第26話 学園一の美少女。普通の意味だけではつまらないと皆、思わないのかな。

 川田さんが完食しきり、パフェ用の長いスプーンをパフェ容器内に入れた後、彼女は続きを話す。


「夏休みが開け、私は暗い気持ちのまま、日々の生活を送っていました。授業を受け、部活に参加し、文化祭を終え……無気力なまま時間だけが過ぎていく毎日でした。あの時までは……」

「あの時?」


 僕が川田さんの言うことを繰り返すと、川田さんはまっすぐと僕の瞳を見据みすえてくる。


 釣られて僕も川田さんの瞳をまっすぐ見据える。お互いに身も心も準備を整えた後、川田さんは告げてきた。


諒清りょうせいが好きな人としか付き合わない、と教室で豪語する姿を見るまでは」


 その言葉を受け、ドキリとする。


 川田さんが求めるもの、川田さんがどうして野村くんと別れることとなったのか、それらを理解したからだ。


「恋人である以上、好き同士であることは最低条件である、と考えます」


 川田さんは噓偽りなく、純真じゅんしん無垢むくな瞳で僕を見据える。


 それに対して、僕は目を反らせずにいた。なぜなら、僕は川田さんを好きで付き合いだしたわけではない。今だって別に川田さんのことを好きではなく、別に好きな人がいる。だというのに目を反らさず、川田さんの瞳に答えるようにしているのは――


 ――僕が川田さんを本当は好きではない、ということを悟られたくはないからだ。


 すでに僕は好きな人――庭城にわしろ鈴寧すずねを傷つけている。そこにさらに、彼女――川田かわた愛澄華あすかまで傷つけることはしたくない。これ以上、誰かを傷つけたくない僕は、その場の空気を読んで意識的に嘘を吐くことにした。


 川田さんに告白された時のうっかりとは違う。僕は自分の意思でわざと嘘を吐くのだ。


「そうだね。僕もそう思うよ。好き同士じゃないのに付き合うなんてありえないよね」


 僕は嘘を吐いた時、もう後には引けないところまで来ているのだ、と悟った。


 「うん。諒清が私の彼氏でよかった」


 彼女の笑顔は僕を信じて止まない人のそれで、その表情を見た僕はギョッと恐怖を感じる。


 その恐怖から目を反らすように、僕はフォンダンショコラを口へと運ぶ。


 その際、川田さんはきらきらとした瞳でフォンダンショコラを見ていた気がするも、僕は気にせず完食した。


 本当に食べたいと思っているのなら、自分で注文するはずだ。


 すでに一口あげているわけだし、問題はないだろう。


 僕が食べ終えたのを確認してから、今日、本来の目的を彼女は口に出し、嫌な現実を突き付けてくる。


「さぁ、甘いものを食べて脳に栄養を送り込んだところで……勉強を始めましょう」


 そう。なぜ部活動が休みで、僕たちがファミレスに来ているかというと、2学期中間テストの勉強をするためだ。


 川田さんは空いたパフェ容器を端に除ける。


 スペースを確保してから、カバンから教科書や問題集、ノートを取り出し、テーブルの上に広げていく。言葉だけでなく、視覚的にも、川田さんは僕に現実を見せつけていた。


 その光景を見た僕は、潔く現実を受け入れ、川田さんに倣う。同じように僕も、勉強道具をテーブルに並べた。


「よし! やりますよ!」


 意気込む川田さんを横目に、勉強に取り掛かろうとした、その時。彼女のノートにとある絵が描かれているの見つけた。


 川田さんは美術部であるのだから、ノートやら、教科書やらに、落書きしていてもおかしくはない。だが、その絵は僕好みの……ライトノベルで扱われていそうな絵だった。


 かわいく描かれた絵はプロ顔負けの画力で……僕はその絵を見て見ぬ振りするようなことができなかった。


 川田さんがノートをめくり、その絵を隠すようにするのを、僕は手を握りしめて止める。


 突然の行動で川田さんが驚きを隠せずにいる中、僕は自身の感情を抑えきれずに声を上げた


「川田さん……その絵……」


 僕が言葉の続きを話す前に、川田さんは驚きの事実を話し出す。それは僕にとっては驚きだけれど、川田さんにとってはそうでもない。


「ああ……これは……諒清も知ってますよね。学校中で噂になってましたから……」


 川田さんがなにを言っているのか僕にはわからない。彼女はどこか遠くを見るように、遠い過去を思い出すように、ノートに描かれた絵を眺めている。


 僕が理解できないまま、川田さんは淡々と続けた。


「学園一の美少女と呼ばれることになったのはこの絵が引き金なんですよ」

「え?」


 ノートから一切、目を反らさない川田さんは僕がその事実を知らなかったことに気づいていないようだ。


 それどころか、川田さんは野村くんとの思い出を脳裏に呼び起こしているのか、ぶつぶつと呪詛を唱えたり、シャーペンをひたすらカチカチと音を鳴らしたり、して怒りを顕わにしてる。


 彼女の怒気から成す暗黒オーラに耐え切れなくなったことと、学園一の美少女がどこから来たのかを直接聞けそうにないことから、僕は長めのトイレに出掛けた。


 川田さんに一言の詫びを入れて、僕が席を離れるための道を開けてもらう。


「あの……お手洗いに行ってもいいかな?」

「すみません。私ったら……道塞いでましたね」


 川田さんはそそくさと僕の対面席へと場所を移し、道を開けてくれた。


 僕が声を掛けたことで川田さんから溢れ出る暗黒オーラは一瞬の内に消え失せ、いつもの彼女に戻る。


 そんな川田さんの姿を見て、僕はほっと胸を撫で下ろし、トイレへと向かった。


 そこで僕は頼れる友に電話をかける。


「もしもし。盛快しげやす

『……ん? ……ああ……諒清りょうせいか……』

「盛快! 1つ聞きたいんだけどいいかな?」

『なんだ? どうした? 勉強のことなら俺もわからないぞ?』

「勉強じゃない。確かに誰かに聞きたい程、わからない問題はあるけど…………今はそうじゃない」

『じゃあなんだ?』

「川田さん――川田愛澄華さんが学園一の美少女と噂される理由について知りたいんだが……」

『なんだ? 知らなかったのか?』

「そう言う、ということは普通じゃないんだね」

『そうだな……普通ではないかもな……』

「それで? どんな理由なんだ?」

『それはだな。うちの学校の美術部にある称号のことなんだ』

「称号?」

『そう。学園一の美少女というのは……』


 ゴクリと唾を飲み込み、盛快が続きを喋るのを待つ。なんとなく予想がつくものの、確信には至らない。


 だからこそ、親友たる人物に確認する必要があったのだ。


 川田さんのノートの絵が脳裏に焼き付けている僕に盛快は淡々と事実を話す。


『学園一美少女を描くのがうまい人のことを言うんだ』

「……まじか……」

『もしかして知らなかったのか?』

「……うん……まぁ……」

『まさか。諒清が知らなかったとはな……』

「本当にね! ただなんとなく、そんな噂が流れてた気もする」

『……? なんだそりゃ……諒清は川田さんのこと好きなんじゃないのか?』


 盛快から突然、僕の心情を読んだかのような疑問を投げられ、心臓が飛び出しそうになる。


 別に盛快にバレる分には問題ない。ただ、『僕が川田さんに嘘をついている』という事実は決して本人にバレてはならない。


 未来永劫。一生涯。隠し通す必要がある。


 でなければ、川田さんを傷つけてしまうことになる。野村くんとの失恋から立ち直ろうとしている彼女の気持ちを無下にできない。


 庭城さんを傷つけてしまった僕だけれど、これ以上、僕のせいで女子を傷つけたくはない。傷ついている姿を見たくはない。


 そんな思いから僕は……嘘を重ねる。


「なに言ってんだよ! 好きに決まってるだろ! 僕は好きな人としか付き合わない! これは絶対に揺るがない! ただ、好きになったのが、その噂からしばらく経ってて、学園一の美少女としか知らなかったというだけ。変なこと言わないでよ」

『……ああ……そうだよな。変なこと言って悪かった。それじゃ、俺はあかりと試験勉強中だから……また学校でな』

「うん!」


 川田さんを傷つけないためとはいえ、嘘を吐いたという罪悪感にさいなまれる。


 僕自身で納得して、行動したにも関わらず、本当にそれは……川田さんのためなのだろうか。


 通話が切れ、スマホの画面が暗くなる。そこに映し出された僕の顔は、決して納得している人の顔ではなかった。

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