第27話 恋人同士のいちゃいちゃはシュークリームよりも甘い

 盛快しげやすとの電話を終え、僕は川田さんの元へと戻った。


 川田さんの様子を伺うと、彼女は僕を置いて定期試験勉強をしている。


 別に待って欲しかったわけではないが、その集中している姿から『学園一美少女を描くのがうまい』ことを納得してしまう。


「おかえりなさい。あなた♡」


 僕が席に着くタイミングで、川田さんは僕を迎え入れてくれた。


 僕が川田さんのことを本当は好きではないことを知られてはならないと考え、彼女の迎え入れに、彼女の気持ちに応える。


「ただいま。ハニー♡」


 周囲からバカップルのように映る応対をふたり、頬を赤らめ見つめあい。そして、恥ずかしさからほぼ同時に目を反らす。


 途端。川田さんが咳払いをして、本日の本題を切り出してきた。


「さて、勉強しましょう」

「そうだね。……でも、ちょっと待って話があるんだ」

「……? なんでしょう?」


 川田さんが『学園一美少女を描くのがうまい』のを知った今、僕は彼女にお願いしたいことができた。それは……。


「――今度、僕が書いた小説のイラストを描いて欲しいんだ」


 そう僕が話を切り出したら、川田さんは「いいですよ」と優しい微笑みを浮かべて答えてくれた。


 僕はやけになっている。


 どうせこのまま川田さんと付き合い続けるのならいっそのこと楽しもう。


 僕好みのイラストを川田さんが描けるのなら、お願いしてしまおうと思うようになった。


「でも、それは今ではなく、試験を終えたらの話です」

「そうだよね」

「そうです」


 試験があるのだから勉強するのは学生としては当然の義務。


 そんな当たり前を、僕も、川田さんも、持ち合わせているようで、付き合いたてのカップルとは思えないほど真剣な面持ちで勉強に打ち込んだ。


 ……というのは傍から見たらそうだろうという印象の話で、内心はかなりドキドキしていた。


 好きな相手ではないとは言っても、女の子とふたりっきりで、学校帰りのファミレスで勉強しているのだ。これでドキドキしない方がどうかしている。


 勉強に集中しようとするも、チラチラと川田さんを見てしまう。ただ、集中している彼女の邪魔をしてはいけないと、再度勉強への集中を試みる。


 そんなことを幾度か繰り返したところで、集中していた川田さんが僕の視線に気づき、ほのかに頬を赤らめて話しかけてくる。


「……? 諒清りょうせい……そんなチラチラとでなく、めまわすようにじっくり見ていただいても構いませんよ」


 突然の川田さんの言葉に戸惑い、しばらく黙っていると、川田さんは続けて言って来た。


「諒清が私のことを熱い眼差しで見つめてくるようでしたら、私はその思いに応えるようさらに熱い眼差しで見つめ返します。そうしてふたりだけの世界に入り…………きゃっ!」

「いや、今は勉強する時間だから! そして、最後のきゃっ! っていったいなにを…………かんがえ…………」


 僕が川田さんのきゃっ! に秘められた妄想を制止しようとすると、彼女は僕の瞳をロックオンしにかかっていた。


 川田さんに好きだと嘘をつき、その嘘を突き通そうとする僕だけれど、恥ずかしさのあまり彼女からの熱い眼差しから目を背けてしまう。


 それではダメだと頭ではわかっているのに、彼女をまともに見ることができない。


 川田さんの気持ちに応えるためには見つめ返す必要がある。そう頭ではわかっているが、思うように体が動いてくれない。


 このままでは僕が川田さんのことを好きでないことがバレてしまうのではないかと懸念するも、川田さんから思いもよらないことを言われる。


「かわいい♡」


 その言葉でさらに恥ずかしさが増し、ますます僕は川田さんを見れずにいた。




 日が暮れ、夕陽がファミレス内に差し込んできた頃。僕らは勉強会を閉めることにした。


 勉強道具を片付け、会計を済ませて、お互いの家であるマンションへと向かう。その帰り道。コンビニの前に差し掛かったところで、川田さんが足を止めうれしそうに言った。


「そういえば、コンビニのシュークリームがおいしいって評判なんですよ。寄って行ってもいいですか?」


 突然の彼女の提案に戸惑うも、特に断る理由のない僕は「いいよ」とだけ答えた。


 それを聞いた川田さんは「やった!」とルンルンステップでコンビニ出入り口まで行き「早く早く!」と手を振って、僕が追いつくのを待つ。


 僕が川田さんに追いついたところで「お~そ~い~」と普段の彼女とは違った甘い声を漏らす。


 そして川田さんは僕の手を握り、仲良くふたりでコンビニ内へと入っていく。


 素早くスイーツ売り場へ向かい、手早く目当てとしていたシュークリームをゲットする。それはこの前、僕が家族と食べた物と同じだった。


 チラリと川田さんが僕の方を見やると……。


「諒清は食べないのですか?」


 未だ戻らぬ甘い口調で僕に問う。


「この前、家族で食べたから大丈夫」

「なるほど経験者でしたか。それでは私は精算してきます」


 精算を終えた後、僕たちはコンビニを後にする。


 コンビニを出た途端。川田さんはシュークリームを包装したビニールを破り、食べ始めた。


「え⁉ 今、食べるの?」

「いいじゃないですか。家に着くまで待っていられません。……う~ん……おいしい」


 川田さんは甘い物が好きなのか。瞳を輝かせて満面の笑みでシュークリームを頬張る。


 その姿から甘いものを欲する欲望は誰にも止められないのではないのかと思う。


 あまりにも幸せそうな川田さんを見て、僕は心にもないことを言って、彼女にイジワルしてしまう。


「買い食いしてるところを見られたら、後で学校から怒られんじゃないかな?」


 僕は別に本気で言ったわけではない。そもそもとしてファミレスでの飲食はいいのに、買い食いはダメということもないだろう。


 しかし、川田さんは真剣に言葉を受け止め、「それもそうですね」と言い、シュークリームを食べる手を止める。


 しばらく川田さんは考え込んだあと、シュークリームを握っている手を……。


 ……僕の口の中に押し込んできた。


「……うぐっ……」


 シュークリームの冷たく、甘い。美味が、僕の口の中に広がっていく。


 川田さんはイタズラを終えご満悦な子どものような笑みを僕に向けて告げてきた。


「これで共犯ですね」


 気づけば、川田さんの液体が付着しているシュークリームは僕の胃袋へと消え失せていた。


 そこでふと僕はあることを思い出す。


 フォンダンショコラ、いちごパフェ、シュークリーム、と甘いものをおいしそうに食べる川田さん。


 もしかしたらアレも気に入るかもしれないと思い、カバンの中から掌サイズの紙切れを取り出す。


 川田さんと付き合う前、僕が家族と食べた。


 その際に莉雫からパンフレットを貰っていた。


 甘い物好きの川田さんはきっと興味を持つだろうと思い、パンフレットを見せる。


「この前、ベーカリー香崎っていうパン屋のチョコリングを食べたんだけど、それがとてもおいしくて……今度一緒に食べない?」


 チョコリングが載るパンフレットを川田さんは凝視している。


 心なしか川田さんの瞳が輝いているように見えた。


 ごくりと喉を鳴らしてから、はっと我に返る。


 僕の誘いを受けるかと思われたが、そうはならなかった。


「結構です」


 そう言ってパンフレットごと僕の手をぐいぐいと押してくる。


 まるで見たくないものを除けるかのようだ。


 チョコリングは好きではないらしい。


 だが、それを聞いてほっとしている自分がいる。


 なぜなら、そのチョコリングはテレビで紹介されたことで手に入りづらくなっていると、この前家族で話していたからだ。


 一緒に食べようと誘っておいて、物が手に入らないんじゃ格好悪いもんね。

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