第38話 聖騎士、誕生

◇◇


 教会に誰もいない――。

 それが察知した異変。


「シャルロット。話は後だ。行くぞ」

「えっ?」


 目を丸くしたシャルロットの手を取り、ドアの方へ急ぐ。

 だがドアが開かない。押しても引いてもダメだ。


「外から鍵をかけられたみたいだ」

「クロード、どういうこと?」


 そう聞かれても俺にだって事情は分からない。

 もし相手が暗殺者で、ターゲットを木製の建物に閉じ込めたなら、やることは一つしかない。


「教会ごと焼く気か」

「うそ……」


 もう一度耳に集中する。教会前広場のさらに向こう側の音を探るんだ――。


「倒壊の恐れがあるから焼き払えと、王妃様からのご命令らしい」

「そんなの初めて聞いたわ」

「不都合なことはギリギリまで隠すのが王族のやり方さ」

「もうすぐ夜なのに今から焼き払うの?」

「人が少ない時間帯にやらないと、危ないからだそうだ」

「全員が広場から出たら火をつけるみたいだぞ。さあ、俺たちも離れよう。ここは危ないから」


 人々の声が遠ざかっていく。

 代わりに周囲に油をまく音が聞こえてきた。


「本気で焼き殺すつもりかよ……」


 血相を変えたシャルロットがドアをドンドンと思いっきり叩き出した。


「この教会を焼くなんて、絶対にさせるものですか!! 今すぐここを開けなさい!! 王女の命令が聞けないと言うの!? 開けなさい!!」


 当然、返事なんて返ってこない。

 しかしシャルロットはあきらめようとしなかった。

 涙を流しながら「開けなさい!!」と叫び続けている。


「ここはお母さまの教会なの!! お願いだから、やめて!!」


 孤独だったからこそ家族との思い出を誰よりも大事にしているのかもしれない。

 悲痛な声が胸を揺さぶる。

 王妃ローズは、シャルロットの心を見透かし、亡き者とするために利用したということか……。


 クソったれめ。

 

 しかし今は王妃に憤っている場合ではない。

 どうにかしてここから脱出しなくては……。

 だが扉という扉はすべてふさがれているのは間違いない。もしこじ開けたとしても、王妃の手下どもが待ち受けているも明らかだ。


「まいったな……」


 思わず天井を見上げる。

 ……と、そこであることに気づいた。


「塔か……」


 ここには2つの塔がそびえ立っているのを思い出した。

 外に出る扉はないが『窓』はあるはず。しかし窓から飛び降りたらどうなるか……。結果は言うまでもないよな。

 どうしたらいい?

 ドアから灰色の煙が立ち込めてきた。もう迷っている時間はない。


「上にあがるぞ!!」

「えっ?」


 急いで階段を探す。途中、壁に立てかけてあったほうきを手に取った。


「あった! あそこだ!」

「塔をのぼってどうするのよ!?」

「窓から脱出する」

「は? 本気で言ってるの!?」


 とても正気には思えないよな。実際のところ俺も自分でそう思う。

 塔は8階建て。

 最上階の窓は意外にも大きくて、二人で一緒に外へ飛び出すことはできる。

 もちろんこれを作った人はそんなバカげたことをするなんて、想像すらしていなかっただろうけど。


「どうやって脱出する気なの?」


 眉をひそめたシャルロットがせかすように問いかけてきた。

 俺は窓を開けた後、手にしていた箒を持ち上げた。


「その昔、魔女は箒を使って飛んだらしいな」

「あんた……。まさか……」

「魔女にできて、俺にできないなんて理屈あってたまるか」


 ありえない、ってのは、自分でもよく分かってるよ。

 けどこの可能性にかけるしか、もう道は残されていないんだ。


「そんなおとぎ話……。本気で信じてるの?」


 シャルロットが首を小刻みに横に振る。

 だが俺は信じてる。いや、おとぎ話のことじゃない。

 自分の可能性ってやつを信じてるんだ。

 けどシャルロットにそんなこと言っても通じないだろう。

 だから別の言葉で励ました。


「小さい頃、おとぎ話を本気で信じてたんだろ? だったら信じるんだ。今も、そしてこれからも」


 箒をまたいで魔力をこめる。

 魔法の基本は想像力だと、暗殺者だった頃に習った。思い描いたことを現実にするイメージをふくらませる。そこに魔力を流し込むのだと。

 箒に浮力を持たせるイメージをする。

 どこまでも飛んでいってしまいそうなくらい、軽く、軽く、軽く――。


 ――ふわっ。


「浮いたわ!」


 シャルロットの声が弾ける。だが浮いたのはほんの一瞬だけ。この状態で窓から出るのは無謀の極みだ。しかし煙はもう足元まで迫ってきている。塔がいつ焼け崩れてもおかしくない。


「シャルロット! 俺の背中につかまれ!」

「うん!」


 一か八か。やると腹をくくれば、怖さはどこかへ吹き飛んだ。

 大きく開いた窓から勢いよく飛び出した。

 だがとたんに真っ逆さまに落ちていく。

 地面に叩きつけられれば一巻の終わり。そういう訳にはいかない。

 一心不乱にイメージを膨らませ、魔力を箒に流し込む。


「いっけぇぇぇぇ!!」


 渾身の願いをこめて叫んだ。


「浮いてぇぇぇぇ!!」


 シャルロットも俺と声を合わせて叫ぶ。

 二人の大声が紫色になった空に吸い込まれていったその時――。


 ピタリと落下が止まったのだ。

 それだけじゃない。

 シャルロットの手が熱くなりまばゆい光を放ちだしたのである。


「なんだ?」

「私に聞かれても分からないわよ」


 とたんに彼女の手を通して、俺の背中から膨大な量の魔力が流れ込んでくるのが分かる。

 そしてその圧倒的な魔力は俺の手から箒へと伝わり、箒がほのかに光り出した。


 ――ギュンッ!!


 俺たちを乗せた箒が星空に向かって一直線に上昇をはじめた。

 8階建ての塔のはるか上空で止まる。下に目を向けると、俺たちを見上げている多くの人たちがまるでアリのように小さく見える。

 そうしてしばらく上空を旋回した後、箒は意志を持っているかのように、馬車の置いてある方角へ向かってゆっくりと飛んでいった。


「やったのか……」

「あはは!! やったわ! クロード! 私たち星になってる!!」


 厳密には星になれるわけがない。

 ……が、下から見上げている人々にしてみれば、流れ星のように映っているのかもしれないな。

 大空を羽ばたく鳥というのはこんな気分なのか。

 行く手をふさぐものは何もない。

 今、この一瞬だけ、真実の自由を得た、そんな気分だ。


「ねえ、あれってシャルロット様よね」

「じゃあ、あの黒髪の男は執事のクロード?」

「そうよ! 騎士に任命されたばかりのクロードよ! 絶対にそうに決まってるわ!」


 地上からシャルロットと俺の名が出たような気がしたが、きっと気のせいだろう。

 王宮から出たことのない彼女の顔を知っている者なんていないはずだからな。

 シャルロットの抱きつく力がほんの少しだけ強くなり、背中にうずめた頬が濡れているのが分かった。興奮と感動、それに喜びから出る涙なのは、彼女の手から伝わる熱からして確かだ。

 秋の風は心地よく、澄んだ空には星が無数にまたたいている。

 

 ――『幸せ』なんてものは色んなパターンがあった方がいいじゃないか。


 ああ、アレックス。ようやくおまえの言ってることが理解できそうだ。

 今の気分は最高だよ。

 寝ることと同じくらうにな。

 おまえの言う『幸せリスト』ってやつに加えてもいいと思う。

 しばらく空中散歩を堪能した後、シャルロットが声を弾ませた。

 

「私ね! 決めたの!!」


 彼女はその先を言わなかったから、いったい何を決意したのか分からない。

 それでもキラキラさせた目を見れば、彼女も『幸せリスト』に何かを加えたのは確かだろうな。


「帰るか」

「うんっ!」


 馬車の前で降り立った俺たちは王宮に戻ることにした。

 あいにく買った食材はすべて教会の中だ。今頃は丸焦げになっちまってるだろうな。

 まあ、パンとチーズくらいは館に残ってるだろ。

 シャルロットは馬車に揺られながら気持ちよさそうに寝ている。

 どんな夢を見ているのか分からないが、その寝顔はとても幸せそうだった。


 その翌朝。王都の広場にある巨大な掲示板に一枚の速報が張り出された。


 ――焼き崩れる教会から、騎士クロードが王女シャルロット様を救出! その活躍は『聖騎士パラディン』に相応しいものだ。詳しい内容はアッサム新聞の朝刊にて!


 この国で言う『聖騎士パラディン』とは、騎士の中でも最高クラスらしく、王族の危機を救った者だけに与えられる、一種の勲章みたいなものらしい。

 その『聖騎士』として俺は、人々から賞賛されるようになったのだが……。

 昼まで爆睡していた俺が知るはずもなかったんだ。


 

 

 


 

 

 

 


 

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