第49話 ちょっと無茶が過ぎたらしい

◇◇


 王都に暮らす人々の混乱は空から見ても明らかだった。

 大人たちは通りを右往左往し、親とはぐれた子どもたちが泣き叫んでいる。


「宮殿に悪魔が現れたことが既に伝わっているようね」


 シャルロットが唇を噛む。どうにかして混乱を収めたいのだろうが、今ここで町のど真ん中に下りても何もできないのは分かっているようだ。

「クロード。早く行きましょう」と手をさらに強く握ってきた。


「ああ。そうしよう」


 俺としても早く終わらせたい。

 そして早く寝たいからな。


 背中の翼を大きく動かし加速する。魔力がかなり消費しているのを感じる。

 やっぱり伝説の魔法を使うのは、体に相当な負担をかけているらしい。

 それでも冬の訪れを感じさせる冷たい風が頬に当たると、目がシャキッとする。


 宮殿が目の前まで迫ってきた。あちこちから煙が立っているのが目に入る。

 どうやら派手に暴れてるみたいだ。


「下りるぞ。しっかり掴まってろよ」

「うん」


 宮殿の中庭に向かって一気に下降する。

 地上に降り立った俺たちは勢いそのままに宮殿の中になだれ込んだ。

 高価な装飾品があちこちに粉々になって散乱している。

 衛兵たちの何人かが倒れているが、みな息はない。


「ひどいわ……」


 シャルロットが顔を露骨に歪めた。だが今は死んだ兵たちのことを想って感傷に浸っている場合じゃない。


「グオオオオオオオ!!」


 遠くからおぞましい雄たけびが耳に飛び込んできた。

 方角は……。


「監獄塔だわ!」

「よし。シャルロット、もう一度掴まれ」

「うん!」


 宮殿から監獄塔までは距離がある。だからエンジェル・ウィングスで飛んでいくことにした。


 しかしなぜ監獄塔なんかに?

 

 その疑問の答えは塔の入り口を多くの兵が固く守っている様子から明らかだった。

 

「あの中にお父様とローズお母様がいるのね」

「ああ、下手に逃げ回るより、難攻不落の監獄に閉じ籠った方が安全ってことだな」


 髪をオールバックにした青年……確かローズの騎士だったな。彼がインジブル・ワイヤーを繰り出し、止めようと必死になっているが、緑の巨体はおかまいなしに鋼鉄の門に拳を打ち付けている。


 さすがは『絶対に脱獄できない』という触れ込みだけあって、頑丈なドアだな。

 しかし大きくヘコミ始めてるから、ぶち破られるのは時間の問題だろう。


 ――ドゴン! ドゴン!


 それにしてもデカい音だ。

 鼓膜だけじゃなくて、腹の中まで振るわせやがる。

 こりゃ、塔の中にいる囚人たちにしてみれば恐怖だよな。

 逃げ場がないところに閉じ込められて、つい目と鼻の先まで化け物が迫っているのだから……。


 あ、もちろん国王と王妃もだな。

 もしかしたら恐怖のあまり、ちびって気絶してるかもしれん。


 さんざんシャルロットを苦しめたツケが回ってきたってことか。


 ざまぁないな。

 

 だがこの轟音の中では、さすがの俺でも気持ちよくひと眠りできない。

 それにシャルロットも「早くジョーを止めなきゃ」と意気込んでいるしな。


 仕方ない。いっちょやってやるか。


 俺は素早くオールバックの青年の横に立ち「ここにいる全員を集めて右腕にインビジブル・ワイヤーを集中させろ」と耳打ちした。

 青年は目を大きくしたが、すぐにうなずき全員を呼び寄せる。

 その間に俺は悪魔の左側に回り込んだ。


「インビジブル・ワイヤー」


 同時に3本のインビジブル・ワイヤーを使って、悪魔の太い腕に絡ませる。

 どうやらオールバックの青年たちの方も右腕にインビジブル・ワイヤーを集中させたようだ。


「グオオオオ!!」


 悪魔の動きが止まる。

 しかしすごい力だ。これだけの手練れが寄り合って抑えているというのに、すぐに魔法のワイヤーは切られてしまうだろう。

 

「シャルロット! 今だ! 悪魔の胸に手を当てるんだ!!」

「うん!」


 シャルロットが弾けるようにして悪魔の前に躍り出る。


「グガアアアアアアア!!」


 空気を切り裂くような声で悪魔がシャルロットを威嚇する。

 だが彼女は怯むことなく、ゴツゴツした岩のような肌に白い右手を添えた。


「ジョーを返しなさい!!」


 シャルロットが一喝した瞬間、彼女の当てた手からまばゆい光が放たれる。


「グアアアアアア!!」


 断末魔の叫び声が響き渡った。

 だが悪魔は最後の抵抗と言わんばかりに両腕を必死に振り回そうとする。


「うああああ!」

「耐えろぉぉぉ!!」


 右腕の方は6人がかり。どうにか抑えられそうだが、こっちは俺だけだ。

 まずいな……。振り切られそうだ。


「くっ!」


 最後の我慢比べが続く。

 しかし既に2本のインビジブル・ワイヤーが切られてしまった。

 白い光の向こうで悪魔の体にひびが入りはじめているのが見える。

 

 もう少しだ。

 だが持ちそうにない……!

 こうなったら!!


「うりゃああああ!!」


 ありったけの力を振り絞ってシャルロットのすぐ横に立つ。

 同時に最後のインビジブル・ワイヤーが切れて、悪魔の鉄拳がシャルロットに向かって振り下ろされてきた。

 

「止める!!」


 両腕を十字にしてその拳を受け止めた。


 ――ドゴォォォン!!


 すさまじい爆音。

 とてつもない衝撃。

 一瞬で体が粉々になってしまいそうな予感が脳裏をよぎる。


「クロード!!」


 シャルロットの金切り声が聞こえる。

 だが何も答えられそうにない。


 さすがに無茶が過ぎたか……。


 そう思ったとたんに悪魔の体から「パリン」と割れる音がした。

 

「シャル……ロット……」


 か細い少年の声が、遠のく意識の向こう側から聞こえる。


「ジョー!!」


 シャルロットの喜びと驚きに満ちた叫び声も耳に届いた。

 どうやらすべてが丸く収まったようだな。


 だったら安心だ。


 もう俺は……必要ないよな……。


 そう確信した直後に、意識がぷつりと切れたのだった――。

 

 


 


 

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追放された元暗殺者の皇子、安眠ライフの為に【究極のアサシンスキル】で無双していたら、いつの間にか敵国で成り上がっていたようで( ˘ω˘ ) スヤァ… 友理 潤 @jichiro16

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