第32話 新しい侍女の名は……アンナ・ゾーン

◇◇


 もし任務の途中で依頼人がピンチに陥ったらどうするか。

 答えは簡単。だって依頼人が死んだら、任務を遂行しても報酬がもらえないんだぜ。だから任務よりも依頼人の方が大事だ。何がなんでもその場から逃がせ――。

 

 彼はそう教えてくれた。

 いつだって彼の口からは真実しか語られなかった。虚飾と欺瞞で溢れかえったこの世界で、唯一信じられるものは彼の言葉だけだった。

 それなのに……。


 ――おい、クロード。アンナはどこだ? ヤツも敵に顔を見られたんだろ? 早くヤツの居場所を吐け!

 ――さあな。女の居場所なんか俺が知るかよ。もっとも……もし知っていたとしてもてめえみたいなクソに教える筋合いはないがな。

 ――きさまぁぁぁぁ!!


 なぜあなたはあの時、真実を言わなかったの?

 どうして痛みつけられるのを知っていて、私みたいな世の中で必要とされていない女を助けたの?

 私はその答えを聞きたいの――。



「シャルロット様は悪魔に体を乗っ取られる呪いにかけられている! もし悪魔に姿を変えれば、近くにいる者たちを容赦なく襲い、殺すことになる! よって早々に成敗せよと、国王様および王妃様からのご命令よ!!」


 赤毛の女は、細身の長剣を高らかに上げながら、そう叫んだ。服装からしてアッサム王国の近衛兵。勲章の数が多い。となると相当な剣の腕前。魔法はどうか? まだ分からない。


「きゃああああああ!!」


 謁見の間から次々と侍女たちが逃げ出す。残ったのは、私の隣に立っている青い髪の女だけ。たしか私を面接した――残念だけど、名前は覚えてない。

 髪と同じくらい青い顔色して、膝もガクガク震えてるけど、一歩も動こうとしない。


「どうしたの? メアリー。早くここを立ち退きなさい」


 赤毛の女が柔らかな声でそう言った。

 そうそう思い出した。青い髪の女はメアリーだ。


「いや……です……。だって、シャルロット様は悪魔なんかじゃありませんもの……。ですよね? シャルロット様」


 メアリーがつぶらな瞳に涙をためながら、私の背後にいるクルクルツインテールの少女に問いかける。あ、彼女がこの国の王女、シャルロットね。私の新しいご主人様。人形みたいに綺麗な顔立ちなのに、悪魔の呪いをかけられてるなんて、人生皮肉なものね。


「リゼットの言ってることは本当よ」


 あら、あっさり認めちゃうんだ。それから赤毛の女はリゼットって名前なのね。うん、もう覚えたわ。


「ウソ……」

「ウソじゃないわ。だからメアリー。怖いならあんたもいなくなればいい」

「いや……。いやぁぁぁぁぁぁ!!」


 あーあ、メアリーがへたり込んで泣き出しちゃった。

 リゼットも困ってるじゃない。

 雇われた初日なのに、すごいことに巻き込まれちゃったわね。私って、やっぱり不幸を運んでくる宿命を背負ってるんだわ。

 ご主人様が赤毛の女を睨みつける。


「ずいぶんと姑息な手を使うのね。彼がいない時に襲ってくるなんて」


 彼? この館には用心棒がいたのかしら?


「シャルロット様。私は陛下の命令に従っているまでです」

「お父様が……。ふふ。お母様の間違いでしょ?」

「いえ、確かに陛下が決めたことです」

「そう……」

 

 あらら……。ご主人様がシュンってしちゃったじゃない。

 そこはウソでもいいから「あなたの言う通りです」って言ってあげるのが気遣いってものでしょうに……。

 まあ、内輪のことはどうでもいいわ。

 ひとまず確かめなきゃいけないことを、ちゃんと聞いておこう。


「ご主人様。王宮のどこかにいるクロードという男に会いたい。会わせてください」


 ああ、ちゃんと言えたわ。私って偉い。ちゃんと「ください」って言えたし。

 あれ?

 ご主人様の鼻とほっぺが赤くなってる。猫みたいな瞳から涙も出てるし。

 どうしちゃったの?


「いいわ……。会わせてあげる。私も……私も会いたいから」


 お、ラッキー! まさかご主人様が彼のことを知ってるなんて!


「あなた、何者?」


 赤毛の女……名前なんだっけ? まあ、いいや。彼女がすっごく怖い顔して私を睨みつけてる。なんかムカつく。でも私は大人。だから冷静に対応しなきゃ。


「ババアには関係ない」


 ふふ。ちゃんと冷静に言えたわ! 私、偉い! あとで彼に褒めてもらわなきゃ。

 あれ? なんか赤毛の女がめっちゃ怒ってるんですけど……。


「いい度胸してるじゃない。いいわ。そこをどく気がないなら、文字通り『叩き』出してあげる」


 剣をしまってくれた。

 よかった……。もし剣で襲ってこられたら、さすがに無傷とはいかなかったもの。

 だって彼女。そうとう強いの知ってるよ。剣の持ち方からして、もう「私強いですっ!」って言ってるようなものだったもの。


「メアリー。ババアは私がなんとかする。ご主人様と一緒に逃げて」

「もう許さないっ!!」


 わあ、めっちゃキレてる。

 でも……おかげで突進が直線的すぎよ――。


「はっ!」


 右の拳が飛んできた瞬間に上空を蝶のように舞う。


「甘い!!」


 よけるのは想定内ってことね。赤毛の女は態勢を崩さずに左の拳を下から上に突き上げてきた。

 でも甘いのはあんたの方だけどね。


 ――シュルッ!


 インビジブル・ワイヤーを巨大なシャンデリアにからませ、私は天井まで跳んだ。


「さあ、あなたたちの番」


 袖から出したのは大量のクモ。ミクロタランチュラって言ってね。小さいくせに。彼らのお尻から出る糸は粘り気はすっごく強いの。一度絡まると身動きがとりづらくなる。


 ――シュルルルル!!


「なっ!?」


 まさかクモの糸が頭に降ってくるなんて想像できないわよね。

 赤毛の女の全身に白い糸がからみつく。


「メアリー。今よ。逃げて」

「え? う、うん! さあ、シャルロット様! 行きましょう!!」


 ご主人様とメアリーが駆け出す。


「くっ! ちょっと! 何よ? これ!」


 もがけばもがくほど糸がからまるのは当たり前だって知らないのかな?

 赤毛の女がもたついているうちに、メアリーが勢いよくドアを開け、ご主人様を先に通そうとしている。

 ご主人様は私を見上げた。


「あなた、名前は?」

「えっ……?」


 うそ……。ご主人様に名前を聞かれたの?

 信じられない。だって今まで私をこき使ってきた人たちから名前なんて一度も聞かれたことなかったから……。

 戸惑っているうちに、赤毛の女が全身から青い炎を出して糸を焼いてしまった。


「ご主人様、逃げて!」

「行かせない!!」


 赤毛の女が火球を放つ。

 火の魔法。当たったら丸焦げだ。あの女……本気で自分の国の王女を殺すつもりなのね。とんだ不忠者だわ。

 けどご主人様は私の想像の斜め上をいった。


 ――バシィィッ!


 なんと片手で火球を吹っ飛ばしたのだ。


「ちっ……。そう言えば魔法が効かないのをすっかり忘れてた」


 すごい……。魔法が効かない人なんて初めて見た。


「いいから名前を教えなさい!」

「アンナ! アンナ・ゾーン!!」


 思わず2回も叫んじゃった。

 ご主人様は満足そうに微笑んでいる。すごく可愛らしい笑顔。もし私が男だったら、完全にイチコロだわ。


「アンナね。ありがとう」


 えっ……!?

 今「ありがと」って言った?

 お礼を言われたの? 私……。

 キャアアア!! ご主人様、大好き!

 お礼を言われたのはクロードに次いで二人目だもん!

 嬉しい! 嬉しい!

 もう死んじゃいそう!!

 ご主人様とメアリーが出ていった。ドアを背にしたところに降り立つ。


「そこをどきなさい」

「嫌」

「そう……。なら排除するしかないわね」


 赤毛の女が長剣を抜く。

 剣も魔法も使えるってわけか。イマドキの女子にしては珍しいタイプね。

 だって普通はどっちも使えないでしょ。

 でも想定内。さあ、これからはじまるのね。

 久々の殺し合いが――。

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