第40話 晩餐会への招待

◇◇


 王都で焼き殺されそうになってから今日で3日。

 あの日以来、クソババアこと王妃ローズは、シャルロットにちょっかいを出してこなくなった。

 それどころか、食材の仕送りまで再開してくれたのだから、かえって不気味だ。


「大丈夫」


 送られてきた食材に放っていたゲドクアントというアリの様子を見ながら、アンナがつぶやいた。このアリはあらゆる毒を感知する能力があり、毒が近くにあると体の色が緑から赤に変わる。30匹のアリの色はすべて緑のまま。つまり毒はない。


「何かの前触れなのか……」


 本気で心配する俺をよそに、メアリーがリンゴを1個かっさらって笑顔を見せた。


「うふふ! 美味しいものがお腹いっぱい食べられる――それだけでいいじゃない!」


 リンゴをひとかじりしたメアリーは、「あまぁぁい!」と顔をとろけさせている。

 その幸せそうな表情を見て、確かに今は深いことを考えなくてもいい気がしてくるから不思議なものだ。


「アンナ。今日のシャルロットの紅茶はストレートに角砂糖が2つ」

「絵を描く」

「そうだ。俺がそばにいると」

「『絵を描きづらい』と文句を言う」

「だから」

「私がそばにいるべき」


 さすがアンナだ。

 シャルロットのルーティンと性格を教えただけで、俺の言いたいことを、すべて理解してくれる。


「頼んだよ」

「終わったら一緒にいてくれる?」


 上目遣いのアンナが頬を桃色にして、甘えた声で言う。

 またいつものクセだな。ここで甘やかせても彼女のためにならない。

 それに俺にはやるべきことがあるからな。


「いや、そんな暇はない」

「むぅ……」

「さあ、早く行くんだ。また一人で待たせると怒らせるぞ」

「分かってるもん。バカ」


 シャルロットやアンナはどうして俺をバカあつかいしたがるのか……。

 よく分からないが、まあ、どうでもいい。

 アンナを見送った後、俺は図書室へ向かった。

 調べなきゃいけないことがあるし、それからもう一つ――。


◇◇


 常に不測の事態に備える、という心がけは、暗殺者だった頃から守ってきたし、騎士となったこれからも変えないつもりだ。

 しかしあまりにも予想外のことが起こったならどうするか?

 

 ――自分の信じるままに突き進む。

 

 これしかないと俺は考えている。



 この日の昼過ぎ。

 またマクシムが懲りずにやってきた。

 しかし今までのような高圧的な態度ではなく、気味悪いほど腰を低くして、用件を告げてきたのである。


「なに? 今夜、宮殿で行われる晩餐会に俺とシャルロットの二人で出席しろだと?」

「さようでございます。王妃様たってのお願いでございますゆね。どーかお足を運んでいただきますよう、シャルロット殿下とクロード卿にはご承諾いただきたいのです。はい」


 てかてかのおでこを白いハンカチで拭きながら彼は頭を下げている。

 いや、明らかにトラップとしか言いようがないだろ。

 

「考えておく」

「今から出立しませんと、間に合わないのでございます。はい」


 ロビーで問答をしていると、絵を描き終えたシャルロットが、アンナとメアリーを連れてやってきた。


「どうしたの?」

「んまぁ! シャルロット殿下! ちょっと見ないうちにお美しくなって!」


 わざとらしいお世辞だ。

 乗せられやすいシャルロットですらドン引きしている。


「あんた誰?」

「あたくしをお忘れでございますか? 王妃様の執事をしているマク……」

「あ、思い出したわ。ズレ執事でしょ」

「はい?」

「だぁかぁらぁ。カツラがいつもちょっとずれてる執事、略してズレ執事でしょ」

「んまぁ!」


 おい、待て。ここでみんなを笑わせてどうする。

 脇に控えているアンナとメアリーが顔を真っ赤にして大爆笑してるじゃないか。


「んで? 私に何の用なの?」


 プルプル震えながら、しきりに頭頂部をいじっていたマクシムがコホンと咳払いをして姿勢をただした。


「今夜、陛下が主催される晩餐会に、シャルロット殿下とクロード卿を招待せよと、王妃様からのご命令でございます。ついてはあたくしが用意した馬車にご案内いたします。はい」

「嫌よ。むざむざ殺されにいくようなもんじゃない。あんたバカなの?」

「んまぁ! なんて口のききかた! ああ、嘆かわしい……」


 いい加減、このくだりは飽きてきた。

 これ以上、食い下がるようなら無理やりにでも追い出すしかなさそうだな。

 だがマクシムは意外なことを口にしたのである。


「せっかく王妃様のお計らいでマルネーヌ様もお見えになるというのに……。シャルロット殿下がいらっしゃらないようでしたら、たいそう悲しむでしょうな。はい」


 シャルロットの顔が一瞬で引きつった。


「誰が悲しむですって……?」

「だからマルネーヌ様が――」

「あんた!! 恥を知りなさい!!」


 シャルロットが雷鳴のように怒鳴ったのも無理はない。

 もしシャルロットが晩餐会にこないようなら、マルネーヌの身に何があってもおかしくない、ということだからな。いわゆる脅しだ。


「いや、あたくしは、あの、そのぉ……」


 大きなおでこに冷や汗をかきまくっている様子からして、マクシムは何も知らないようだな。

 俺はシャルロットの肩にそっと手を置き、彼に告げた。


「分かった。今から支度をするから少し待って欲しい」


 いったい何を企んでやがる。

 まあ、いい。また跳ね返してやるさ。

 心配そうに俺を見上げるシャルロットに、俺は微笑みかけた。

 安心してくれ、って思いを込めて――。


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