第15話 わんぱく娘が暴走することで作品があらぬ方向へ。だけど読者が楽しんで頂けるなら採用する。それが作家という生き物。

 文芸部の部室に着くと、鍵が閉まっていた。職員室から部室の鍵を借りてくる。ガチャリと開けて部室内へと入った。


 いったい、庭城さんと入江先輩はどこに行ったのか僕には見当もつかない。


 もしかしたら、いるかもしれないという恐れを抱いていたのは皆目見当違いで、いないことに妙に納得した。


 そりゃ、あんだけ大泣きしといて何もなかったかのように部室に堂々といたりしたら、それはそれで怖い。


 ただ、真実を話せないでいるもどかしさがあるため、いて欲しいという気持ちもあった。


 僕はいったいどっちであって欲しかったのか。自分のことであるはずなのにわからない。


 庭城さんのことは気になる。けれど、いつまで気にしていても仕方がない。


 そこで、せっかく部室にいるのだからと過去の部誌をあさってみることにした。周りに人がいるとただ読みたい作品を読めばいいというものでもない。


 人がいない時にしか読めない作品がある。そのことを僕はよく知っている。


 特に女子がいる前では止めざるを得ない。


 ここまで言えばわかるよね。


 文芸部の過去の栄光で、批難の対象ともされたを読むことにした。要はえろい小説。


 イスに座り、長テーブルに肘をついて読み始める。


 ほんの2年前の話だ。この部誌が作られていた頃はこの部の黄金期で、その頃の生徒はプロの作家になるものもいたという。文化祭で作られる部誌は一冊にとどまらない。


 僕が手に持つ部誌はその中の一冊。官能小説しか載っていない。いつか読もう。いつかは読もう。と思いつつも、女子がいる前で読むわけにはいかず今にいたる。


 当時はイラストを描ける部員がいたようで途中で挿絵がある。その挿絵だけでも十分楽しめるほどにクオリティが高い。絵はハレンチ極まりない。


 高校生の文化祭でよくこんなものを出すことができたと感心すらする。女の子の敏感なところがさらけだされ、ねっちょり濡れたところをますます濡らす。


 読む手は止まらず、体のあちこちが熱くなる。


 だれも部室にいない。だれにも見られていない。だれも止める者はいない。


 ないない尽くしの快楽が僕を襲う。


「おっはようございます!」


 だれもいないはずの部室にわんぱく娘がドアを力強く開いて入ってきた。


 僕の1つ下の生意気な後輩――香崎こうさき夏波かなだ。元気であることと、生意気であること、このふたつの違いを履き違えている。


 香崎はドアを力強く閉めて、僕がいるテーブルへとズカズカと移動しながら文句垂れてきた。


「もう今日は立石先輩のせいで大変な思いをしたっスよ! 責任取ってくださいね」


 もうだれも来ないと思ってリラックスしていたのに招かざる後輩が来た。


 反射的に読んでいた部誌を隠した。閉じた部誌を手に持ったまま膝の上に移動する。両手を膝に載せて礼儀正しく面接を受けているような錯覚すら感じられた。


 禁断の部誌を読んでいた事実がバレているのではないかと緊張が走る。


 緊張している僕のことには構わず、対面する形でイスに座る香崎。座るのとほぼ同時にカバンをテーブルの上に載せた。


「……立石先輩? 無視はさすがにひどくないですか? 裁判ものですよ! 被告の立石先輩! 弁解に一言どうぞ!」


 いつもなら、僕が来るころにはすでに香崎はいる。なぜかはわからないが、僕は彼女より早く部室に来たことはない。


 彼女が僕よりあとに来たのは今日が初めてだ。記念日だ! やったね!


 喜んでいる場合ではないことは百も承知。今の僕の手を女子に見せては……見られてはならない。なぜなら、禁断の果実が描かれた崇高な作品が握られているのだから。


「なんで今来たの? 来るならもっと早く来てよ!」


 バレてはならないという思いがあるためか、罵声ばせいとはいかなくとも強く当たってしまう。


「第一声がそれって酷くないですか? それに遅くなったのは立石先輩のせいっスよ」

「僕のせい?」


 真面目で、清廉潔白せいれんけっぱくな僕のせいだと、香崎は確かにそう言った。


 いったい僕がなにをしたというんだ。心当たりがありすぎてわからない。


 まさに今、手に持っている聖書がいけないと言われれば、高校生活は終わりを迎えることだろう。


 香崎はテーブルをバンバン叩きながら、勝手極まりないことを言いだした。


「そっスよ! なに告白オーケーしてくれちゃってるんスか? 立石先輩は好きな人としか付き合わないとか言っときながら、実のところ好きな人なんて存在せず、一生童貞を守り抜くキャラじゃなかったんスか?」


 そんなキャラ演じた覚えはないのだが……。


「おかげで今日は質問攻めにあったじゃないっスか? クラスの連中はもとより、壁を越えて別のクラスまで押し寄せてきて、あまつさえ上級生まで詰問しに来て大変だったんっスよ?」


 香崎の勢いに押されて申し訳ない気持ちになる。そういえば、帰りのホームルームが終わった瞬間に颯爽さっそうとクラスメイトが教室から出て行ったことを思い出す。


「こうなったら責任取って、彼女とさっさとヤって童貞卒業してくるっス!」


 ほのかに頬を赤らめて恥ずかしそうだ。


「ちょっと! 部室にだれもいないからってなに言ってるの?」

「ナニも、カリも、ありません! ねっちょりねちょねちょ、たっぷりどくどく、ヤっちゃってください!」

「本当に! なに言ってるの⁉」

「クリの方が好きっスか? やっぱり先輩も男の子っスね!」

「そういう問題じゃない!」


 ふたりっきりであることをいいことに香崎が暴走してる。


「知ってるんっスよ。2年前に先輩方が作った部誌に官能小説が載っていて、それを……先輩が……い……いやらしい眼で……凝視しちゃってることを……」

「は⁉ そんなわけないだろ!」


 いつ、なぜ、バレたのかはわからない。ただ、それをまさに今、手に持っていることは気づいていないようだ。


 ほっとするのもつかの間、わんぱく娘の行動は摩訶不思議まかふしぎ。予測不能。香崎は突然、立ち上がりどこかへと移動する。


「どこに行くんだ?」

「立石先輩が認めないようなので、実物を持ってくるっス」


 あろうことか香崎は過去の部誌が並ぶ本棚へと向かう。禁断の書物を探してるようだ。


「あれ? おかしいっスね?」


 探しているブツが見つからずに困惑してる香崎は、まるで散らかした部屋を母親が勝手に掃除したことで、どこになにがあるのかを見失った子供のようだ。


 探しても見つかるはずがない。僕が今、手に持っているのだから。


「もしかして、立石先輩お持ち帰りしたんっスか?」

「なんでそうなる!」

「文芸部で男は立石先輩ひとりっス。男はああいうねっちょりしたものを喉から手が出るほど欲しがると聞くっス。ということで犯人は立石先輩ということでいいっスね」

「いいわけないでしょ! 勝手に犯人だと決めつけないでくれる⁉」

「冗談は置いといて、本当どこにいっちゃたんっスかね?」

「さあ、どこいったんだろうね」


 僕の手にあります。まさに! 今!


「いつか読もうと楽しみにしていたのに残念っス」

「そうか……?」


 香崎が言ったことを聞かなかったことにするのは簡単だ。だが、香崎自身で否定するどころか体で肯定してしまう。


 ボンッと頭が沸騰する音が聞こえた。手で顔を隠そうとし、耳まで赤くしてあわあわと困惑してる。


「別に私が読みたいわけじゃないっスよ。勘違いしないで欲しいっス」


 僕はなにも言ってないのに香崎が勝手に暴走してる。


「ひとりで読むのは気が引けるであろう立石先輩のために読み聞かせてあげようと考えていただけっス」


 暴走機関車は止まらない。止まったら爆発する爆弾でも仕掛けられているのだろうか。


「だから、決して私が読みたいというわけではありません。わかりましたか? 立石先輩! 返事は?」

「……うん……わかったよ」


 なにをわからされたのかわからないが、どうやら暴走は止まったようだ。ほっと一安心ひとあんしん


「わかったら先輩が手に持ってるねっちょりした書物をだしてください」

「…………なんのことかな?」


 可能な限り平静を装うとするも、僕の顔は正直だ。さっきから冷汗が止まらない。


「さっきからバレバレなんっスよ。ずっと手を膝の上から離さないでバレないと思ったんっスか? 立石先輩は口で嘘をついても、体は正直なんっスから観念するっス! さもないと立石先輩は部室で官能小説を読んで、いやらしいことをする人だと言いふらしますよ」

「それだけはやめて!」

「ならだすっス」


 どうやら暴走機関車が止まることで、僕が持つ爆弾が爆発したようだ。


 あらぬ誤解を招くため、言いふらすのは勘弁してほしい。


 そっと、テーブルの上にブツを置いて自白する。


「犯人は僕です! すみませんでした!」

「体だけでなく、口も正直になれたっスね!」


 香崎に弱みを握られる形となってしまった。

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