズカズカと慣れた感じに教室へと入ってきた。僕は彼女を見たことがある。それは当然というべきだろう。
「あれ?
彼女も僕のことを知っている。なにを隠そう彼女とは同じクラスだ。陰キャとはいえさすがに同じクラスの顔ぐらいは知っている。ただ名前は……なんだったかな。
「そう。暇な者同士で時間を潰していたんだ」
「いやだから、僕は暇じゃないって」
盛快の言葉を否定するも、ふたりはいちゃいちゃしだす。
「もう! 探しちゃったじゃん」
「すまん。すまん。
盛快と仲良くしているところを見てあることを思い出す。盛快と彼女が仲良くする姿を幾度か見たことがある。そこでふと思いいたった。
「もしかして……」
「ん?」
「盛快。もう! 帰るよ!」
僕が言い切る前に彼女は盛快の腕を掴んでぐいぐいと引っ張っていく。僕がそんな彼に視線を送っていると……。
「そういうこと」
無駄にウインクして、盛快は彼女に引っ張られながら教室を出て行った。
「そうか……あれが盛快の彼女か……」
多くを語らずとも、ふたりの仲睦まじい姿と、盛快が僕に合図を送ってきたことで、そう結論づけた。ふたりが教室から出て行くのをなんとなく見送っていると、僕は思い出した。
彼女の名前は
仲良しカップルが去ってからしばらくぼーっとしていると、教室内にわんぱく娘—―
「もう! 立石先輩! こんなところにいたんスか?」
僕のことを捜しまわっていたようだ。額に汗を滲ませて走り回っていたことが見て取れる。
「立石先輩。荷物部室に置きっぱス。早く取りに来てください」
香崎に言われて思い出す。僕は文芸部の部室にカバンを置いたままにしていたのだった。図書室で本を借りたらすぐに戻る予定だったのに、盛快に
「ごめん。ごめん。すっかり忘れてたよ」
「しっかりするっス。そんなんだと本当に好きな人が誰なのかも忘れるっスよ」
「さすがにそれはないよ。ていうかなんでそう思うの?」
「立石先輩みてるとなんとなくそんな気がするっス」
香崎になんとも失礼なことを言われた気がするも、強く否定する気にはなれなかった。
僕は興味ない感じに「ふーん」と生返事を返す。そんな僕が
「いいから行くっスよ」
香崎と共に部室へ向かうと、待ちわびていたとばかりに帰りを急かされた。
「やっと来た。いったいどこに行ってたの?」
「すみません。友達と教室で話し込んでいたら、気づいたらこんな時間で……」
「まぁいいわ。もう部室閉めるからさっさと準備して」
叱るとも怒るともせず、優しく僕に話しかけるのは文芸部部長の
「立石くん。はい。これ……」
「ありがとう」
黒い髪を肩まで垂らし、おっとりとした雰囲気にあった丸型のメガネが尚一層、彼女の良さを際立たせている。
今日、盛快と会話で告白しようと僕が決心していた際、頭に思い浮かべていたのは彼女だ。
そんな彼女からカバンを受け取る。あんなことを話していたことを思い出していたからか、顔が熱くなっているのを感じる。
「立石先輩? どうしました?」
香崎が僕の顔を覗き込んで
「なんでもない!」
香崎はいたずら好きな子どもような笑みを見せ、庭城さんは場の空気が理解できないという風に小首を傾げ、僕は熱くなった顔を抑えきれずに溢れさせ、そして入江部長は……。
「それじゃ、帰りましょう」
一様に時が止まった文芸部員の帰りを部長が促した。
文芸部はこの4人で活動を行なっている。優しいお姉さん部長で3年生の
緩くて楽しいそんな部活動。だが、いつまでもその平穏は続かなかった。
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