第6話 夜中に活動的になるのはなぜだろう? それを考えた時点で敗けである。

 莉雫りおが自室に去ってからしばらく経つと、両親が散歩から帰ってきた。


 その時、すでにゲーム内でカフェのコーヒーを飲むのを諦めた僕は、街の外に出て冒険を進めていた。


「ただいま」

「おかえり」

「あれ? 莉雫は?」

「部屋~」

「そう」


 散歩から帰ってきて、その成果を話始める。楽しい散歩だったようで気分の爽快さがはっきりと伝わって来た。


「おいそうなパン屋見つけたよ~。ねぇ、お父さん」

「うん。今度の休みにでも食べようか」

「なら僕、カレーパンが食べたい」


 話の流れで僕は食べたいパンをアピールする。その話を部屋から聞いていたのか、莉雫がドタドタとリビングにやって来た。


「なに? パン食べるの?」

「今度の休みにね。莉雫はなにか食べたいのある?」

「ん~。一緒に行ってみようかな」

「なら、僕も行こうかな?」

「え⁉ お兄ちゃん行くなら止める~」

「なんでだよ」

「なんでも~」

「それならいいよ。留守番してるから行って来いよ」

「うん! なら行く~」

「おい!」


 どういうわけか、莉雫は僕と出掛けたがらない。昔はよく甘えてきたというのに……僕は寂しさを感じつつ、ゲームの世界に戻りストーリーの続きを進めることにした。


 僕と莉雫のやり取りをみていた母が今度の休みについて確認するかのように告げてきた。


「それじゃ、私と……莉雫で、パン屋に行ってくるから、お父さんと諒清りょうせいはお留守番ね」


 ダイニングのテーブル席に座って黙って聞いていた父は一緒に行くもんだと思っていたらしい。勢いで「うん」と返事をするも、そのすぐあとに首を傾げて不思議がっている。


「なに? 行きたいの?」

「いや、俺も行くもんだと思ってたから……」

「お父さんが行くなら行くの止める~」

「ということでお留守番よろしくね」

「……うん」


 莉雫のわがままによって、今度の休みにパン屋に行くメンバーは母と莉雫のふたりで決定した。僕とお父さんは家でお留守番することになる。


 そこでふと僕は疑問に思う。


 これは本当に莉雫のわがままなのだろうか。むしろ食料をわざわざ休日に買ってきてくれるのだから、ありがたいことではないのかと思えてくる。


「ところで、誰が先にシャワー浴びるの?」

「リオが先~。お父さんやお兄ちゃんの後に入るの嫌だもん」


 いや、莉雫のはただのわがままだ。そうに違いない。


 交替でシャワー浴びる。まずは莉雫、次に父、そして母、最期に僕だ。


 別に僕は最後にシャワーを浴びようとしていたわけではない。ただ、ゲームに夢中になっているうちに気づいたら、僕以外の全員がすでに終えていた。


 ゲームをしている際中、告白ってどうやってするのだろうと考えていた。親友に彼女ができたことを聞いて、僕も好きな子に告白して彼女を作るぞ! と決意した。


 だが、告白なんてしたことない。されたこともない。経験がないということから、告白とは具体的にどうすればいいのだろうかと疑問を感じていた。


「ふー。空いたわよ。浴びちゃいなさい」

「うん」


 考え事をしているうちに、母がシャワーを浴び終え、僕に声を掛けてきた。特に待っていたというわけではないが、手早く準備を済ませてシャワーを浴びに行く。


 シャワーを浴び、寝支度を終えたあと、自室のベッドに腰かける。時刻は夜中の11時を過ぎようとしている中、なにをするともなしにスマホの画面を覗く。


 勢いでスマホのホーム画面にある音楽ゲームアプリを起動する。1曲、2曲だけなら大丈夫だろうと起動するも、過去にそうやってプレイして、気づいた頃には信じられないほど時間が過ぎていたことを思い出す。


 そのことから、すぐ閉じることにした。そして、独り言をつぶやく。


「危ない危ない。こんな夜中にやりだしたりなんかしたら、気づいた時には陽を浴びる時間になっているところだった」


 そういえばと、スマホをほとんどゲーム機として使っているから忘れていたが、本来は携帯電話であることを思い出した。別に連絡する相手がいないとかそういうわけではない。


 家族や文芸部員とやりとりすることがあるから、携帯電話としての役割をちゃんと果たしている。


 他には誰と連絡を取り合うことがあったかなと連絡用アプリを起動して確認する。そこには親友である国友くにとも盛快しげやすの名前があった。


 中学時代、同じ部活――サッカー部に所属していたのだから、連絡先を知っていてもなんらおかしくはない。おかしくはないのだが、家族以外で連絡先を知っていて、同じ部に所属しておらず、なおかつ、今も関係が続いていることに嬉しさが込みあがってきた。


 そうやって、いじくっているうちに発信ボタンを押してしまっていたらしい。


『は~い。もしも~し』


 盛快はすぐにでた。昼間の時とは違い、気の抜けたトーンで応じてくる。その声からこんな時間に電話してしまったことを怒ってはいないようだ。


『こんな時間にどうした?』


 盛快がちゃんと今が夜中であることを理解していることを知って、僕は軽く焦る。「なんかいじっているうちに間違って」……なんて気軽に言っていいものだろうか。


 特に用事がないのに電話してしまったという罪悪感からなにか用事はなかっただろうかと思いを巡らせてみる。そこでふと、盛快と話したことが脳裏をよぎる。


「彼女とはどう?」


 盛快は僕の質問に疑問を抱いているのかしばらくの沈黙を置いた後、意気揚々と答えてくれた。


『おう! 順調も順調。順調すぎて怖いくらいだ。今日だって初の相合傘でイチャイチャのラブラブよ』

「……そ……そうか……よかったね……」


 自分から話題を振っておきながらも、盛快のイチャイチャ自慢に軽くイラっとする。続く言葉を考えていなかった僕は内心焦るも、盛快が話題を振ってきた。


『他人のことより、自分のことはどうなんだよ』

「僕のこと?」

『そうだよ。いつかは、告白するんだろ。ちゃんとそのに向けて準備してるのか?』


 盛快の言葉で僕は思い出す。あのことを盛快に聞いてみることにした。


「そうだよ。それだよ」

『いや……どれだよ』

「告白ってどうやったらいいのかな?」

『ほう。なるほど。ふむふむ。理解した』


 なにを?


 そう突っ込みたかったが、僕はグッと堪えて盛快がどんなアドバイスを僕にしてくれるのかを待ち受けた。告白初心者の僕はどんな言葉であってもありがたいアドバイスだ。それがたとえ猫や犬からのアドバイスであろうと有難く受け取るまである。


 そんな状態の僕に、盛快はどんなアドバイスをしくれるだろうか、と僕は心待ちにしていた。


『くどくど長ったらしいのはいらない。端的にストレートに当たっていけばいいんだよ』

「……と、いうと……」

『好きです。付き合ってください。これだけで充分だ』

「え? それだけ?」

『それだけとはなんだ。それだけをやったことないやつがなにを言う』

「まぁ……確かにそうだけど……」

『最初の告白なんてシンプルでいいんだよ』

「最初のってことは……付き合ってからも告白することがあるの?」

『「ねぇ、私のこと好き?」なんて聞かれたら「好きだ」と答えるだろ?』

「それを告白の回数に入れていいものなのかな? というかそう聞かれるってことは疑われているってことだよね! なんだか突然、盛快のことが心配になってきたよ」

『大丈夫だ。まだ、言われたことはない』

「言われたことないのにどうしてそんな話が出てきたのかな⁉」

『気にするな! 友達の話だ!』

「なんだか気になるよ。その友達が心配だよ。いったい誰なの? 僕も知っている人?」

『詳しいことは個人情報にあたるため話せません』

「そんなどっかの業界で働く社会人みたいなこと言い出されても、僕の興味は削がれないよ」

『どうしても言えない。言ったら殺される』

「そんな恐ろしい人なの?」

『ああ』

「ならいいよ。なんだか怖くなってきた」

『まぁ、俺らと同じクラスでバスケ部エースにしてキャプテンだけどな』

「言っちゃったよ! 個人情報保護はどこにいった⁉」

『ここで聞いたことは忘れろ』

「忘れるよ! 忘れさせてもらうよ!」

『そうしてくれ』

「とは言っても、野村くんは女をとっかえひっかえしてるって噂だから、そんなことになったことがあってもなんらおかしくはないし……むしろなったことない方が不自然なほどだけどね」

『確かにな。そう考えると、俺が喋らなくてもすでに漏れている個人情報だから、今更俺が漏らしてもなんら問題はないというわけだ』

「いや、問題あるよ! 個人情報を漏らしてもなんも思わない、その心に問題があるよ」

『まぁ、その話はもういいじゃないか』

「いや、この話を引っ張ったのは明らかに盛快だよね」

『夜中に突然、電話してきたやつに言われたくはないな』

「……それは……ごめん……」


 スマホをいじっていたら誤って発信してしまっていたとは言えず、ただ謝ることしかできなかった。


 そんな僕を責めることはせず、盛快は激励を残して電話を切った。


『俺にできたんだ。諒清にだってできるさ。陰ながら応援してるぜ!』


 通話が切れたあと、プープーと鳴るスマホを見つめながら、僕は決意を新たにする。


 そうだな!


 いつか、やろう!


 僕は布団に身を包み、眠りについた。

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