陰キャな僕は学園一の美少女に告白される。だけど意中の女子がいるため、断ろうとしたら返事を間違えてしまった。
第16話 好きな相手でなくても、彼女がいるという事実は嬉しい。そう思うことは悪いことだろうか。
第16話 好きな相手でなくても、彼女がいるという事実は嬉しい。そう思うことは悪いことだろうか。
部室に夕陽が差し込んできたことで、帰る時間が迫ってきていることを理解した。
禁断の書物は元の場所に戻さざるを得ず、ほとんど読むことができなかった。
もちろん、香崎に読み聞かされることもない。そんなことをされたら恥ずかしすぎて僕の心が死んでしまう。
読み切ることができなかったという不完全燃焼感を残しつつ、部室の鍵を閉めて、鍵を職員室に返す。
そして川田さんと一緒に下校するため、校門へと向かった。
僕が読書に没頭しているうちに、香崎はいつの間にかいなくなっていた。
いなくなった時点で再度、禁断の書物を読んでもよかったが、戻ってくるかもしれないことを思うと行動に移すことはできなかった。
校内を自由に走り回っているのだろう。いつも走り回っている。
運動神経が良く、陸上部からの勧誘があったにも関わらず、どういうわけか、文化部――それも文化部の中でも特にやる気のない文芸部に入ってきた。
いつぞや、どうして文芸部を選んだのかを聞いたことがある。そしたらその答えを他にも部員がいるにも関わらず文芸部について語る際、僕にちらちらと目線を向けつつ答えた。
「陸上部みたいな色んな意味で暑苦しいの嫌なんスよ。それに比べて文芸部はやる気ないし、室内だし、どこか空気も冷めてる気がして居心地がいいっス」
おい待て!
その冷めてる元凶は僕にあるとでも言いたげな目線を向けてくるのは止めないか。
この後輩――なんて生意気なんだ。なんてことを考えていると、僕の心情を察したのか。
「冗談スよ」
といじるのが好きで堪らない子供のような笑みをしながら答えて来やがった。
そんな生意気な後輩ではあるが、休日は家族が経営するお店の手伝いをしていると聞く。
なかなか家族思いでいいやつだと思う。
もしかしたら、陸上部に入らなかった理由はお店を手伝うためだったのではないのかとさえ思えてくる。
普段は生意気だけど、そんな一面がある。ゆえに、僕はどこか香崎を悪く思うことができない。
校門に着くと川田さんはまだいなかった。
美術部であることから道具の片づけがあるためだろう。本を仕舞って、職員室に部室の鍵を返すだけの僕とは違って、部活終わりにやることが多いと予想される。
帰宅していく生徒になんだか注目されているような気がした。
気のせいだと思いたいが、気のせいではないだろう。なんたって僕は学園一の美少女と付き合っているのだから。
時間が経つにつれて徐々に誇らしく思えてきた。
僕の彼女は学園一の美少女です。なんて誰かに自慢したい。
ただ、ひとつ問題があるとしたら、僕は彼女のことが好きではなく、別に好きな子がいることだ。
なんとも贅沢な悩みなのだろう。今までこんなことがなかったため、なお一層、そう感じる。
学園一の美少女と付き合っていて、その子とは別に好きな子がいる。
足して2で割れば、僕の好きな学園一の美少女と付き合っている。なんてならないか。ならないね。調子に乗りました。
それにこの表現だと、まるで僕が学園一の美少女というステータスが好きみたいじゃないか。それでは付き合っている相手に対して失礼だ。
「おまたせしました。早いですね。いつからいましたか?」
「今来たとこ」
キレイな金髪をなびかせ、柔らかい笑みを浮かべた川田さんが声をかけてきた。
それに対して、僕はありきたりな返答をする。
そんなありきたりな返答でいいのかと思うかもしれない。
だが、彼女ができたことにない僕にとってはやってみたかったことのひとつであり、そのひとつを消化できて満足だ。
ただ、ひとつ満足できないことを上げると、それは言葉をやりとりした相手が僕の好きな人ではないことだ。
「今日は大変でしたね」
「そうだね」
学校からの帰り道。
校門前からまっすぐと伸びる道には桜の木が立ち並ぶ。現在は9月で時期的には緑の葉っぱを付けている。春には桜を見に花見をする人だかりができる。秋には鮮やかな紅葉を堪能できる。
文学を
過去の文芸部の黄金期はこの鮮やかな景色が校門前に広がっているからだとさえ思えるが、今の文芸部を思うとそうとも言い切れないのかもしれない。
不甲斐ない後輩で申し訳ない気持ちを抱きながらも、僕が本気になることはない。なぜなら、高みを目指そうという野心を僕は持ち合わせてはいないからだ。
時期に限らず木々を見ると、春の桜、秋の紅葉、を思い出して疲れた僕の心は癒され、どこかしんみりとした雰囲気を形作っていた。彼女もまたしかり。
「この通りを歩いていると季節ごとの風景を思い出して和みます」
「本当にね」
彼女は美術部。美しい景色に心奪われるのは僕と同じようだ。芸術的感性を持っているといった点で僕との相性は悪くはないのかもしれない。
登校時は始業の時間に急かされ、また周りから注目されている緊張から、そんなことを思う余裕はなかった。今はそんなしがらみを僕らは持ち合わせてはいない。
学校帰り、このあとの予定は特にない。
普段の帰宅時間から
いるしたら、散歩がてらこの通りに立ち寄っている近隣住民だ。それも片手で数えられる程の少数で、僕たちに注目する者は誰もいない。
「部誌は読めましたか?」
「……ん?」
なんで彼女がそのことを知っているのだろうと、小首を傾げていると、彼女は教えてくれた。
「かなさんから聞きましたよ。人の目があるとなかなか読むことのできない部誌があり、それをひとりであることをいいことに読んでいたそうではありませんか」
あのわんぱく娘! 話しやがったな! よりにもよって僕が今、お付き合いさせていただいている彼女に話すなんてどんな神経してるんだ。
随分と長い時間、部室にいないと思ったら、そんなことをしていたのか。
ただ彼女の言うことから察するに、僕が読んでいたのが女子には見せられない禁断の書物であることを知らないのではないのかという淡い期待を寄せて、会話を続けてみる。
「そうなんだ……部誌を読んでると意欲があると思われて勘違いされるでしょ。僕はそんなに向上心のある人間じゃないから、勘違いされたら困るんだ。だから、僕にとって部誌は人目のあるところで読めない書物なんだ」
川田さんは唇に指をあてて当然の疑問を投げかけ来る。
「部誌を読んでるイコール、意欲があると思われるでしょうか?」
彼女のごもっともな意見に納得しかけるも、バレるわけにはいかないという僕の気持ちを汲んだ口が必死な動きをしてくれる。
「うちの学校の文芸部は過去に賞を取るほどの人が在籍していて、その人が書いた作品はすごいんだ。もうそれは文芸の歴史に刻まれるほどで、巧妙で、高貴で、偉大で、庶民が手に取ることさえ
僕が自身でも理解できない言い訳をしていると彼女はクスクスと笑い出した。
なにがおかしいのかわからない。だが、その表情に僕は女の子らしい可愛らしさを感じられた。
次第にバレてはいけないという思いでいっぱいだった僕の心は
結局、僕はなにを言いたかったのか彼女の表情を見たら、忘れてしまっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます