第24話 欲しがりさんは口を開けて待っている。それを知ったら突っ込むだけ。

 フォンダンショコラを凝視してくる川田さんを放っておくことができず、おずおずと尋ねてみる。


「……? 欲しいの?」

「……欲しいです……じゅるり……」


 瞳を輝かせてまっすぐにフォンダンショコラをロックオンする川田さん。そんなに食べたければ自分で注文すればいいのにと呆れつつ、フォンダンショコラが載せられた皿ごと川田さんに差し出そうとする。そこではたと気づく。


 川田さんは輝かせていた瞳を閉じて、あーんと口を開いている。時折細目でこちらを伺って今か今かと待ち受けていた。


 えーっと。これはどういうことかと迷走していると川田さんが痺れを切らしてはっきりとモノ申してくる。


「まだですか? 食べさせてくれるんですよね?」


 だ! そうだ!


 なんとなくわかっていたがこう堂々と求められると照れるものがある。公然の場でそんなことができるのはリア充だけだ。僕はリア充では……あるのか?


 彼女がいて、その彼女とファミレスでいちゃついているわけだし……ね。僕にとって重要な事実を今になって気づいた。恥ずかしさから硬直する。


「……? まだですか? 焦らしプレイですか? いいでしょう。諒清りょうせいがその気なら受けて立ちます。私が諒清からのあーんを待ちきれずフォンダンショコラを奪って諒清に一口として食べさせずに私が食べきるのが先か。それとも、私という誘惑に負けて諒清が私にあーんをするのが先か。勝負です」

「え⁉」


 勝手に勝負にされてしまった。しかもどっちが勝ちで、どっちが負けなのかよくわからない。


 川田さんに勝負を持ちかけられるなんて初めてのことだ。はたしてこれをまともな勝負だと言っていいものなのだろうか。


 僕が脳内で迷走している間、川田さんは口を開けて待っている。それがいつまで続くのか見てみたい気持ちを抱きつつも、川田さんのつややか唇に色気を感じてなにか別の気を起こしてしまいそうになる。


 ダメだ! そんなことを考えるなと、僕は邪気を払う。


 別のことを考えようと意識を集中させる。先ほど川田さんはなんと言っていただろうか。なにか僕にとって大切なことを言っていた気がする。


 フォンダンショコラは僕が注文した品。注文したのだから当然として食べたいからだ。せめてとして一口だけでも食べておきたい。そんな僕に川田さんは……


『私が諒清からのあーんを待ちきれずフォンダンショコラを奪って諒清に一口として食べさせずに私が食べきる』


 そうだ。川田さんは確かに言った。あーんさせないと僕にフォンダンショコラを食べさせない! と、そんなことされてたまるか。


 気づいた時にはフォークを手に取り、適量のフォンダンショコラを川田さんの口に押し込んでいた。


 あむあむと咀嚼そしゃくして必要以上に味わう川田さん。ほのかに頬を染めている。


「おいしいです」


 ぱーっと光り輝く満面の笑みという大げさなリアクションで本当においしかったことを川田さんは表現する。それに対して僕は「よかったね」と素っ気なく返す。意識しているなんて悟られたくはないからね。


 心臓バクバクでドキドキな時間を終えて幸福な瞬間を過ぎてから、今度は僕がフォンダンショコラを食べる。


 先ほど、川田さんの口へ押し込むときに使ったフォークを僕の口へ運ぶ時にも使う。川田さんに僕のフォンダンショコラをすべて食べられなくてよかったという妙な安心感を抱きつつ、一口また一口と、軽々と運び込む。


 隣にいる川田さんがあわあわしているがどうしたのだろう。なにかいけないものでも見たような顔だ。それはいけない。彼女の視界に入るいけないものは彼氏たる僕が排除しよう。


 ただし、フォンダンショコラを食べ終えた後にね。と優雅に食していると、食べきる前に川田さんがハッとした表情をしたあと、僕の耳元に顔を近づけて小声で告げてきた。


「—―間接キス成功」


 川田さんが言わんとすることを理解した僕は、全身が熱くなるのを感じる。フォンダンショコラを軽快に食していた手は止まり、したり顔の彼女を凝視していた。


「最初からこれを狙っていたの?」

「いえ、当初考えていたのとは違います」

「……それじゃ……当初考えていたのはどんなの?」


 いたずらしなれたピエロのような表情をした川田さんに、おずおずと僕は聞いてみた。


「当初は……私の唾液が付着したそのフォークを諒清が口に含む前に、間接キスですね、と早々に伝える予定でした」

「それを待たずに動いたことで、僕は自爆したと……」

「見事な自滅で、私的には大満足です」

「僕は恥ずかしさから不満足だよ」


 クスクスといたずらを想定以上の結末で終えて川田さんはご満悦だ。そんな彼女に僕は常々気になってはいたが、どうしても切り出すことができなかったことを話題にあげる。


「訊きたいことがあるんだけど……いいかな?」


 神妙な面持ちで僕は話を切り出した。


 笑い過ぎでまぶたからしずくを垂らしていた川田さんは僕がかもし出す空気を察してくれたようだ。


 川田さんはクスクスと小声を上げて笑うのを止め、微笑を浮かべつつも、居住まいを正して、僕に向き直って来た。


 川田さんのその様子を見て、意を決して、訊いてみた。


「野村くんのこと嫌いなの?」

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