第48話 感動の再会……という訳にはいかないようで

◇◇


「クロード……? 本当にクロードなの?」


 ノーマの宿に到着するや否や、シャルロットが今にも泣きだしそうな顔で俺たちを出迎えてくれた。

 半歩後ろにはリゼットがいる。きっちりと約束を守ってくれたようだな。

 まず彼女に対して、小さくうなずく。

 リゼットは誇らしい顔でうなずき返してきた。

 

「バカァァァァ!!」


 シャルロットが泣き叫びながら俺に抱きついてきた。

 かすかなバラの香りが鼻をつき、くすぐったくなる。

 そっと抱きしめる。柔らかな感触が全身を包みこみ、眠気に襲われる。

 

 だがここで寝る訳には……もとい、感動的な再会にひたっている訳にはいかない。


「シャルロット。力を貸してくれ!」

「へっ?」


 目を丸くしたシャルロットの手を取って、俺はいにしえの魔法の詠唱をはじめた。

 

 一度も成功したことのない魔法……いや、使ってみようとすら考えたこともない、伝説の魔法だ。


 でも『聖女』シャルロットの力があれば――。



「奇跡の翼を我が背に! エンジェル・ウィングス!!」



 全身が白い光に包まれる。背中が焼けるように熱い。でもまだ足りない。

 きゅっとシャルロットの手を強く握る。


「クロード……」


 上目遣いで見上げてきたシャルロットが、俺の手を握り返してきた。

 その手から生暖かい何かが俺の中に流れ込んできた。

 

 これだ! これがシャルロットの力だ!


 背中に魔力が収束していく。

 熱い。熱い。でもこの感覚だ。


 ――バサッ!!


 大きな光の翼が音を立てて現れた。

 やった、と歓喜したい気持ちをぐっとこらえ、シャルロットに話しかける。


「魔を跳ね返し、相手に力を施す――シャルロット。おまえは悪魔なんかじゃない。伝説の聖女なんだ」


「えっ?」


 シャルロットが驚きのあまりに絶句する。

 だがもう一つだけ告げなきゃいけないことがある。それは彼女にとって辛いことだろう。

 でもこの先にもっと辛いことが待っている。

 俺ができることは、彼女のそばにいてやること。

 今も、これからも、ずっと――。



「本当の悪魔はジョーだったんだ。シャルロットの力があれば、悪魔の力を削ぐことができる。あとは俺に任せろ」



「うそ……うそよ! そんなの! いやよ! いやぁぁ!」


 彼女の顔を見ることができなくて、俺は上を見たまま地面を蹴った。

 ふわりとした浮遊感とともに、地上が遠くなっていく。


「しっかりつかまっていろよ」


 返事はない。でも腕にしがみついてくるシャルロットの頬に涙が伝っているのは分かる。


 今言うべき言葉じゃないのは知ってる。

 けど俺の口は、自分の意志とは関係なしに動いた。



「全部終わったら、俺と結婚しよう。二人で安眠をむさぼってやるんだ」

 

 

 こんなクソったれな世の中だから。

 小さな幸せくらい夢見たってバチは当たらないよな。


 だから泣かないでおくれ。シャルロット。


「このクソッたれな世界を笑い飛ばしてやろう。ずっと二人で」

 

 それから俺たちは風となって大空を翔けていった。


 この時だけは、世界は俺たち二人だけのものだった。

 ちらりと横を見る。

 シャルロットの目にもう涙はない。

 どこか吹っ切れたような、凛とした表情だ。自分に課せられた残酷な使命を受け入れたようだ。


 強いな。

 でも、だからこそ……。



「愛してる、シャルロット」

 


 返事はない。

 でも彼女はそっと俺の頬にキスをしたんだ――。

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