第25話 川田愛澄華と野村勝己の過去

 保健室での川田かわたさんと野村くんはどう考えても険悪けんあくだった。


 野村のむらくんが保健室に入ってきた瞬間に声を荒げて、好戦的だった。その様子に僕は疑問を抱いていた。


 ふたりは付き合っていたのだから好き同士であったはずだ。なのにあんなにもギスギスしてしまうものなのだろうか。


「気になりますか?」


 彼女はいちごパフェの頂点にあるいちごを凝視している。


 どんよりと黒いオーラをまとう。色鮮やかないちごパフェがすぐそこにあるためか、なお一層黒く感じられた。明らかに訊いてはいけないことだったと理解させられる。


 それでも僕は、聞いておきたい。それどころか聞いておかなければならないとさえ思える。


 元カレと険悪になった理由を知ることで今後、彼女と付き合う上で助けになるだろう。彼女がどういったことに嫌悪感を抱くのかが見えてくるはずだ。


 ただ、彼女がどうしても話したくないのだとしたら、無理に聞く必要はない。なぜなら、それを聞くことによって彼女との関係がこじれるんだとしたら、聞く必要がないからだ。だからこそ僕は言う。


「もちろん、無理にとは言わないよ」


 僕の言葉を受けてか、黒いオーラは徐々に薄まっていくように感じられた。


 僕たちの間に長い沈黙が走る。ただそれは、時間にするとほんの数秒で、感覚的に長く感じられただけだった。


 川田さんの中のなにかが消化されるのをただただ僕は待つ。決して急かさない。だけど確かに、興味があることを示す。どうするのかを決めるのは僕ではない。彼女自身だ。


 深い深い深呼吸をこれでもかというくらいにして、彼女の決断を僕は耳にする。


 もう彼女の瞳にいちごは映っていない。隣にいる僕のことを瞳に映してしっかりと向き合ってくれる。


「いいでしょう。話しましょう」


 川田さんと野村くんになにがあったのかが明かされる。




 桜舞い散る季節。学年が1年から2年へと変わろうとしていた頃。


 校門前の桜並木で私—―川田かわた愛澄華あすかは彼――野村のむら勝己かつきに告白されました。


「好きだ。俺と付き合ってくれ」


 私は嬉しかった。それは勝己がイケメンだったからではない。


 私自身が勝己を好いていたからだ。


 あの頃の私は学園一の美少女と校内で噂されていました。そんな大層な称号を得るに相応しくないというのに、周りが持ち上げてくるのです。


 私はそのことがすごく嫌で……そんな時、傍にいたのが勝己でした。


 勝己は私のことを学園一の美少女だと持ち上げる人たちと違いました。ちゃんと私のことを見てくれて、正当な評価をしてくれます。


 褒めるところは褒めてくれて、足りないところは指摘してくれて、私のことを正してくれます。


 そのことが嬉しくって、まだまだ高みに行ける可能性があるんだと感じました。


 私は勝己からの申し出を受け、私たちは付き合うこととなります。


 お互い部活に忙しい身であるも、なんとか時間を作り関係を築いていきました。


 平日の放課後、2人とも部活が早めに終わる時がたまにですが、ありました。そんな時は駅前で時間を共にします。商品を見て回ったり、プリクラを撮ったり、ゲーセンに寄ったり、とにかく楽しい日々を送っていました。


 テスト週間で部活動が休みの時は至福で、今の私たち――私と諒清のようにファミレスで勉強会をします。勉強会とは言っても、お互いに勉強に集中できず、雑談だけで時が過ぎてしまうことがありました。


 勉強会をしているがために成績が下がってしまったら、申し訳ない。そう思った私は家に帰ってから、猛勉強したことがありました。おそらくは、勝己も同じだったでしょう。


 私も、彼も、成績が下がることはありませんでした。それどころか、勉強の理解度は上がり、恋愛――人間的営み以外にもいい影響を得ました。


 休日――主に夏休みは休みが長いこともあり、時間を作りやすく、1日中デートすることがあります。


 学生の身分で、お互い懐に余裕があるわけではありません。そのため、遠出はできません。ですが、近場であっても、お互いが居れば楽しい、幸せだと感じられる程に良好でした。


 水族館ではお互いに似た魚を示しあい。遊園地ではアトラクション乗車時はもとより、待ち時間さえ、時が流れるのを惜しく思います。


 そんな良好で、快適で、至福な時を過ごしていたのに……ある事実が私たちの仲を分かちます。


 その事実というのは――


 ――勝己が私を好きではなかった、という事実です。


 夏休みのある日。お互いに部活動があった日です。


 私たちは部活終わりに勝己の教室で落ち合う約束をしていました。部活は勝己の方が先に終わり、勝己は友達と時間を潰すためにある話をしてたのです。その話というのは私と勝己のことでした。


 勝己に話していた部活終了時刻より早くに終わり、私は急ぎ足で彼の元へ向かいました。少しでも長く彼との時間を過ごしたいがゆえの行動でしたが、それがある出来事を引き起こします。


 教室の前に到着するも、すぐには入りませんでした。


 息を整え、気持ちを整え、扉に手を掛けんとするタイミングで、ふと会話が耳に入ってきました。


「勝己。川田さんとはどうなんだよ?」

「は? どうってなにが?」

「前に川田さんのこと好きじゃないって言ってたじゃんか」


 私は耳を疑いました。


 勝己の友人が勝己は私のことを好きではない、と言うのです。


 今まで私のことを好きだと言ってくれていた勝己のことを信じたい一心でした。そして、私は教室の扉にかけようとした手を引っ込めて、彼らの会話を聞くことにします。


 ただ、勝己は私の信頼を無残にも裏切ってきました。


「ああ、あれな。本当…………どうしようかと悩んでたところなんだよ」

「嫌なら別れちまえば?」

「そうだぞ。お前と付き合いたいヤツなんてたくさんいるだろ? 選び放題……このイケメンめ!」


 その時の私は、勝己やその友人が話しているのを盗み聞きしているという罪悪感はありませんでした。


 聞きなれた声で、愛しの声で、無残にも私を切り捨てる声がした。


「そうするか。元々俺は、愛澄華のことが好きじゃないわけだしな」


  ただただ、悔しくて、哀しくて、虚しくて、置き場所を失った私の恋心はもう…………そこにはなかった。


 ガラッ! ドンッ!


 私は教室の扉を盛大に開け放ち、可能な限りの大声で、言い放つ。


「勝己は! 私のこと! 騙してたんですね!」


 そう一言だけ投げ捨て、気づいた頃には家に帰り、自室のベッドで横たわり、枕を濡らしていました。


 その後、勝己からの弁解の言葉はおろか、たとえ学校の廊下ですれ違うことがあったとしても挨拶あいさつすら交わすことはありませんでした。




 川田さんの話を聞いて、僕は彼女がどういうことを不快に感じるのかを理解できた。


 2人が別れた理由は、野村くんが川田さんをもてあそんでいたからだ。しかも、好きでもないのに、好きだと嘘を吐くという最悪な幕開けで。


 川田さんはいつの間にか食べだしていたいちごパフェの底をかきだして、それはまるで怒りをぶつけるかのように口へと運び込む。


 僕はその様子を眺め見る。


 川田さんの邪魔をしてはいけないような気がした。


 まだ話は終わりではない。そう感じさせられていた。だからこそ、僕は川田さんの話を最後まで聞くべく、じっと待つ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る