第26話 任務:追い払いなさい!
◇◇
シャルロットの館で『神聖な儀式』の準備が進んでいる頃。
王宮のテラスで王妃ローズが紅茶片手に優雅なひと時を送っていた。
そのかたわらにはリゼットが神妙な面持ちで片膝をついている。
「リゼット。既に話は聞いているわ」
「はい……」
「ふふ。そんな顔しないの。それに服が汚れたままじゃない」
確かにメイド服が泥と砂まみれで、髪も乱れたまま。
慌てて髪を整え、服をはたいたが、茶色くしみになった部分は消えそうにない。
「申し訳ございません」
「なぜ謝るの? 私はあなたにとても感心しているのに」
「感心?」
リゼットは腑に落ちなかった。
彼女が失敗したのは誰の目からも明らかなのに……。
不可解に思う彼女の気持ちを察したかのように、ローズは言葉を並べた。
「リゼット。忘れてはならないのは、どんなことがあっても、
「ええ……。それはよく分かっております」
「ふふ。ならあなたはよく決断してくれたわ」
「どういうことでしょう?」
「つまりあなたが取ろうとした行動は正しかった。ただ想定外の邪魔が入ったから失敗してしまった――それだけのことよ。違う?」
リゼットの目が大きくなる。
「シャルロット様を殺そうとしたことは、正しかった……。そうお考えなのですか?」
目つきを鋭くしたリゼットに代わり、今度はローズの目が丸くなった。
「あら? もし間違っていたら、あなたは今ごろ
ローズが指さした方向にあるのは、一度入ったら死ぬまで出られないことで有名な、高さ5階建ての監獄塔だ。
リゼットは顔を青くして、ごくりとつばを飲み込んだ。
「王妃様。この後、私はどうしたらよいのでしょうか?」
「決まってるでしょ。任務を続けるのよ。だってあなた、あの館を取り戻したいんでしょ? 知ってるわよ。あの子のいるところは、元はファブル家のものだったって……」
悪魔め……。
それを知っていたから、私に残酷な役目を押しつけたのでしょう?
リゼットはそう言いたいのをぐっとこらえた。
「ふふ。執事ごときに邪魔はさせないから安心してちょうだい。私が何とかしてあげる。その代わり……」
腰を低くしてリゼットと視線を合わせたローズは、香水のにおいがきつい顔をぐっと近づけた。
「戻ったらすぐに行動を起こすのよ」
これまでにないほど低い口調に、リゼットの背中から一筋の冷たい汗が流れ落ちる。
ますます顔を青くした彼女のことをそのままに、ローズは椅子に座り直し、
「ふふ。今日はとてもいい天気ね」
優雅なひと時を再開したのだった。
◇◇
執事という『身分』は、王族の奴隷みたいなものなんだそうだ。
その王族の頂点に君臨しているのが国王。
しかしアッサム王国では王妃の力が強いらしい。
彼女の意のままで、王国内の執事の処遇は決まる、とシャルロットは語った。
「リゼットが地下牢からいなくなった時点で、あなたがお母さまの手でここから引き離されるのは確実よ」
「ちょっと待て。いまいち話が見えないんだが、おまえの母親がなんで俺を邪魔者扱いするんだ?」
シャルロットは「はぁ……」とため息をついて、首を横に振った。
「リゼットに私を殺させるため、に決まってるじゃない」
「どうして実の娘の命を狙ってるんだ?」
「もし私が悪魔に姿を変えたら、見境なく人間を襲うからよ。しかも私自身の意識を残したままね。私は自分の手で親兄弟を殺すのをただ指をくわえて傍観するしかできない――そうなる前に私の命を絶つのがリゼットの役目。彼女を侍女として送ったのは、お母さまの手によるものよ」
なるほど……。
リゼットの『シャルロットを孤独の檻から出すな』という言葉は、『誰とも仲良くさせるな』ってことか。
はっきりそう言ってくれればいいのにな。
まあ、今さらそんなことにケチをつけても意味はない。
「んで、シャルロットは俺にどうして欲しいんだ?」
俺の問いにシャルロットの顔が真っ赤に染まり、眉が困ったように垂れ下がっている。
「そ、そ、そばに……い、い、いて……」
「ん? なんだよ。言いたいことは、はっきり言ってくれ。いつもわがまま言う時は、まくしたてるように金切り声をあげるじゃないか」
「んな!?」
シャルロットは赤い顔のまま、眉を鬼のように吊り上げた。
「悪魔になったら真っ先にあんたを殺すから、ここから離れるなってことよ!!」
キーンと耳鳴りがするほど大きな声だ。思わず顔が歪む。
相変わらずなんでこんなに嫌われなくてはいけないのか、よく分からない。
だがそこを深掘りしても意味がないのはよく分かっている。
話を前に進めよう。
「つまり、あれだろ。リゼットに襲いかかるのが嫌だから、彼女の役目を俺に引き受けてほしい、ってことだろ?」
「そ、そ、そうよ!! 悪い!?」
「別に悪くはないけどさ……。ただこれは取引きなんだろ? だったら条件を教えてくれ。それにおまえの母ちゃんからどうやって俺を守るんだ?」
「それは――」
そうシャルロットが言いかけたその時。
――コンコン。
ドアをノックする音とともに聞こえてきたのはメアリーの声だった。
「シャルロット様。王妃様の使者がお見えです。なんでもクロードに用があるとか……」
シャルロットが「まずい!」と小さく声を漏らし、目を大きくした。
俺は全神経を耳に集中させる――。
「……ロビーに1人。中庭に4人。全部で男が5人。リゼットはいないようだ。どうする?」
シャルロットは一瞬だけ目を左右に動かしたが、すぐに決意を固めたかのように表情を引き締めた。
「追い払いなさい。これが執事としての最後の仕事よ」
簡単に言ってくれるじゃないか。
でも、いつも通り逃げ道はない。逃げる気もない。
「分かった」
短く返事した後、ドアノブを回した。
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