第37話 呪われた王女だって恋がしたい!

◇◇


 アッサム王国の王家には「国王の子どもを一番最初に産んだ女性が王妃となる」という一風変わったしきたりがある。

 そして現在の国王、つまり私のお父さまにはローズとソフィアという二人のおきさき候補がいた。

 彼女たちは絶世の美女と世間にもてはやされた実の姉妹。容姿や声、振る舞いや学業の成績など、何か何までよく似た姉妹で、負けず嫌いな点も同じだった。つまり二人とも王妃の座を譲るつもりはなかったのだ。

 

 二人の優劣は神様ですらつけがたかったみたいで、なんと彼女たちは同時に子どもを産んだの。

 姉のローズの子は、男の子で『ジョー』と名付けられた。

 妹のソフィアの子は、女の子……そう、私、シャルロット。


 王宮は騒然としたらしいわ。

 だってしきたりに従えば、ローズとソフィアの両方を王妃として認めなくてはいけないのだから。

 何週間にもわたってどちらを王妃とするか、王族や公爵の間で話し合いがもたれたのだけど、結論は出ず、結局二人とも王妃として宮殿で暮らすことになったの。


 こうして私には『二人のお母さま』ができた。


 二人のお母さまは、元々は仲良しだったから、この結果を喜んで受け入れた。

 互いの子を我が子のように愛し、食事も共に過ごした。

 ジョーは生まれた時から虚弱体質で、私はいつも彼の面倒を見ていたわ。

 建て前上、ジョーが兄で、私が妹、ってことになったけど、そんなことは私たちにとってはどうでもよかった。

 私たちはとても仲良く過ごした。

 ジョーも私も絵を描くのと、本を読むのが大好きでね。

 互いの絵を見せあいっこしたり、本を読み聞かせたりしたわ。


 とても幸せな日々。

 いつまでも続くと、何の疑いもなく思ってた。


 でも現実は違ったの。

 それは、私の本当のお母さま――ソフィアお母さまが10年前の流行り病で亡くなったことがきっかけだった。

 葬式が終わり、お父さまに頼み込んでソフィア慈愛教会を建ててもらった後、私は理由も聞かされず宮殿の一室に閉じ込められ、家族に会うことすら許されなくなってしまったの。

 

 ――ここから出して!!

 

 食事を運んでくる鉄仮面の近衛兵に何度も懇願したわ。

 でも彼らは私に声すらかけなかった。

 

 ――誰か!! 私をここから出して!! お願いだから!!


 そんな風に泣き叫んだのは最初の1年だけ。

 3年もたてば、すっかり心はすさんでしまって、何も感じなくなっていたわ。

 本を読んでは空想を膨らませ、絵の中で夢を叶える日々。


 おとぎ話によくある、『不幸なお姫様を、白馬に乗った王子様が助けにくる』って展開がとても好きだった。

 いつか自分にもそういう王子様があらわれるんじゃないかって、本気で思ってた時もあったわ。

 おとぎ話が現実になるわけなんてないのにね……。


 そうして5年がたったある日。

 私はローズお母さまに呼ばれて、本当に久しぶりに自分の部屋を出たの。

 心のどこかで、まだほんの少しだけ希望を持っていたんだと思う。

 赤い絨毯が敷かれた廊下を一歩踏み出すたびに、胸が高鳴ったわ。

 でも、そんな小さな希望すら、ローズお母さまは打ち砕いた。


 ――シャルロット。あなたには『悪魔の呪い』がかけられているの。


 聞けばソフィアお母さまとローズお母さまが王妃の座を巡っていた時、先に懐妊したのはローズお母さまだったらしい。

 それでもあきらめなかったソフィアお母さまは、あろうことか『悪魔の使い』と秘密の約束をして、悪魔の子を身籠り、妊娠してから6か月しかたっていないのに私を産み落としたとのこと。


 つまり私の本当の父親は悪魔で、私には悪魔に姿を変える呪いがかけられているというのだ。

 そんな話を信じろ、という方がおかしい。

 でも信じざるを得なかったのは、私に特別な能力があると知ったから。

 それは『いかなる魔法も効かない』というもの。

 この世界では色々な魔法が存在する。

 傷や病気を癒したり、火を起こしたり、水を出したりね。

 この世界では『神の与えた奇跡』と言われていて、とても神聖なものなの。

 でも、それらの魔法を私はすべて無効にしてしまう力があるというのだ。

 そしてローズお母さまが見せてくれた本には確かにこう書かれていた。


『あらゆる魔法を打ち破る者。それを悪魔の子というなり。悪魔はその者が成人するまでに体を乗っ取る。悪魔は周囲の人を殺し、世界を恐怖に陥れるだろう。さらに悪魔はその者の意識を閉じ込め、愛しい人を自分の手で殺すのを見せつけ、その者を地獄の苦しみにいざなうのである』


 と……。

 ローズお母さまいわく、ソフィアお母さまの遺品を整理していた折、この呪いについて書かれた日記が見つかったというのだ。


『私はあの子に酷いことをしてしまった。ああ、あの子が悪魔に姿を変えたなら、真っ先に私が食われよう。それが私にできるせめてもの罪滅ぼしだから……』


 確かにソフィアお母さまの字だったわ。

 私は愕然として、その場から動けなくなってしまった。

 そんな私の背中を、ローズお母さまは、とても優しくなでてくれた。


 ――あなたを遠ざけていたのは、私たちが『家族』であることを忘れさせるためよ。私たちだって辛かったのよ。でもあなたのためだったの。分かってくれるわね。


 もはや悲しみも怒りもわいてこなかった。

 ただ一つ。たった一つだけあふれ出した心の叫びを、私はローズお母さまにぶつけた。


 ――私をあの部屋から出して!!


 ローズお母さまは、私の願いを予想していたみたい。

 驚く素振りすら見せずにさらりと返してきた。


 ――ええ、そうね。あなたは13歳。成人するまであと7年。もういつ悪魔に姿を変えてもおかしくないわ。だから国王様もついに決断したの。あなたを宮殿ここから出すと。


 ようやく目から涙が流れ落ちたのを、今でもよく覚えてる。

 同時に「なんで私は生まれてきたんだろう」って、虚しさに胸が締め付けられた。


 ――いいこと? あなたが悪魔に変わった時に、苦しまないように一瞬で首をはねる役目を、リゼットという近衛兵に任せることにするわ。彼女の剣の腕前ならきっと役割を果たしてくれるはず。それにあなたの好きな本を図書室にたくさん用意させたわ。あなたの秘密は図書室の主、ドギーにも伝えておきます。他の人間に心を許したらいけませんよ。あなたが苦しむだけなんだから。


 ――分かってます。私は……。誰とも仲良くするつもりはありません。


 ――言うまでもないと思うけど、恋も……。


 ――恋なんて絶対にしません。その代わり、これからは好き勝手生きてやります。


 自暴自棄とも言える宣言にも、ローズお母さまは何も口出ししようとしなかったわ。ただ憐れむような目を私に向けていた。

 その目が嫌で、逃げるように宮殿から今の館に越してきたの。

 そして今まで5年間、本当に好き勝手やってきた。

 侍女たちが私の事を陰口をたたいてたのを耳に挟んだことだってある。

 もちろん即刻クビにしたわ。

 そのせいで他の侍女が苦労しようが、私の知ったことではないもの。

 でもそんな事情も知らずに、新しくやってきた執事は「1分でも長く寝たいから、これ以上、侍女に辞められたら困る」と言い放ったの――。



 そこで言葉を止めたシャルロットが俺をみつめてきた。

 驚いたな……。

 まるで自分の生い立ちを聞いているみたいだ。

 一方は死神で、一方は悪魔か……。

 ほんとそっくりだ。


「クロード。悔しいけど、あなたが現れたおかげで、私は変わったわ」

「そうか。そいつはおめでとう」

「別にめでたくなんてないわよ。本当は好き勝手やってた方が幸せだったかもしれないんだから」

「……だったら何が言いたい?」


 シャルロットはふいっと顔をそらした。


「鈍感……」


 鈍感? むしろ俺は敏感な方だぞ。特に『耳』はな。


「私ね……。ローズお母さまに宣言したことを破ろうかなって思ってるの」

「いいんじゃないか」


 再びシャルロットが俺の方を向く。顔がこわばっている。がらにもなく緊張しているようだな。


「別に今さら何しようと、クソバ……王妃も許してくれるさ」


 そう励ました俺に対し、彼女はスカートのすそをきゅっと掴みながら、声を震わせた。


「だったら私……。恋をしたいの」

「恋? もしかしてアレックスと風呂に入った日に言ったことを気にしてたのか?」


 ブルブルと首を横に振ったシャルロットは、目を潤ませながら俺に一歩詰め寄ってきた。


「私ね――」


 だが俺の耳は、彼女が何か言う前に異変を察知していた。


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