第23話 ファミレスでいちゃつくカップルいるよね

 川田さんとのお付き合いは基本的に一緒に登下校するのみであった。


 一緒にお弁当を食べることは保健室での1件以来ない。


 美術部は平日だけでなく、休日も活動がある。それに川田さんが参加している。対して、文芸部は平日のみで、休日は活動がない。そのため、休日は会えていない。


 川田さんからは「一緒に美術室にいてもいいんですよ」と誘われることはあったが、人前で……しかも学校でいちゃつく勇気を僕は持ち合わせてはいなかった。


 その影響もあり、一緒の登下校は僕たちにとって欠かせない時間となった。そのため、僕は自由参加であるはずの文芸部の活動に欠かさず参加する。


 庭城さんが学校には来ているのに部活には参加していないのは気がかりだ。川田さんと付き合う以前はよく部活に参加していたのに……もしかしなくても僕のせいだ。


 庭城さんは僕に泣き顔を見せていた。恥ずかしくて部活には参加できないのかも……でも教室では元気な姿を見ている。大丈夫だろう……多分。


 ただ、僕のせいで文芸部の活動ができないのは責任を感じる。庭城さんと直接話をしようとは思うも、なにをどう話していいのかわからない。


 手紙に書いた「好きです。」は嘘だった。そう伝えて「なんだ嘘だったんだ」で丸く収まるわけがない。


 他にも正直に話すという手はある。


「川田さんへの告白の返事を間違えちゃった。てへぺろ。でも、僕が好きなのは庭城さんだよ♡」


 …………これを庭城さんに伝えて、僕は庭城さんにどうして欲しいんだ。


 言われた方も困るだろ!


「で?」と言われて野村くん以上の眼光でにらまれる未来しか見えてこない。


 もしくは大泣きだ。


 結局のところ一番いいのは各方面へと正直に話すことだろう。


 川田さんには「本当は好きではない。告白の返事を間違えた」と。


 庭城さんには「川田さんへの告白の返事を間違えたんだ。僕が好きなのは庭城さん」と。


 そうすれば丸く収まるのではと、脳内検証する。すると、僕の中で結論が出た。


 大事な告白の返事を間違えるようなヤツとは縁を切る。


 口を利かないほどに信用力が地の底に落ちる未来しか見えなかった。


 僕は他にも問題を抱えている。


 それは野村くんが相変わらず僕のことを睨んでいるということだ。


 野村くんが僕にボールをぶつけたことを謝罪してきたのはなにかの間違いではないかと思える。ただ、過去に優しくされたことを思うと、そんなに悪い人じゃないと信じたい。


 とはいえ、なんだかんだで彼女とのお付き合いを楽しんでいる僕がいる。


 他人に迷惑をかけているにもかかわらず、自分だけ楽しんでいるなんて、とんだクズ野郎だとは思う。けれど、こんな時だからこそ、楽しめるところで楽しみたいという思いもある。


 ――そんなある日の放課後。


 川田さんの所属する美術部がお休み。僕が所属する文芸部もお休みで鍵の貸し出しには応じてくれない。


 なにか部活動が休みになる理由があった気がする。だが、僕の脳はかたくなにそれがなんなのか思い出そうとしない。


 暇を持て余した僕と川田さんはファミレスに来ていた。


 放課後のファミレスは混んでいるとは言えず、空いているとも言えない感じだ。


 学生グループがいくつか、婦人グループがいくつか。それなりに賑わっていた。


 僕たちが腰かけたのはテーブル席で川田さんと対面になるように座る。


 ドリンクバーは当然のように注文する。他になにを注文しようかとふたりして悩む。時間的にご飯を食べるのは気が進まず、だからといってドリンクバーのみでは味気ないということで、僕たちはそれぞれデザートを頼むことにした。


 ウエイトレスさんを呼び、彼女はいちごパフェ、僕はフォンダンショコラ、を注文する。


 僕がフォンダンショコラを注文した際、川田さんは瞳を輝かせているように見えた。だが、特に川田さんに変わった様子はないため気のせいだろう。


 注文を終え、ウエイトレスさんが去っていく。それと同時に僕たちは席を立ち、お好みのドリンクを取ってくることにした。


 ふたりとも甘いデザートを注文したことから1杯目はコーヒーを選択した。砂糖とミルクを1つずつ手に取り席に着く。


 湯気立つ温かな黒い沼にサラサラとグラニュー糖を流し込む。加えてさらにポーション容器に付着するシート状の蓋を剥がして、黒い沼を浄化するようにミルクを混ぜ合わせる。


 スプーンでかき混ぜてデザートを受け入れる準備ができたところで、僕が本当にどうでもいい話題を振る。妹がいる僕でも今まで知らなかったことだ。


「そういえば、川田さんと付き合ってから知ったことがあるんだけど言ってもいいかな?」

「いいですよ。なんですか?」


 どんな言葉でも受け入れますという雰囲気を川田さんは醸し出して、僕の発言を待つ。


「スカートにポケットがあることを川田さんと付き合って初めて知ったんだ」

「……? 知らなかったのですか?」

「知らなかった」


 彼女の表情はこんな人が存在するの? とでも言いたそうに頭の上に疑問符を浮かべている。


 とんちなことを言ってしまったかと僕の中から後悔の念が溢れ出てきた。言うんじゃなかった。


 次第に彼女の頬がほころぶ。口角は上がりなにが面白いのかクスクスと笑い出した。


 笑わないで! もっと恥ずかしくなると初めのうちは思っていたが、彼女の弾けるような笑顔が見たこともない可愛さを体現していた。むしろ僕は、なにかに勝ったかのような高揚感を得る。


「ごめんなさい……なんだかおかしくて」


 僕もなんだかおかしい。笑われて喜んでいるなんてどうかしてる。


 彼女の赤らめた頬がかわいらしい。


「男の子の制服にもポケットがありますよね?」

「…………あるね」


 テーブルを挟んで対面にいた彼女が僕の隣に移動して来て腰をかける。そっと制服越しに僕の太ももに手を添えた。


「友達同士でポケットに手を突っ込んでアレを触ることあるでしょ?」


 僕から話題を振ったとはいえ話が、妙な方向へとれていることに驚愕きょうがくしつつも、川田さんに応じる。


「…………確かにあるね」


 甘い息遣い。近づいてくる彼女の顔。川田さんが動くことで女の子独特の……誘惑せんとするほのかな香りが僕の鼻孔をくすぐる。


 意図せずして彼女が急接近してきたことから僕は緊張で硬直状態になる。耳元に唇が接近してきて川田さんはささやいた。


「それ、してあげましょうか?」

「……へ?」

「男の子同士でしたことはあるかもしれないけど、女の子にされたことはありませんよね?」


 女の子のほのかに香る甘い匂いに体のあちこちがやられそうになりながらも、僕は冷静に応じる。


「確かにない! ないけど、遠慮するよ」

「それはどうしてですか?」

「もうそんなことをする歳じゃないからね」

「ふーん。まぁ、いいでしょう。止めておきます」


 近づけていた顔を川田さんが離したことで、僕の硬直状態が解かれた。


 それからしばらくして、注文した品が運ばれてきた。


 川田さんが注文したいちごパフェは頂点に苺が1つ丸ごと乗っかり、その下にホイップクリーム、ナッツ、そしてホイップクリームの脇に苺が1つほど添えられている。さらにその下にはヨーグルト、パンケーキ、チョコソースがある。


 対して、僕が注文したフォンダンショコラはチョコの生地の中にとろっとしたチョコが入っている。さらにその上、チョコソースがかかっている。チョコ尽くしのデザートだ。


 僕の隣に座ったままの川田さんは運ばれてきたいちごパフェをしょくす――のではなく、僕が注文したフォンダンショコラをどういうわけか凝視していた。

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