第17話 制服デートをしたい人生だったという著者の願望とは一切関係ありません
「暑いですね~」
隣を歩く学生服姿の川田さんは襟元をパタパタと扇いでいる。見ようと思えば胸元が見えてしまいそうだ。
「そんなに暑いかな?」
「暑いですよ。暑すぎてゆでだこになりそうです」
襟元からの風だけでは足らないようで、今度はスカートをヒラヒラとさせている。見ようと思えばスカートの中にある布地が見えてしまいそうだ。…………そんなわけないか。
僕は視線を反らす。本当は見たいんだけどね。
「こっちでいいの?」
「大丈夫です。このまま、まっすぐ」
学校からの帰り道。
彼女が指示した道を歩く。そこは人通りが少ない。
人が多い道なら、彼女が襟元をパタパタしたり、スカートをひらひらさせないだろうに。
どういうわけか彼女は人通りの少ない道を選んでは僕を誘惑してくる。
これはもしかして、据え膳食わぬはなんとやらというやつではないだろうか。
口に出せないような妄想を始める。好きでもない人とそんなことしていいものだろうか。と、葛藤しだしたところで目的地に着いた。
「着きました」
「……そうか。川田さんは電車通学なんだね」
「違いますよ」
「……え? 違うの?」
「ええ」
「じゃあ、なんで駅に来たの?」
「買い物です」
僕は彼氏として彼女を家まで送ろうと考えていた。そのため、彼女が示す方へと歩を進めていたというのに、彼女は買い物をすると言うのだ。……聞いてない。
ここまで来て置いて帰るわけにもいかず僕は渋々、彼女の買い物に付き合うことにした。
「なにを買うの?」
「ん~。まだ決めてない」
「まだ決めてないってどういうこと?」
「私にもわからないの」
「……そうなんだ」
なにを買うのか決まっていないのに、お店に来る必要があるのだろうか。
そんな疑問を口にしてはいけないような気がして喉元で食い止めた。ただただ、僕は川田さんが向かう方へついていく。
駅前にあるデパートの地下1階から地上5階まで、一通り見て回る。
――1店舗目は百円ショップ。
川田さんはピンク色のかわいらしい髪留めを頭に載せ、満開の花に負けない笑顔で言った。
「どうですか? 似合いますか?」
恥ずかしさのあまり僕は目を逸らしてしまう。
頬を搔きつつ、曖昧な返答をする。
「似合うんじゃないかな?」
僕の返答が気に食わなかったようだ。
「……そう……ですか……」
渋い顔で商品を元に場所に戻してしょんぼりとしている。
それを見た僕は申し訳ない気持ちになる。次に聞かれた時は即座に『似合うよ』とだけでも言おうと秘かに決心を固めた。
……すぐさま、チャンス到来。
川田さんがなにかを手に取るタイミングを見逃さなかった。
「似合うよ」
川田さんは
その姿を見た僕は心に中で、自分を
恥じらいながら、手に取っていた商品を元の場所に戻す川田さん。よくよく見てみるとそれは――小さい女の子が好みそうなおもちゃだった。
なんともその場にそぐわない感想を述べた僕は顔に熱が込み上げてくるのを感じる。
僕は彼女の行動をフォローする言葉を掛けた。
「昔よく遊んだおもちゃを見かけると、つい手に取りたくなるよね」
「そうなんですよ。小学生の頃はこういうのでよく遊んだなってなるんですよ」
彼女が手に取った商品とは別の商品を僕は手に取り、共感を促した。
「おはじき、懐かしい。よく弾いたり、眺めたりして遊んだよね」
「そうですね。弾いているうちに爪が痛くなるんですよ」
「そうそう。ひとりで遊んでいるときにその痛みを感じたとき、ひとりでなにやってるんだろう……ってなるんだよ」
「え⁉ ひとりで遊ぶの?」
「ん? ひとりじゃ遊ばない?」
共感できないところがあった。
瞬間、気まずい空気が流れる。
「私はてっきり友達と遊ぶもんだとばかり」
「……ああ……友達……ね。……うん……友達と……遊ぶよね」
「……諒清……」
止めて。そんな
「友達いなかったのですね」
「いたよ! ただおはじきで遊ぶ機会がなかっただけだよ」
とんでもない誤解が生まれそうな気がしたため、僕はちゃんと説明した。
「すでにおはじきで遊ぶグループができてる中に入っていくことができず、かつ、誘われることもなかったから……おはじきでは! 遊ぶことがなかっただけだよ」
「それじゃなになら遊んだことあるんですか?」
「テレビゲームならあるよ」
「……それは、よかった……」
なんか納得いかない。
ちゃんと遊ぶ友達がいたというのに、川田さんの憐れ者を見る目が変わらない。
「大丈夫ですよ。今は私がいます」
「……あ……うん……」
「次、行きましょう」
――2店舗目は衣服店。
「諒清は普段、どんな服を着るんですか?」
「僕は着れればなんでも……」
「なるほど~。あまりファッションにはこだわらない、ということですね」
「うん。そうだね」
「ならこういうのも着ますか?」
そう言って川田さんが手に取ったのは――
—―フリルたっぷりのミニスカートだった。誰がどう見ても女性もの。
「着ないよ! どうして僕がこれを普段から着てると思ったの?」
「似合うと思ったんですけどね」
「たとえ似合ったとしても嬉しくないよ」
くすくすと楽しそうな笑みを見せている。楽しそうな姿を見れて嬉しいけれども、僕で遊ばないで欲しい。
衣服を一通り見たところで、次の店舗へと向かう。
—―3店舗目は……
……ランジェリーショップ?—―女性物の下着売り場だと⁉
「さすがにここには入れないよ。入ったら犯罪じゃないの?」
「そんなことありません。それに女装趣味なら中まで
「僕にそんな趣味はないんだけど……」
「これから始めましょう!」
「えー」
先ほどのミニスカートといい、今の下着といい。
なに? 彼女って生き物は彼氏に女装してほしいと思う生き物なの?
嬉々としていて僕に女装させようとしてくる。
「さぁ、入りますよ」
「いや、無理だよ」
「そうですか? なら……」
僕が入店を拒否すると、川田さんはとんでもないことを言いだす。
「私の下着を着ますか?」
頬を赤らめ、もじもじと恥ずかしそうにしている。
腕に挟まれたことで強調された豊満な胸に目がいってしまい、僕まで恥ずかしくなってしまう。
平日とはいえ駅前のデパートであることから、そこそこ人がいることも要因だろう。
「なんでそうなるの⁉ 着ないよ」
「えーー」
「もう。いいから行くよ」
さすがに耐え切れなくなった僕は川田さんの手を取り、その場から離れることにした。
手を振り払われることを覚悟したが、そんなことはなかった。
エスカレーター付近まで来たところで、僕は川田さんの様子を窺う。彼女は頬を染め、ぽけーとしていた。
「川田さん?」
「へ? はい。なんでしょう?」
「ごめん。強引に引っ張って来ちゃったけど、大丈夫?」
「……う……あ……はい。大丈夫です」
視線が合いそうになると反らし、恥ずかしそうに髪先をくるくると指先で
数秒後、ハッとなにか
「まったく。突然手を取り、強引に引っ張っていくなんて……いったいなにを考えているんですか?」
その変わりように戸惑いつつも、とりあえず謝罪する。
「……え……あ……ごめん」
「まったく。そんなことされたらうれし……ではなく、私が
「悪かったよ」
態度の変わりように戸惑うも、このあとの言動でその理由を理解した。
「謝罪はいりません。諒清が女性物の下着を着て……」
「それは断る」
僕に女性物の下着を着させたいがために、悪態をつき始めたのだった。
人間、本当に悪いと思っていたら、謝罪のためになにかしようと思うもの。
その心理を利用して僕に女性物の下着を着せようとするなんて……そんなに着て欲しいものなのだろうか。
「ブー」
僕が断ると、頬を膨らませる。学園一の美少女と呼ばれるだけあって、その顔もかわいい。
「まぁいいでしょう。次、行きますよ」
何はともあれ、僕は女性物の下着を着ずに済んだようだ。
—―4店舗目は本屋。
本の香りだけでテンションが上がる。何を隠そう、僕は文芸部に所属している。
入部した理由に庭城鈴寧がいるからというのもあるが、本が好きという気持ちに嘘はない。
「諒清。興奮してますね」
「……うん……?」
「発情してますね」
「……へ?」
「欲情してますね」
「ちょっと待って! 誤解を招く発言は止めて!」
「いいんですよ。私で発散しても」
「いいわけあるかー」
川田さんはクスクスと楽しそうに笑っている。
もしかして、僕をからかうため本屋に来たのかな。
呼吸が乱れるほど笑ってから呼吸を整え、僕に訊いてきた。
「諒清はどんな本が好きなんですか?」
ありきたりな質問を投げかけられ戸惑う。
改めて考えてみると、わからなくなってくる。
正直、本であればどれも好き……だけど、それでは会話が弾まない上、答えになっていない。
唸りつつゆっくりと歩を進める。女子に好きな本を紹介するのは気を
ラノベコーナーに来たところである一冊を手に取る。それは比較的、エロ要素が少ない作品だ。
「う~ん。これかな?」
「なんだ。意外と普通なんですね」
質問に対して無難に答えられたことでホッと胸を撫で下ろす。
ところが、川田さんはある一冊の本を手に取り、言及してきた。
「私はてっきり、こういうエッチな本が好きだと思っていました」
「いや、そんなわけないじゃん」
「本当ですか?」
僕の目をしっかりと見据えてくる。
エッチな本を持った状態で見つめてこないで! どんな羞恥プレイ?
グイグイくる彼女に気圧された僕は後ずさるも、彼女は止めようとはしない。
次第に人の目が気になりだし、白状してしまう。
「……本当は……好きだよ」
「素直でよろしい」
満足気にエッチな本を元の場所に戻す。
女性物の下着を着ないと言ったことを怒っているのだろうか。
ただこのまま引き下がるわけにはいかない。そう思った僕は仕返しをする。
「じゃあさ。川田さんはどんな本が好きなの?」
「え⁉ 私?」
訊かれるとは思っていなかったのか慌てふためいている。
追い打ちとばかりに僕はある一冊の本を手に取った。それはBL本だ。
もちろん。手に持っているだけで恥ずかしさはあるものの、からかわれたまま引き下がるわけにはいかない。
「こういう本が好きなんじゃないの?」
「ちょっ! 諒清。なんて本を手にしてるんですか?」
「どうなの? 素直になりなよ」
「……うっ!」
先ほどとは逆に僕が川田さんを圧する。
優位に立った気になり悦に浸る。ただBL本を掲げているだけなんだけどね。
否定しないあたり嫌いではないのだろう。しかし、問題がある。
「いつまで僕はこうしていればいいの?」
「知りません!」
「えーー」
「次、行きますよ」
「……あ……うん」
—―結局、雑貨屋で材料らしきものを購入して本日の買い物を終えた。
なにを作るのか聞いてみたが、川田さんは教えてくれなかった。
デパートの外に出ると、外はすでに闇に包まれていた。
買い物を終えてから、川田さんを家に送ろうと取るに足りない会話をしながらついていく。
人工的な明かりに照らされた騒々しい駅前から離れ、来た道を戻る。
あまり見覚えのない道を途中に挟みつつも、なんだかんだで僕が知る道に出た。
「川田さん家はどこにあるの?」
「さあ、どこでしょう」
微笑みを浮かべながら、答えにならない返答をしてくる。
川田さんを送った後、僕自身の帰路を思うとさすがにそろそろついて欲しいと焦る気持ちを殺しつつ、ついていく。
気づいた時には僕はよく見知ったマンションの前に立っていた。川田さんは足を止めて、自身の家の前に着いたことを知らせる。
「着きました。ここですよ」
人工的な薄明かりに照らされた川田さんの顔はいたずらを終えた子どもようないい笑顔を浮かべていた。どんないたずらだろう……って!
「このマンション! 僕が住んでるところじゃん!」
クスクスと笑う川田さんはマンションの出入口前にある階段を軽やかなステップで登ると、そこで身を翻してスカートをなびかせる。
両手を後ろで組んで、軽く前かがみにした態勢で、告げた。
「同じ屋根の下ですね」
そう一言だけを残して、マンションの中へと姿を消していった。
川田さんは知っていたのに……僕は今の今まで知らなかった衝撃的な事実を知ることになった。それは――
――川田さんと僕は同じマンションに住んでいる。
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