第43話 俺の相棒がえらく怒っているらしい

◇◇


 晩餐会の翌日。

 シャルロットはフェリックスに連れられてグリフィン帝国へ発つことになった。


「嫌よ!! 絶対に嫌!!」


 彼女がどんなにわめこうとも、冷たい現実は変わらない。

 お供するのはリゼット。シャルロットが逃げ出そうものなら、即座に斬り捨てるつもりなのだろう。

 帝都に着くなり軟禁されるのは目に見えている。

 用済みになれば、身ぐるみはがされて宮殿を追われるだろう。

 いや、その前に悪魔に姿を変えて、宮殿を血に染めるかもしれない。

 案外、エルドランはそれが狙いなのかもしれないな。


「クロード! クロードはどこなの!? 彼をここに連れてきなさい!!」


 彼女の切り裂くような声が聞こえてくる。不安、焦り、憤り……色々な感情がつまっている。すぐにでも駆け付けたい衝動にかられたが、俺は俺で身動きが取れない状況だった。


「ちみも運がいいねぇ。聖騎士として陛下に仕えることになったなんて」


 ここは宮殿の片隅。俺はここで待機せよと王妃に命じられていた。

 目の前にはマクシムと屈強な男が2人。

 2人くらいであれば眠らせることは造作ない。

 だがそうしないのは、少し離れたところでさらに二人の刺客がいるからだ。


 ――おまえが雑用をやり遂げることができたか、確かめる人が必要だろう?


 彼らはフェリックスから送られてきた目付めつけ。

 よりによって俺を拷問した男たちだから虫唾が走る。

 しかも帝国きっての手練れときているからたちが悪い。

 俺一人が正面きって二人を相手するのは不可能だ。


「ちみは信用が置けない。だからわざわざあてくしが陛下のお戻りになるまで目付けとしてちみを見張っているのであーる。このあてくしがですよ。感謝なさい」


 国王エルドランはシャルロットの見送りにいっている。

 さっきちらりと顔が見えたが、娘との別れの割にはまったく悲しむ様子はなく、むしろ吐いた後のようなすがすがしい表情をしていたな。

 そりゃそうか。悪魔の化身を穏便に追い出すことに成功したんだから。


 どいつもこいつも腐ってやがる。

 シャルロットに何の罪があるって言うんだ。

 たまたま辛い宿命を背負って生まれてきただけじゃないか。

 彼女を愛してはいけない理由にはならない。


 それなのに、シャルロットは今、四面楚歌。

 針のむしろに座る思いをしているだろうよ。


 ――大丈夫だ。日が暮れる前には迎えにいくから。いいか。どうしようもなくなったら、ハッタリをかますんだ。真実とウソを織り交ぜれば、絶対に見破られることはないから。そして隙を見て逃げだせ。


 別れ際、そう伝えておいたが、泣きじゃくるシャルロットの耳に届いていたか分からない。


「クロード!!」


 シャルロットの泣き叫ぶ声がどんどん遠ざかっていく。

 

 会いたい。

 会って、抱きしめたい――。


「もうすぐ陛下と王妃様がお戻りであーる。あてくしは王妃様のティータイムの準備がありますからね。あとのことはこの2人に任せるとしましょう」


 マクシムと入れ替わるようにして、屈強な男が2人、俺の横に立つ。


「おい、ちみ! くれぐれも無礼のないようにな!」


 マクシムはそう言って立ち去っていった。

 エルドランが戻ってくる、か……。


 ――エルドランを殺せ。


 フェリックスに命じられた雑用とは、例のごとく暗殺だった。

 今、国王が死ねば、王位が空く。

 その座をフェリックスがいただくというのだ。

 

 ――父さんはアッサムと手を結べ、と言ってたけどね。俺は納得がいかなかったよ。なんで『アッサムを乗っ取れ』と命じてくれなかったのか、と。そして気づいたんだ。これは俺に対するテストだ、と。つまり期待以上の成果を挙げてくるか、父さんは俺を試しているのさ。もしおまえが雑用を済ませてくれたら、約束通り、王女様はおまえにやろう。どうだ? 悪い条件じゃないと思うが。ああ、言うまでもなく、それまでは王女様に指一本触れないと約束するよ。でも知っての通り、俺は短気だからな。今日の日が暮れるまでに済まさなかったら……。あはは。そう怖い顔するな。ちゃんと仕事をしてくれれば、問題ないんだからね。あははははっ!


 相変わらずフェリックスは親父のことを何一つ分かっちゃいない。

 アッサムを乗っ取ることなんて、彼は求めてないだろうよ。

 どうせ南部の反乱というのも、フェリックスが甘い誘惑に負けて引き起こされたことに違いない。

 その反乱さえ収まってくれれば、なんだっていいはずなんだ。

 だって親父はただ――。


「まあ、どうでもいいか……」


 そうつぶやいた直後。横にいた二人が同時に倒れた。

 血は流れていないが、息をしていない。

 毒で即死か。

 やったのは目の前にいる、瘦せこけた二人だな。


「貴様。自分のやることが分かってるんだろうな?」

「いひひ。雑用だよ。雑用」

「もしフェリックス様の命令を破ってみろ。どうなるか、その身が一番よくわかってるだろう。ぐふふ」


 ああ、よく分かってるよ。

 人を痛みつけるのがあんたらの趣味なんだろ?

 いまだに背中にはいくつもの傷の跡が残っている。

 全部、あんたらにつけられたものだ。


「おまえは一生、俺たちのおもちゃなんだよ。いひひひ!」


 そうか。おもちゃ、ね。


「むっ? 何がおかしい?」

「いや、身の程を知らないヤツってのは哀れだな、と感じてね」

「なにぃ?」


 二人ともおもむろにナイフを取り出した。

 じわりじわりと俺ににじり寄ってくる。


「いひひ。ちょっとくらい『味見』してもいいよな?」

「ぐふふ。皮を一枚ずつはぐぐらいなら、フェリックス様も許してくれるに違いない」


 身の程知らずほど、目の前に美味しいエサがあると、周囲がとたんに見えなくなる。


「残念だ。同郷の者が愚かでな」

「いひひ! その減らず口の皮をそぎ落としてくれるわ!」


 二人がほぼ同時にナイフを振り上げる。周囲が見えなくなった彼らに忍び寄ったのは、縞模様が特徴の蚊。

 彼らの腕にとりつくと、チクりと針を刺した。


「あぐっ!?」

「ぐへっ!」


 二人の動きがピタリと止まる。

 俺はため息交じりに首を横に振った。


「ナンゴクシマカ、という蚊なんだそうだ。意識を保ったまま半日は体が麻痺して動けなくなる。だが安心してくれ、半日たてば元通りになるからな」


 俺は二人をそのままにして、その場を後にし始めた。


「あ、あう……」


 待て、とでも言いたいだろうか。

 あ、けど肝心なことを言い忘れてたな。


「そうそう。人間って面白いもんでな。自分が痛みつけられるより、友人が痛みつけられる方がムカつくらしい。おまえら、俺をさんざんいたぶってくれただろ? そのことで、俺の相棒がえらく怒っているみたいでね」

「んっ!?」

「あががっ!!」


 二人の顔が青くなる。

 と同時に黒髪の少女……アンナが彼らの背後にぬっと姿をあらわした。

 

 ――シャルロットと俺が戻らなかったら宮殿に忍び込むんだ。虫を使って居場所は伝えるから。


 アンナの顔に笑みはない。


「ミクロタランチュラは酸に強い。生きたまま相手の胃の中に入って腹を食いちぎる」

「あう、あうっ!!」

「あががが!!」


 今度は「助けて!」ってか。

 虫が良すぎるぜ。それに俺は『雑用』をすませなくちゃいけないんだ。

 国王を相手にね――。


「安心して。半日だけ激痛に耐えれば死ねるから」


 そう告げたアンナは、無表情のまま、大量のクモを二人の口に流し込んだのだった。

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