第8話 ラブレターもらえたら嬉しいけど、イタズラの可能性を考えたら喜んでもいられないよね。

 自室に戻り、告白に向けての計画を練る続きをすることにした。ただ、自分の頭の中で考えているだけでは答えが出てこない。


 そこで僕は創作たる漫画やラノベを参考にすることにした。とはいっても、すべてを読み返すわけではない。過去に読んだ作品を頭の中で思い出している。


 キャラが告白をする際、どうだったかな? と思い返してみると、直接会って告白するのが好感を持たれて良かったな。でも、その勇気がないキャラは手紙や電話で済ませることがあった。


 そんな風に考えていき、より好感を持たれるために『直接告白』したい。でも、その勇気が足りないため、『手紙も必要』だという結論に至った。


 結果、僕がどんな行動にでたかと言うと――


 ――手紙に『好きです。今日の放課後、校舎裏庭来てください。直接告白します。』と記載することにした。そこにさらに、イタズラだと思われないようにと、『僕の名前』を書く。


 完璧だ。


 これで臆病な僕でも、もっとも好感を持てる『直接告白』を実行できる。




 ――翌朝、告白当日。


 僕はタンスに仕舞ってあるキレイなハンカチを『右ポケット』に入れる。僕が告白した際、嬉し泣きしている彼女の涙を、そっと、このハンカチでぬぐうためだ。


 そうやって万全な状態で僕は、下駄箱でラブレターを入れているところを誰かに見られないよう早めに家を出る。


 母には「今日、早くない?」と不審がられたが、そこは「今日は早めに学校に行ってやることがあるんだ」と具体的なことは言わずに凌いだ。


 外に出ると、いつもよりも早くに家を出たためか、今日はいつもより少しばかり暗い。ただその暗さが、これから秘かに好きな子へのラブレターを下駄箱に入れるという使命を思えば、僕を味方しているように感じられた。


 通い慣れた学校へと徒歩でいつも通りの道を行く。公園、コンビニ、ファミレス、と通り過ぎた。


 変わりゆく景色と、建物を横目に、これから僕がすることを思うと、どこか大人への仲間入りを果たしたのような高揚感に満たされる。


 それはきっと勘違いなんかではなく、事実として僕は今日、大人の階段を1段……いや、数段を上ることになる。もしかしたら、数段では済まず、一気に駆け上るかもしれない。


 どこまで続いているのかわからない……けれど日々、少しずつ上っている階段を、僕は今日に限って、運動部の屋内練習のごとく。それは見る者があまりにもひたむきに努力している姿を邪魔してはならないと、わざわざ別の階段を使ってしまう程に、誰も寄せ付けることはない。ゆえに――


 —―誰も僕を止めることはできない。


 そう心の中で高笑いをしつつ、校門から校内へと入っていく。


 結構早くに家を出たというのに、校庭では運動部が朝練に勤しんでいるようだ。掛け声が聞こえてくる。校舎が陰になり姿が見えないのに、その声に一瞬だけビクついてしまった。その勢いで一度、立ち止まってしまう。


 ダメだ。ダメだ。


 背後にある来た道へと逃げだしそうになるも、僕は足をどうにか前へと動かそうとする。向かう先は校舎玄関にある意中の人――庭城にわしろ鈴寧すずねの下駄箱だ。そこに、僕が今日のために準備した手紙を入れる。


 ひとまず、それが今朝! 今! やることだ。


「よし!」


 誰も見ていないことをいいことに気合いをいれるため、勢いよく一声ひとこえあげる。


 ガタン!


 下駄箱の方から音が聞こえてビクつく。恐る恐る覗くもそこには誰もいなかった。


 気を取り直し、庭城にわしろさんの下駄箱の方へと向かう。


 右を見て、左を見て、と周りを気にしつつ、誰も見ていないのを確認した。そして、思い切って彼女の下駄箱を開け、『思いよ……届け!』と心の中で念じつつ、手紙をそっと優しく置く。


 下駄箱を閉めて、再度、周囲を見渡した。誰もいないことを確認して、ほっと胸を撫で下ろす。


 ただまだ、安心するのは早い。彼女と僕は同じクラス。僕の下駄箱が近くにあるとはいえ、ここから数歩隣にある。


 ここで誰かに見られでもしたら怪しまれてしまう。もし、誰かに僕がラブレターを下駄箱に入れたことを知られてしまったら、恥ずかしい。その恥ずかしさに耐えられる自信はない。


「なに見てんだよ!」


 ビクッ!


 突然、大きな声が遠くから聞こえてきた。


 僕に対して言っているのかと驚いたが、周りを見回してみても、誰もいない。


「別にいいだろ!」


 先ほどの声とは別の声がした。先ほどの声への返答をしているようだ。それを知って安堵する。


 遠くでのやり取りであるにもかかわらず、声が大きいため、聞くたびにビクついてしまう。緊張していることもあり敏感になっている。大きな声を出さないで欲しい。


 しばらく、声に驚き、周りを見渡す。声に驚き、周りを見渡す。これを繰り返す。


 繰り返しているうちに、僕はいったいなにしてるのだろうと自分自身にあきれる。さすがにこれ以上、下駄箱へと響く声にビクついていても仕方がないと悟った。


 誰もいない。誰も見ていない。そう自分に言い聞かせる。


 数回の深呼吸をして、僕は僕自身の下駄箱を開ける。そこには本来あるはずのない物が置かれていた。


 ――手紙だ。


 一瞬、なにが起きたのかわからなかった。えっと……さっき、僕は手紙を置いたね。そう……置いた。庭城さんの下駄箱に。でも、僕の目の前には手紙があるね……なんでだろう? 置いた気になってたのかな?


「………………」


 僕はなにが起きたのかわからなかった。人生で初めてラブレターを書いた……かと思ったら、今度は人生で初めてラブレターを貰っていた。


 ラブレターを貰ったことに対して驚愕したあと、数秒で落ち着きを取り戻し、差出人が誰なのか気になりだす。


 冷静になって手紙をよくよく見ると、女の子らしくかわいいものだった。ピンク色に彩られ、桜の花びらが美しく輝いている。


 もしかして、庭城さん? だったら嬉しいな。


 そうポジティブに考え、ウキウキしながら、差出人を確認する。


 もし、庭城さんだったら、両思いであることが確定する。付き合う前からこんなシンクロしていていいのだろうか。


 まだちゃんと差出人を確認していないのに、差出人は庭城さんだと勝手に思い込んで嬉しさが込み上げてくる。


 こんな姿を誰かに見られて、あまつさえ声でも掛けられでもしたら、僕の心臓は飛び出す。そしてさらに、飛び出した心臓は校舎建物を突き破り、宇宙の彼方へ葬り去られてしまうことだろう。キラン☆


 そんな状態であるのに、ウキウキが止まらない。そうやって、しっかりと差出人の名前を確認すると――


 ――川田かわた愛澄華あすか


 僕が予想していた名前とは違った。差出人には悪いが、残念でならない。期待を裏切られた気分だ。


 期待することに相当なエネルギーを使っていたのか。真実を知ったことで、ぐったりと力が抜けた。


「よう! 諒清りょうせい! どうした? こんな朝早くに。珍しいじゃないか」


 陽気に声を掛けてきたのは僕の親友――国友くにとも盛快しげやすだ。彼は僕の右肩を掴み脅かしてきた。驚きのあまり体がビクンと動いてしまった。


 彼の無神経な行動に対して、僕は悪態をつく。


「ビックリした! 盛快は僕の心臓をどこにやるつもりだ⁉」

「は? なに言ってるんだ?」

「盛快のせいで! 僕の心臓が宇宙の彼方へ飛び出ていくところだったぞ!」

「いや、そんなことあるわけないだろ」

「ある! 僕は見たことがあるぞ!」

「どうせ、アニメで見た。とかそんなんだろ?」

「もちろん……そうだけれども……人間が考えうることは実現できるんだよ!」

「そんなこと実現できるようになってどうするんだよ! それで宇宙に行ったことにでもするつもりか?」

「これで気軽に宇宙に出掛けられるね」

「傷は軽くでは済まされないぞ」

「身軽ではあるでしょ」

「そんな身軽さを求めてどうする!」


 朝からそんなふざけたやり取りをする。ただ僕が、ふざけたやり取りをするのには理由がある。話しをラブレターから遠ざけて、僕がラブレターを貰ったことをバレないようにするためだ。


 そうやって、ふざけたやり取りをしている間に、僕はラブレターを後ろ手に隠して、慎重かつ迅速に『右ポケット』の中へと突っ込む。


 しっかりとポケットにラブレターを押し込んで、バレないようにと気を使う。


 これをふざけた会話をしている最中に行ったのだ。


 よし! これで大丈夫と安心しきったところで額から汗が垂れてきていることに気づく。どうやらずっと緊張状態であったため、体温が上昇していたようだ。


 そのことに気づき、一度手の甲で汗を拭ったところで思い出した。今日はちゃんとハンカチを持ってきているではないか。まぁいつも持って来てるんだけどね。


 そのことを思い出した僕は颯爽と『右ポケット』に手を突っ込んで取り出すことにした。


 先ほどラブレターをポケットに押し込んだせいか、、ハンカチはポケットの奥の方にあり、なかなか取り出すのが難しい状態にある。それでも僕はどうしても額にある汗を拭いたくて、無理にでもハンカチを取り出そうとする。


 そうやってごそごそと、ポケットをまさぐり返して、ようやっと、ポケットからハンカチを取り出すことに成功した。取り出した瞬間、パサ、となにかが落ちる音がしたような気がするが、額に滴る汗が気になりすぎて、気づかないふりをする。


「ん? なにか落ちたぞ?」


 額の汗を拭いて、不快感を取り去っていると、盛快が屈んで落ちたなにかを拾う。すると、どうしたことか、僕の汗は止まらなくなった。


「……諒清……。……これって……もしかして……ラブレター?」


 盛快は不審がりながら、僕とラブレターを交互に見やる。そして、次第に笑みを浮かべて僕の肩をどつきながら言った。


「やったじゃん」


 僕はラブレターを貰ったことに対して、どのような感情を抱けばいいのか迷っていた。だが、彼の表情や言葉で理解する。


 喜べばいいのだと。


 僕がラブレターの主――川田愛澄華のことが好きでなくとも…………思い人――庭城鈴寧に告白しようと動いていたとしても…………ラブレターを人生で初めて貰ったことには変わりはない。


 そう結論づけて僕は盛快と共に喜ぶことにした。


「そうだよ。やったんだよ」


 ふたり、歓喜のあまり抱き合わんとしたところで、盛快が疑問の声をあげた。


「ただちょっと待てよ」

「……? どうしたの?」

「下駄箱にかわいい便箋が入っていたというだけでラブレターとは限らないんじゃないか?」

「え?」


 盛快の言葉に戸惑う僕。そんな僕をよそに、盛快は僕の下駄箱に入っていたラブレターを勝手に広げた。


 ふたりで中を見る。


『お昼休み校舎裏に来てください。お話があります。』


 その内容を見て僕は、ラブレターに『好きです。』なんて書かないんだなと思い、そう書くのは普通ではないのかもしれないと恥ずかしさを覚えた。


「この内容じゃなんとも言えないな…………まぁ、諒清が川田からラブレター貰うわけないし、イタズラだろう」


 盛快の言葉は確かではあると思う。


 僕は川田さんとは面識がない。面識のない人から、告白の呼び出しのようなことをされても、イタズラだと思われても仕方がない。


 僕はいったいどう受け止めたらいいのだろうか。僕が悩み耽っていると、盛快はいやに楽しそうに駆け出してとんでもないことを言った。


「どうせイタズラだろうし、たくさん人を呼んでからかいに行ってやるよ」

「は⁉」


 盛快は僕の前から消え去っていった。


 僕は特に盛快を追いかける気になれず、「やりたきゃ勝手にしろ!」と、心の中で呟いて、ひとりラブレターを眺める。


 桜の木に付いている花びらの中には、桜と同じ色でハートが、隠されていた。そこから漂うほのかな甘い香りが僕の鼻孔をくすぐる。

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