第42話 一致した思惑と翻弄される王女の運命
◇◇
あれほど何度も刺客を仕向けてきたローズがここ数日は大人しいと思ったら、とんだサプライズを用意してやがった。
まさかフェリックスを利用するとは思ってなかったよ。
いや、もしかしたらシャルロットとの結婚を利用したのはフェリックスの方かもしれない。
アレックスが「グリフィン帝国がまずいことになってる」と漏らしてたからな。
おおかた一時的にアッサム王国と手を結んで、問題が解決したら、あっさり手切れにするつもりだろう。
シャルロットは殺されるか、追放されるか……。いずれにしてもろくな扱いをされないのは火を見るよりも明らか。
シャルロットを王宮から追い出したいローズ。
シャルロットを自分の手ごまとして迎え入れたいフェリックス。
どちらが先に言い出したかはさておき、見事に両者の思惑が一致したというわけか。
何も知らずに翻弄されるシャルロットの運命が哀れでならない。
爆発しそうな憤りをぐっとこらえていると、シャルロットの高い声が響いた。
「嫌よ!! 私は初めて会った男と結婚なんてしたくない!!」
部屋の中はお祝いムードに包まれており、誰も彼女の言うことに耳を貸そうとしない。
不自然な光景だが、考えられる要因は一つしかない。
事前からローズはここにいる全員に根回しをしていたということだ。
どんなに娘がわめこうとも無視するように、と。
それからふと周囲を見回しても、マルネーヌの姿がない。
俺とシャルロットはおびき寄せられたわけか。
となると、シャルロットを宮殿から出すつもりはないのだろう。
その考えが正しいのを示すように、リゼットと数人の男が彼女の周囲を固めている。
どうしたものかと頭を悩ませているその時。肩をポンと叩いたのは髪をオールバックにした青年だった。
「フェリックス殿下がお呼びだ。バルコニーへ行け」
やはり来たか。
このまま一言も言葉を交わさないまま終わるとは思っていなかったからな。
どうせ逃げ道なんてないんだ。
「ありがとう」
俺は青年に礼を言った後、バルコニーへ向かった。
◇◇
部屋の外はひんやりしていて、驚くほど静かだった。
「やあ、久しぶり」
紺色の上着が闇夜に溶け込み、ほんのり上気したフェリックスの顔が浮き上がって見える。余計に気味が悪い。
「何の用だ?」
「あはっ。つれないなぁ。昔はあんなに仲良かったのに」
「ただ挨拶したかっただけなら用は済んだだろ。俺は戻る」
くるりと
当然、フェリックスが大人しく行かせてくれるはずもない。
「ずいぶんと気に入られているみたいじゃないか。ここの王女様に。知ってるぞ。焼け落ちる教会から二人で脱出したんだってね」
ピタリと足が止まる。
振り返りたくはない。振り返ったら負けた気になるから。
「もしかして恋仲かい? 世の女性が俺との結婚を嫌がるなんて、普通ありえないからね」
「思いあがるな」
「あははっ! そうかっかするな。もっと楽しもうよ。俺たちは仲良しだろう?」
俺が近寄ろうとしなかいからか、フェリックスの足音がこちらに向かってくる。
「シャルロットをどうするつもりだ?」
彼は俺の問いに答える前に、すぐ横に並んで腕を肩に回してきた。
「おや? ずいぶんと口調が荒いな。らしくないぞ。もしかしておまえも彼女に惚れてるのか?」
「俺は彼女の騎士。彼女を守るのが任務だ」
「あははっ。俺の
耳にかかる息が酒くさい。うっとうしくてかなわない。
「どうした? もしかしてこの腕が邪魔か?」
その言い方……。
昔からまったく変わってないな。
「いるんだろ? そこら中に」
「あははっ。よく分かってるじゃないか。おまえの後釜を用意するのは大変だったんだぞ」
やはりそうか。フェリックスは暗闇に暗殺者を紛れ込ませている。
今夜は晩餐会だから警備が甘かったのだな。
「俺をどうするつもりだ?」
「もしかして俺がおまえを殺すと思ってるのか? あれほど仲良しだったおまえを? それは心外だな」
「用件を言え」
「そう急かすなよ。夜は長いんだ。とは言え、俺だって男相手に長い時間過ごすのは趣味じゃない。敵国の女どもを抱くというのも、なかなかスリルがあって楽しいからね。おまえもそうなんだろ? もう抱いたのか? あの王女様のこと」
「……黙れ。ゲス野郎」
「あはは。その様子だと、まだのようだね。いいだろう。結婚したら一度くらい彼女の相手をしてやってもいい。用済みになったら捨てるだけだからね。その前に楽しまなきゃ損というものだ」
「てめえ!!」
カッとなってフェリックスの腕を振りほどく。
バルコニーの向こうの闇が一斉に動き出したが、そんなことは関係ない。
目の前にいるクソ野郎を一発殴らないと気が済みそうにない。
「あはは! やっと向き合ってくれたね」
振り上げた腕が止まった。
同時に強い敗北感で胸が苦しくなる。
「安心したよ。おまえにもまだ『感情』というものが存在してくれていたんだね」
再び彼に背を向ける。
「知ってるだろ? 今、グリフィン帝国はかつてない危機に瀕しているんだ。南部のヤツらが反乱を起こしてね。便乗して蜂起した周辺国の兵も加わって、父さんを苦しめているんだ」
知らない。知りたくもない。
今さら親父がどうなろうと、俺には関係ない。
「この危機を乗り越えるにはアッサム王国の兵がいる。だから父さんは俺に命じたんんだ。おまえだけの力でアッサム王国と手を結べとね。俺はその任務を果たせねばならない。けどこの国のケチな国王は、俺たちと手を結ぶのに酷い条件をつきつけてきてね。それが『グリフィン帝国の皇子とアッサム王国の王女の結婚』だったわけだ。そうすれば、両国は家族になる。信頼できるってね」
家族か……。
本当に家族ならば信頼できるのか?
目の前のゲス野郎は、血の半分つながった家族の俺に何をした?
しょせんは戯言だ。
本音はお互いにシャルロットを利用したいだけのこと。
反吐が出る。フェリックスだけでなく国王エルドランに対しても。
「俺だって興味のない女を嫁にもらうなんて不本意さ。おまえもよく知ってるだろうに。俺は年上の女が好きなんだってね」
それこそ本当に興味はない。
「欲しいのはアッサム王国の兵だけ。あとはいらない。ただそれだけのことさ」
「何が言いたい?」
「雑用を頼まれてくれないか? 褒美はそうだな……。王女様ってのはどうだ?」
俺は初めて自分から振り返った――。
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