第46話 本当の悪魔は別にいた!?

◇◇


「やあ、ドギー。単刀直入に聞こう。あんた、リゼットとつながってるだろ?」


 俺がドギーを問いつめたのは、燃える教会から脱出した翌日のことだった。


「うむ……。どうやら隠し切れんようじゃな……」


 あっさりと認めたドギー。俺はさらに追い打ちをかけるように続けた。


「この館は、先代の国王に追放されたっていうリゼットのじいさんのものだった」

「驚いた。それも知っておったか……。ああ、そうじゃよ」

「俺の予想だが、あんたはじいさんの執事だったんじゃないか? 俺の仕事にも理解を示してくれていたからな」

「うむ。その通りじゃ……」


 地下牢からリゼットを逃がしたのも、俺たちの動きを王宮に知らせていたのも、すべてドギーの仕業。

 ドギーは乾いた笑みを浮かべた。


「驚いたよ。まさかご主人様の孫娘が、王女様の侍女となって、ここに帰ってくるとはのう」


 聞けば、ドギーは食うにも困るほどの貧乏な青年時代を送っていたらしい。

 そこをリゼットの祖父に拾われ、この館にやってきたそうだ。


「こんなわしでもまるで家族のように扱ってくれてな。その恩を報いるためだったら、わしは何でもやる。たとえ王女様に盾つくことになってものう」


 まさに忠義心と自己犠牲のかたまりだ。

 暗殺者にはとうてい考えられない精神に、尊敬の念すらわく。


「クロード。もうよいじゃろう。わしを捕えて地下牢に入れるつもりか? それともこの場で斬り捨てるつもりじゃろうか。いずれにしても、わしはどんな処罰も受け入れるつもりじゃ」

「あはは。勘違いしないでくれ。メアリー以外の侍女が全員逃げた今、猫の手も借りたいくらい忙しいんだ。悪いがあんたを退場させるつもりはない。むしろこれからはさらに働いてもらうぞ」

「ならばどうしてリゼット殿の話をしたのじゃ?」


 俺はニタリと口角を上げた。


「リゼットと取引きがしたい。仲介役をつとめてくれないか――」


◇◇


 悪魔に魔法は効かない。

 アッサム王国では、それが常識らしい。俺はここで初めて知ったけどな。

 一方、グリフィン帝国には、こんな常識がある。


 ――悪を打ち破る力を宿した聖女は、自分の魔力を誰かに分け与えることができる。


 とな。

 単なる迷信でないことを示すように、図書室にある膨大な量の本の一冊に、ちゃんと書かれていた。

 しかも伝説の魔術師が著者だから、真実味がある。

 

「シャルロットのことを、王妃ローズは『悪魔』だと言う。一方、伝説の魔術師の本からすれば、シャルロットは『聖女』となる。果たして、どちらが真実でどちらが真っ赤な嘘なんだろうな?」


 ドギーは「うーむ」とうなったまま、何も答えられなかった。でも苦悶に満ちた表情からして、今まで信じていたことが裏切られた気分だったに違いない。


「俺は王妃と徹底的に戦うつもりだ。だがそのためにはシャルロットの安全を確保する必要がある。そこでだ。リゼットには味方になってほしい。王妃に勝てば、彼女の念願を叶えることができるはずだ」


 ドギーは早速フクロウを使ってリゼットに伝書を送ってくれたよ。

 そうして迎えた国王主催の晩餐会。

 シャルロットが近衛兵たちに囲まれながら応接間を退出したところで、リゼットは俺に右手を差し出してきた。

 言うまでもない。

 俺に味方して王妃と戦う、って決意のあらわれだ。

 その手を右り返すと、彼女はふいっと顔をそらした。


「今までのこと、謝らないわよ」

「謝られるようなことをされた覚えはない」


 彼女は整った小顔をこちらに向けてニコリと微笑んだ。


「ふふ。そういうところ好きよ」


 これでシャルロットの身を案じることなく王妃と戦える。

 だが、その前に厄介なのを片付けておかねばならなかった。


「フェリックスからシャルロットを引き離す」

「どうして?」

「ヤツはクソ野郎だ。ヤツと結婚すれば、シャルロットはさらに不幸になるのは目に見えてるからな」

「まあ、よくもそんなこと言えるわね? フェリックス様のことをよく知りもしないくせに」

「ははっ。それがよぉく知ってるんだな。これが」

「どういうこと?」

「ヤツは俺の実の兄なんだ」

「へっ? そ、そうなの。うん、でもまあ、もうあなたが何者だろうと驚きはしないわ。分かったわ。んで、私はどうしたらいいの?」

「明日、シャルロットの付き添いを願い出て欲しい。王妃なら何の疑いもなく了承するだろうからな」

「ええ、問題ないわ」

「ところで明日の行程を知っているか?」 

「ノーマで1泊することになっている」

「ノーマ?」

「国王様がもっとも大事になさっている場所よ」

「なるほど。日が暮れる前には俺もノーマに入るから、それまでの間、シャルロットを頼む」

「分かったわ」


 こうして俺はリゼットにシャルロットのことを託し、翌日、国王エルドランとの交渉にのぞんだわけだ。

 まだ昼前だったし、馬を飛ばせば、シャルロット一行に追いつくのは造作ないはずだった。

 だが病に苦しむジョーの様子を目の当たりにした瞬間に、ぐらりとめまいを覚えた。


「そんな……」


 頭に小さな角。顔は緑。耳は尖り、鋭い歯がむき出しになっている。

 どこからどう見ても人間とは思えない姿――すなわち悪魔だ。

 ローズの野郎め。本当は自分が悪魔に魂を売ってたってことか!


「た……す……け……て……」


 ベッドの上のジョーが必死に手を伸ばして懇願してくる。

 瞳には、かろうじてかすかな光がともっていた。

 まだ人間としての意識が残っている証だろう。

 今なら間に合う。息の根を止めれば大惨事は免れるはずだ。


「悪く思うな。あんたのためだ」


 小型のナイフを首筋に向かって投げつけた。

 しかしカンと高い音を立てて弾かれてしまったではないか。

 刃が通らない……。

 そのうえ魔法も効かないとなれば、毒しかない。

 ポケットに仕込ませておいた毒を、テーブルの上にあった水で溶かして、ジョーに浴びせる。

 しかしそれも無駄だった。


「ウガアアアア……! は、はやく逃げ……て……。僕の意識が……あるうちに……。ウガアアアア!!」


 まずい。まずい。まずい!

 このままだと王宮内は惨状に見舞われちまう。

 と、そこにアンナの素っ頓狂な声が聞こえてきた。


「クロード。何よ? こいつ……」


 普段はまったく動じないアンナですら、目の前の怪物はヤバいと気づいたらしい。


「とりあえずここを出るぞ」

「うん」


 部屋を出てから足早に階段に向かう。

 

「クロード。これからどうするの?」

「逃がせる人間は逃がすんだ。アンナはマルネーヌの館へ行って、彼女を連れ出してくれ。目標はノーマ。俺も後で合流する」


 アンナは冷めた目を俺に向けたが、すぐにあきらめたように首をすくめた。


「クロードは変わった。前までなら自分の命を守るのが一番だったのに」

「そうか? あんまり変わってないと思うぞ。寝るの好きだし」

「……もう、いい。今度はちゃんと来てよね」

「ああ、約束だ」

 

 俺の返事が終わる前に、彼女は煙のように消えた。

 さあ、次は――。


「エルドラン。宮殿の中の人を連れて今すぐ王宮の外へ出るんだ」

「なに?」

「あんた……。本当に知らなかったのか? 悪魔に姿を変えるのは、シャルロットじゃなくて、この部屋のすぐ下にいるジョーなんだよ!」

「なんだと!?」

「ウソだと思うなら今すぐ下の部屋のドアをノックしてみろ。緑の肌をした息子とご対面できるぜ。命の保証はないけどな」


 そう言い残して、俺はエルドランの元から立ち去った。

 後は彼の決断次第だ。手遅れになっても俺のせいじゃない。

 さてと。

 残るはメアリー、レオ、ドギーの3人か。


 馬を飛ばして館に戻った俺は、中庭の掃除をしていたメアリーに声をかけた。


「メアリー! 急いでキッチンへいってくれ!」

「え? 何か美味しいものでもあるの?」

「違う! どうしておまえはいつも食べ物のことばっかなんだ! レオだよ、レオ。彼を呼んで中庭に出てきてくれ」

「どうして?」

「いいから! 急げ!」


 青い髪を揺らしながらキッチンへ駆けていったメアリー。一方の俺は図書室へ急いだ。


「ドギー! ここを出るぞ!! 悪魔だったのはジョーだったんだ!」


 けど彼は動こうとしなかった。


「わしのつとめは、ここの当主の帰りを待つことなんじゃ」


 あの時と同じ乾いた笑みを浮かべながら――。



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