第27話 身の程を知れ、クソ野郎

◇◇


 暗殺者にとって一番厄介なものは『声』だ。

 特に守衛が仲間を呼ぶ声や番犬の吠える声は最悪だな。

 だから声を封じる『毒』は必需品なのだ――。



 ロビーで俺を待っていた王妃の使者は、背が低くてやせ型のおっさん。

 ちょび髭と七三にきっちり分けた髪が特徴で、いかにも神経質そうな感じだ。

 彼は手を後ろに組み、ぐいっと胸を張った。


「ちみがクロードくんかね?」


 思った以上に高い声で、返事するのに戸惑ってしまった。

 しかも「ちみ」ってなんだよ。「ちみ」って。


「イマドキの若者は返事の仕方も知らないのかね? 王女様に仕える者ですらこんなんだから、国民はどんどん愚かになっていくのだよ。ああ、嘆かわしい……」


 おっさんはまんざら演技でもなさそうに、広いおでこに手をやって首を振る。


「あの……。確かに俺がクロードだが何のようだ?」


 おっさんがきりっと眉を上げて俺に詰め寄った。


「ちみは言葉遣いも知らんのかね!? この私を誰と心得る!?」

「背のちっこいおっさん……だろ?」


 俺の背後に立っていたメアリーが「くすっ」と笑いを漏らしたのが、おっさんの怒りの火に油を注いだようだ。


「私はマクシミリアン・オールディントン!! 王妃殿下のハウス・スチュワードなのであーる!!」

「名前、長いな。マクシムでいいよな? あとハウス・スチュワードってなんだ?」

「んまぁ!! ハウス・スチュワードも知らずして、ちみは執事をやっていたのかね!? ああ、実に嘆かわしい……」


 再びおでこに手を当てて首を横に振るマクシムの目を盗むようにして、メアリーがそっと耳打ちしてきた。


「執事をまとめるリーダーのことよ」

「ああ、なるほど。だから偉そうなのか」

「おいっ! ちみ!! 全部聞こえてるから!!」

「分かった、分かった。マクシムは偉いおっさんってことだな。んで、そんなおっさんが俺に何のようだ?」


 マクシムは呆れたように口をパクパクさせていたが、しばらくして「もう、よい……」とため息をついた後、姿勢を正した。


「王妃様のご命令であーる! ちみには王宮に移ってもらうことになった。喜べ。栄転であるぞ!」

「栄転? どういうことだ?」

「んまぁ!? 礼儀だけじゃなく、常識も知らないのか! ああ、嘆かわしい……」


 再びメアリーがこっそり耳打ちしてくる。


「王妃様の執事になることは、アッサム王国の平民では最も名誉とされてるのよ」

「ふーん」

「ふーん、とはなんだ? 本来ならばちみのような素性の知れない者がつけるような職じゃないんだぞ! もっと喜びなさい!」

「いや、名誉とか、そういうのはどうでもいいんだよ。王妃の執事になれば今よりも気持ちよく爆睡できるのか?」

「は? 爆睡?」


 きょとんとしたマクシムに、メアリーがそっとささやいた。


「クロードは三度の飯より寝ることが好きなんです。信じられませんよね?」

「へ? あ、うん。なんななのだ? ちみは……」

「なんなのだ、と言われても、俺はただの執事だ。もう、いい。だったらこっちから質問させてもらおう。もし俺が王妃の執事になったら、寝る場所は個室か?」

「いや、3人部屋であーる」

「やわらかいベッドか?」

「いや、固い。しかもちょっとかび臭い。けど我慢なさい。何せこれは名誉なことなのだから」

「毛布の持ち込みは?」

「禁止であーる」

「枕は新しいか?」

「前の者が使っていたものであーる」

「うむ。答えは出たな。断る」

「よし、よし。じゃあ、早速……って、なぁぁにぃぃぃ!?」


 いちいちめんどくさいおっさんだな。

 

「ちみという者は『名誉』も知らんのかね!? こんな『名誉』なことはないんだぞ!」

「名誉、名誉ってうっせーな。名誉があれば眠気はさめるのか?」

「ふふ。お腹もふくれないわね」


 メアリーが便乗して舌をぺろりと出した。


「んまぁ! なんてことだ! 王女様はちょっとアレだから、使用人たちも同じということか。ああ、嘆かわしい……」


 今の言葉……カチンときた。


「おい、シャルロットが何だって?」


 俺が一歩詰め寄ったとたん、マクシムの背後に4人の屈強な男たちが並ぶ。

 マクシムは「私にはこの者たちがついておる」と言わんばかりに、余裕のある表情で口元を緩めた。


「王宮を出る時に『これからは自分勝手に生きてやるわ』とおっしゃってましたがね。私は冗談だとばかり思っておりましたよ。だって、王家の血を引く者ですから、それなりの気品を保って、静かに暮らされると思うのが普通でしょう? しかしここを辞めた者たちは口をそろえて『王女様は最悪で、本当にやりたい放題だった』というではありませんか! 王女様がそういう人だから、周囲にもろくな人間しか集まらない、と言いたいのであーる。分かったかね?」


 得意げなマクシムに対し、俺はため息交じりに首を横に振った。


「分かってないのはあんたの方だろ」

「なぁぁにぃぃぃ?」


 今度はマクシムの方から一歩俺に詰め寄る。同時取り巻きの男たちが俺とメアリーを囲った。


「クロード。もう辞めて」


 メアリーが顔を青くしていさめてきたが、俺の腹の火は消えそうにない。


「メアリー。ここはいいから、もうすぐ到着するマルネーヌを迎え入れるんだ」

「うん……」


 心配そうに言葉を濁したメアリーが、重い足取りで外に出ていく。

 その背中が見えなくなってから、俺はマクシムに向き直った。


「あんた……本当に分かるのか? 住んでいた場所を親から追い出された子どもの気持ちが。孤独に生きねばならない宿命を背負った者の心の痛みが」


 マクシムが眉をピクリと動かす。


「私にはまったく分かりませんねぇ。他人に嫌われるくらいに自分勝手な人の気持ちなどは……」

「自分勝手に生きて何が悪い」

「んまぁ!? ちみはまたそんなことを! ああ、嘆かわ……」

「嘆かわしいのはあんたのおつむだ。たった一度の人生なんだ。てめえのやりたいようにやって文句言われる筋合いなんてねえよ。それにさ。主人が嫌で逃げ出したヤツだって自分勝手じゃねえか。それなのに陰でコソコソ悪口言いやがって……。そんなヤツらクソだ。そしてクソなヤツらの言うことを真に受けて、他人にベラベラ言いふらすヤツはもっとクソ野郎だ」


 マクシムが乾いた笑みを浮かべて、口元をひくひくと震わせている。

 どうやら彼は本気で怒ると、顔を青くするタイプのようだな。


「……こいつをしつけなさい。腕を一本でも折れば、生意気な口も閉じるでしょう」


 4人の男たちの輪が徐々に縮まってくる。

 さすがに王女の館で派手な斬り合いはできないよな。

 4人とも腕が丸太のように太く、目は猛犬のようにぎらついている。

 

「フフフ。王国でも自慢の猛者たちを前にして、身動きも取れないようですねぇ。さあ、身の程を知りなさい!」


 マクシムが甲高い声をあげるのと同時に、男たちが俺に襲い掛かってきた。

 身の程ね……。

 言われるまでもなく、よく分かっているさ。

 俺は妾の子。帝国にとっては、邪魔でしかない存在。

 誰からも望まれず、誰からも愛されることない身――。


「てめえに俺の何が分かるってんだよ!」


 我を忘れるなんて、いつぶりだろうか……。

 気づいた頃には4人の大男がボコボコになって床に転がっていた。


「このデカい奴らは地下牢にぶち込んでおく。王妃に会ったらこう言っておけ。てめえの指図なんてクソくらえだ――とな」


 マクシムは顔を真っ青にして震えている。


「ま、まさか……ちみは本当にあんさ――」


 これ以上は言わせない。

 生意気な口は封じるに限る。

 俺は素早く彼の背後に回り込むと、首筋に針を刺した。


「ひぃっ!」


 短い悲鳴を上げたマクシムだったが、直後には口をパクパクさせ、大きく目を見開いて俺を凝視する。

 即効性のある『毒』だ――。


「北の山の奥の方に『エーテルスミレ』が咲いている。小さくて紫色の花だよ。そいつを煎じれば毒は抜けて、元通りに言葉が話せるようになる。ただし夜までに解毒しないと、脳が破壊されて死んでしまうからな。早く採りにいった方がいい」


 マクシムは飛び跳ねるように館を立ち去っていったが、実際には数時間もすれば勝手に元通りになる。

 さらに言えば『エーテルスミレ』は強力な睡眠薬だ。

 煎じて飲んだ瞬間には、夢の世界に飛んでいくことになるのだが、クソ野郎が身の程を知るにはちょうどいいお仕置きだろ。


「さてと……」


 これで任務は完了だな。

 シャルロットの言う『神聖な儀式』ってのは、いったい何のことだか、未だに分かっていないが、まだ時間はあるに違いない。

 部屋に戻って、爆睡するとしようか――。

 

 

 

 

 

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