第7話 いつかやろうはバカ野郎。ただそれは口癖であり本心ではない。
「いつか、やろう」と告白を決意してから、初めての日曜日。
僕は準備を進めていた。
やる! やる! と言って結局やらない人がいるだろう。僕はそんなことはない。やると言ったらやる男だ! と自身を鼓舞して行動に移すことにした。
自室に
ノートに告白に向けての計画を書いていく。
どうやって、その告白までもっていくんだ?
突如として告白をしていいものだろうか。手紙で済ましていいものだろうか。校舎裏に呼び出すのが一般的ではないだろうか。
あれこれと考えていると段々わからなくなってくる。
おそらく正解はないのだろう。そのことをわかっていても正解を追い求めてしまう。学校の勉強のように正解があったらどんなに楽だろうか。
まぁ、学校の勉強のことはどうでもいい。今は告白について考えよう。
目の前にあるノートに意識を集中させる。
「お兄ちゃん。お昼だよ~。早くしないとお兄ちゃんの分も食べちゃうよ~」
僕の部屋のドアにコンコンコンと荒いノックを奏でた妹の
声を掛けられたことで思い出した。先日、父と母が散歩している際に見つけたパン屋に今日、母と莉雫が行っていたのだ。
パン屋に行くと話していた際に僕は、カレーパンを食べたいとアピールしたわけだけれどちゃんと覚えてくれたのだろうか。そんなことを思いつつダイニングへと向かう。
ダイニングに着くと食卓にはすでに食事の準備が出来上がっていた。父、母、莉雫、はそれぞれの指定席に座っている。
席に着いて僕は、自身がこれから食すことになる物を確認した。
中央にある大皿にはサラダが盛られている。僕の指定席には空いた取り皿があるため、それに食べる分だけ盛るようにということだろう。
大皿に盛られており目立つため、サラダに目がいってしまったが、メインとなるパンは何だろうと視線を向ける。すると、そこには――
――ケーキを思わされるほどに大きなチョコリングが載っていた。
正確には4等分された状態で皿に載せられているため、1人で食べるのにちょうどいい大きさだ。それが家族4人それぞれの前に置かれている。ただ、パンにしては物珍しく、見入ってしまった。
「ほら! お兄ちゃんが恋しがってたカレーパンだよ~」
僕がしばらく呆けていたためか、莉雫はカレーパンの所在を主張してきた。その言い方は僕をおちょくっているように感じられる。「恋しがってた」とはなんだ! と、多少ムッとするも、平静を装って軽く返事をする。
「うん。ありがとう」
僕が席に着くタイミングで家族3人が食事を始める。その後を追いかけるように僕も食事を始めた。
大皿に盛られたサラダを自分の取り皿に盛る。テーブルに置かれたごまドレッシングをかけ、箸を取り、サラダから手をつける。
母と莉雫の前にはシナモンロール、僕と父の前にはカレーパン、があることをなんとなく眺めつつ、パクついていく。
「そういえば、パン屋にお兄ちゃんと同い年の女の子がいたよ~」
「ふーん」
シナモンロール片手に微笑みを浮かべて、僕の顔を覗き見るようにして、莉雫が話しかけてきた。
莉雫が言い出したことに特に興味がない僕は、気の抜けた声で応える。
「別に興味はないけど、どんな子だった?」
シナモンロールの欠片を落としそうになりつつ、やけにハキハキと元気に莉雫は答える。
「元気だったよ。なんだか~。わんぱくって言葉がしっくりくる感じ~」
「ふーん」
口の中にシナモンロールを含んでいるはずなのに、はっきりと声が僕のところに届く。ごくりと飲み込んだ後、嬉しそうに問いかけてきた。
「なに! 興味あるの?」
特に興味があったわけではないが、そう言われるとなぜか興味があったような不思議な感覚が込みあがってきた。
僕がどう答えたものかと視線を天井の方へとさまよわせて遊んでいると、代わりに父が答えた。
「そうなんだ。この前行った時はいなかったけどな」
母とパン屋に行った時のことを思い出しているのか。父は腕を組んで唸っている。
父の疑問に母が答えた。
「休日だけ手伝ってるんじゃないの? その子だって学校があるわけだし……人によっては夜遅くまで用事があるでしょうよ」
母はシナモンロールをちびちびと味わっていたが、その手を止めて会話に入って来ていた。
莉雫が意地悪い感じの声を上げてきた。その表情はなんとも楽しそうに口角を上げている。
「もしかして、パン屋の娘に会いたかったの?」
「えぇー!」
「違うよ!」
莉雫の発言に対して母はわざとらしく、驚いてみせた。
その様子をわざとだと、父はわかっているのか、いないのか。僕にはわからなかったけれど、素早く父は否定していた。
「じゃあ、なに?」
「いや、ただ、いなかったなぁ~ってだけ……」
「それだけ⁉」
「それだけ……」
妙な沈黙が流れ、それぞれ食事を続ける。
一足先に食事を終えた父は、自身で汚した食器を流し台に置き、カレーパンが入っていたビニール袋をゴミ箱に捨てる。
母と莉雫は、シナモンロールを食べ終え、4等分されたチョコリングを食べ始めようとしている。サラダはすでに食べ終えたのか、空いた皿が邪魔だと言わんばかりにテーブルの隅へと追いやられていた。
対して、僕はというと、サラダを食べ終え、カレーパンは残り半分のところまで来ている。カレーパンはビニール袋に包まれているため、カサカサと音を立ててしまう。他には、4等分されたチョコリングはまるまる残っている状態だ。
しばらくしてカレーパンを食べ終え、口の中が辛さで充満する。そんな口内をチョコリングで調和させ、程よい甘さに満たされていた。
チョコリングは生地にまでチョコがしみ込んでいる。チョコづくしという感じだ。
また、見た目だけでは気づかなかったが、中にはクルミが入っていることを触感で理解できる。チョコにしては固いかと思ったら、解けることなく明らかにチョコとは違った。それがいい具合にアクセントとなり、
ふとリビングの方を見やると、食事を終えた父が食後のインスタントコーヒーをすすりながらテレビを見ている。
「わんぱく娘ちゃんがこのチョコリングを勧めてくれたんだよ~」
「へ~、そうなんだ」
テレビ音が響き渡る中、莉雫が会話を切り出した。
特に興味があるわけではない僕は素っ気ない返事をすると、莉雫はむっとした表情を見せる。
だが、機嫌をそこねたわけではないようで続けて、僕に問いかけてきた。
「どう? おいしい?」
「うん。おいしいよ」
お世辞ではなく、今まで食べたどのチョコ系のパンと比べてもおいしいと感じられた。
簡素な感想を返しただけなのに莉雫は嬉しそうにしている。
「だよね。これは選んで正解だよ」
莉雫はチョコリングをパクつきながら「うん! おいしい!」と
そのあと父や母も「おいしいよね」と答えていた。
しばらくして家族全員が食べ終えてから、莉雫は僕に「はい! これ!」と掌サイズの紙切れを差し出してきた。
なにか頼んでいたっけかな? と思いつつ、差し出された小さな紙切れを受け取り眺め見る。
「ベーカリー香崎のチョコリングのパンフレット! いらないからあげる」
「……そう……」
いらないのなら、ゴミ箱に捨てればいいのにと思いつつも、僕は部屋に持ち帰ることにした。
誰かに勧める時に見せてもいいかもしれない。
他人に勧めてもいいと思えるほどおいしかったのは事実だ。
莉雫はゆくゆくはゴミとして捨てられてしまうであろうパンフレットを僕に渡してから、手早くインスタントコーヒーを入れて、父がいるリビングの方へと向かっていった。
「お父さん。なに見てるの?」
「……ん?」
「あれ? これ、今食べてたやつだよね」
莉雫が言う通り、テレビではベーカリー香崎のチョコリングが紹介されている。
テレビに紹介されるほどなのは驚きだ。
それを知ったことで、尚一層おいしいものを食べたんだと感じられた。
テレビで紹介されているということはしばらくの間は売り切れで手に入らないかもしれない。
そう考えると寂しさが込み上げてくる。
前にテレビでコンビニのシュークリームが紹介されたときはタイミングが合わず、1ヶ月ほど手に入らない時期が続いた。
全国展開するコンビニでもなかなか手に入らない時期が続くのだから、個人で経営するお店ではなおさらだ。
テレビの力は凄まじい。
まぁすでに味わうことができた僕には関係ないことだ。
それよりも僕にはやることがある。
テレビを見ている場合ではない。
家族3人からの「テレビ見ないの?」という誘惑を、はねのけて、自室へと向かうことにした。
汚れたお皿を流し台に置き、カレーパンが入っていたビニール袋をゴミ箱に捨てる。
チョコリングのパンフレットは捨てず、自室に持って行く。
自室に戻り、パンフレットを学校のカバンにしまった。
そのあと食後の歯磨きをする。
食べたら歯を磨く。それは人として当然すべき習慣だ。
虫歯……痛いし、怖いし、金かかるし、いいことないもんね。そんなことを考えながら歯を磨く。
歯を磨き終え、告白の計画を練る続きをする。
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