第2話 国友盛快は彼女持ち。だけど、彼女のことが好きというわけではない。

 2年B組の教室に着くと、そこには誰もいなかった。


 とっくに帰りのホームルームを終えているため、当然と言えば当然であったが、それが教室で騒ぎたくなる衝動を増幅させる。


 ザーザーと雨が降り注いでいるためか、灯りが点いていない教室は薄暗い。堪らず、すぐさま灯りを点ける。


「それで? 諒清りょうせいは誰もいない教室に連れ込んでいったいオレとなにをしようというんだ?」

盛快しげやすはただついてきただけでしょ。それにその言い方だと、まるで僕が呼び出したみたいじゃないか」

「違うのか⁉ だが暇だから相手をしてやろう」

「なんでそんなに上から目線なの⁉」

「気にするな。まぁ座れ」


 拒否する理由のない僕は彼が指差した窓際にあるイスに座る。僕の席だし、気兼ねなく座れる。


 僕が座るのを確認してから、彼も座る。彼が座ったのは僕より一列分廊下に近いイスだ。彼の席ではない。


 座る際に彼はカバンを机の上に置いた。ちなみに僕のカバンは部室に置いてある。本を借りたらすぐに戻る予定だったからだ。彼と遭遇したことで予定を狂わされた。


 僕たちは対面する形で座っている。間に机やら、カバンやら、といった荷物は一切置かれてはいない。それゆえ僕たちはお互い足のつま先から顔まで、全身を見合うことができる。


 図書室から教室までずっと彼はついてきた。このことから彼は、僕に話があるのではないかと考えられる。


 別に話がないとついて来てはいけないというわけではない。ただ彼の様子はいつもと違う。いつもよりも幸せオーラを醸し出し、笑顔が華やかで生き生きとしている。そんな彼を僕はまじまじと見る。


「そんなに見られると恥ずかしいんだが」

「盛快は本当になにがしたいんだ!」

「まぁ、聞け!」


 おふざけムードから一転、盛快が真剣な眼差しで僕の瞳をロックオンしてくる。


 一拍だけ置いてから盛快は告げた。


「彼女ができた」


 その刹那……僕の中で衝撃が走った。


 というのも、盛快と僕は中学時代、冴えない学生時代を送っていた。


 別にいじめにあっていたとか、そういった類ではない。ただ陰キャで華やかな学生時代とはいえなかったというだけだ。要は真面目で消極的過ぎる故、彼女ができなかった。


 盛快はそんな冴えない中学時代を悔やみ、高校入学と同時に心機一転。陽キャへとジョブチェンジした。いわゆる高校デビューというやつだ。


 その努力のかいあり、今ではクラスの陽キャ中心人物――野村のむら勝己かつきと大の仲良しだ。


 野村くんはバスケ部のキャプテンでエース。彼女だっている。しかもその彼女は学園一の美少女だと称されるほどの高嶺たかねの花だ。ゆえに彼との関係を持っているというだけでそれ自体がステータスになる。


 そんな華やかな人物と仲良く交流して見事、陰キャから陽キャにジョブチェンジを果たした彼が今、彼女ができたことを僕に報告してきた。報告する必要のないことをわざわざ報告してくるということはそれほどに嬉しいのだろう。


 とにかく彼女が欲しかった盛快は、陽キャグループ内で特に仲がいい子に思い切って告白して見たらオーケーを貰えたと言う。告白をしたからといって盛快は彼女のことが好きというわけではないようだ。


 盛快はずっと言いたかったことが言えたという風に安堵の息を吐いた。


「ついに彼女持ちかー。急に遠くに感じるなー」

「なに言ってるんだよ。オレにだってできたんだ。お前にだってできるさ」


 僕に彼女ができたことがなく、今もいないことを知っている盛快が僕を励ましてくれる。そんな彼の優しさに僕は応えなければいけない気がした。


「そうだな。僕も思い切って告白してみるか!」

「そうだ! その意気だ!」


 気持ちを奮い立たせて勢いに任せ、その場から立ち上がり胸の前で拳を握る。


 そんな僕に盛快は「そうだ! そうだ!」と同調して乗って来てくれた。


 誰も見てないからこそできることだ。


 特に僕みたいな陰キャが突然、こんな動きをしたら周りから不審がられて心にダメージを受けることだろう。


 だが、今は誰も見ていない。友達である盛快を除いて。


 中学からの付き合いで気兼ねなく話すことができる相手であるため、特に恥ずかしさを感じない。


「それで? 誰に告白するんだ?」

「告白する相手は決まっている」

「ほう?」

「…………」

「どうした?」


 さっき勢いで立ち上がったため、彼との目線に高低差ができてしまった。


 これがそこそこ距離があれば問題ないのだろうが、彼との距離はそんなに離れてはいない。そこそこ距離が近く、そこそこ高低差がある、そんな状態で目線を合わせようとすると当然。


「……首が……疲れる……」

「……なら座れよ……てゆうかなんで立ち上がった⁉」

「いやなんか勢いで……大切だろ。……勢いって」

「まぁそうだな。オレなんか半場勢いで告白して彼女持ちになった訳だしな」

「だろ」

「…………」

「…………」


 なんともいえない沈黙が僕たちを包んだところで静かに僕は席に着く。イスに着くのを確認してから盛快は話を戻した。


「それで? 誰なんだ。その告白する相手というのは」

「それは……いくら盛快でも言えない」

「……そうか。……まぁ別に興味ないけどな」

「興味持てよ!」

「なんでだよ。ヤダよ」


 盛快は自分から「彼女できた」と報告して来て、話題を振っておきながら僕の恋愛に興味がないと言う。盛快はそういうやつだ。興味ないことはきっぱりとそう言う。


「……どうした?」


 僕が軽くほうけていると、盛快は首を傾げて問いかけてきた。


 先ほど一瞬だけ、教室の出入口に人影が見えた気がした。盛快は出入口を背にしているため、気づいてはいなさそうだ。だが、僕からはよく見える。ただそれは、ほんの一瞬であったため、気のせいかもしれない。


 しばらくすると、僕の視線の行く先に気づいた盛快は教室の出入口に目線を向けるも、そこには誰もいない。過ぎ去ったあとであるため当たり前だ。


 そう思っていると、隣の教室のドアが開く音が聞こえてきた。その音で僕は我に返る。


「…………川田かわたさん?」


 僕は先ほどの一瞬だけ見えた姿を思い出して、もしかしてと思われる人物の名前を口にする。すると思いがけない言葉が飛んできた。


「ああ、別れたらしいな」

「別れた?」

「あれだろ? 学園一の美少女と称される川田かわた愛澄華あすか勝己かつきと付き合ってたけど、1カ月前の夏休み期間に別れたらしいぜ」

「……! そうなの⁉」

「なんだ? 知らなかったのか?」

「そりゃ、僕はどちらともそんなに仲良くはないからね」

「そうか……それで? 川田がどうかしたか?」

「……いや……別に……」


 さっき廊下にチョロっと見えた、かもしれない……なんて言う必要ないだろうと考えた僕は、盛快に伝えなかった。その反応になにか得心したように「ははーん」と声を漏らす。


「諒清が告白しようとしている相手は川田か」


 隣の教室からガタン! という音が聞こえてきた。雨が強く風も強い。その影響だろう。


 対面にいる盛快と共に「ん?」という反応をするも気にせずに僕は盛快に応じた。


「さぁ、それはどうだろうね」


 正直、川田さんとはほとんど交流がないため、はっきり否定してもよかった。だが、そうやって一人一人否定していくと、僕の思い人に行きついてしまいそうだ。だから、肯定とも否定ともつかない、曖昧あいまいな返答をした。


「まぁ、ただ、諒清の信念は変わらんのだろう?」

「まぁね」


 盛快とは何度かお互いの恋愛観について話したことがある。


 どんな子と付き合いたいかという話を赤裸々に話す。僕が盛快の好みがわかるのと同じように、盛快もまた僕の好みを知っている。盛快は僕と過去に話したあることを憶えているようだ。


 過去に話したことがあるものの、今でもその思いが変わらないことを盛快に伝えるべく、行動に移した。


 僕は先ほどと同様、勢いに任せた立ち上がり――――とは違ってゆっくりと席を立ち、胸の前に拳を握りしめ、どこか遠くを見るように豪語する。


「僕は好きな人としか付き合わない!」


 そう力強く断言した瞬間、教室のドアからガタガタという音が聞こえてきた。先ほどと同じように僕と盛快は「ん?」と軽く反応するも気にしないようにする。


 今まで教室のドアからそんな音を聞いたことがないのに、今日に限って聞こえてくる。


 そんなにも風が強いとでもいうのか、それとも僕の信念を嘲笑あざわらっているとでもいうのか。なんとも失礼な風だ。


「……そうか……まぁ、そんなんだから彼女の一人もできないんだろうけどな」


 どうやら嘲笑っているのは風ではなく、盛快のようだ。立っていると首が疲れるため席に着いてから、僕は盛快に応じる。


「……な……なんと言われようとこの信念を曲げることはできない」

「なんでそんなにこだわるんだ?」


 もちろんこだわるのには理由がある。


 僕は幾度か女子の陰口を目の当たりにいている。その際に――


「好きでもないのに告白してくるなんてありえない」「好きであることはどう考えて最低限必要でしょ。常識的に。マジキモイんだけど」「結局だれでもいいってことじゃん。マジ信じらんない」


 ――そんな話を聞いてしまったため、僕の中でどうしても外せない……外してはならない告白する際の最低限の条件としている。


 別に告白をしない言い訳というわけではない。どちらかというと、単なるヘタレ……もしくは、嘘をつきたくないというだけだ。


 そのことをそのまま盛快に言ってもよかったが、彼女持ちとなった今の彼に言うのは、なんだか負けた気がして躊躇ためらわれた。それで僕は要点だけを絞って答える。


「好きでもないのに告白するなんて失礼だろ」

「……まぁ……そうかもしれないな……」

「そうなんだよ。好きでもないのに告白するのは失礼で相手を傷つける行為。だからこそ僕は、この信念を曲げるわけにはいかない」


 僕の言葉を理解してくれたのか、うなずいて肯定してくれた。ただ、盛快はうつむいてどこか元気がなさそうだ。いったいどうしたのだろう。


「……まぁ……言いたいことはわかった。それで? いつ、その好きな人に告白するんだ?」

「……明日?」

「……なるほど……今日――じゃなくて明日ね……しかも疑問形」

「そう。明日? だ」

「今日にとっての明日は明日。明日にとっての明日は明後日。明後日にとっての明日は――――そしてその明日はいっこうに来ない。とんだヘタレだな」

「クッ……バレたか……」

「バレたか……じゃない! そこは否定しろよ!」

「そうだな」

「おう。そうだ」


 僕は盛快に言われたことで決意を新たに意志を固める。そして誓った。


「明日ではない!」

「そうだ!」

「いつかやろう」

「ダメだ。こいつ」

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