第25話 任務:神聖な儀式の準備をしなさい!
◇◇
暗殺者にとって『想定外』はつきものだ。
一人でやってくるはずのターゲットに護衛がついてきた、とか……。
こういった想定外のシーンに出くわした時、暗殺者としての器が問われる。
――クソったれが! こうなったら全員殺してやるよ!!
と、自暴自棄になるのは愚策。自分の死期を早めるだけ。
だったらどうすればよいか?
答えは簡単。
計画を練り直せばいい。
大事なのは『任務をこなす』という目的を見失わないこと。
そして想定外という現実を受け止める勇気だ――。
「クロード……。大丈夫?」
シャルロットの食事の最中、廊下で待機していた俺に、メアリーが声をかけてきた。
「この真っ赤に腫れあがった頬のことか?」
さらりと嫌味で返すと、メアリーはむくれて口を尖らせる。
「もうっ。こっちは心配してあげてるのに!」
「ははっ。悪い、悪い。でも大丈夫だ。心配いらねえよ。だから仕事に戻ってくれ」
「……ほんとに辞めちゃうの?」
メアリーが今にも泣きだしそうな顔して上目遣いで見てくる。
「だから心配いらないって。仮に執事を辞めても、安眠を辞める気はないからな」
「いっつも寝ることばっかりなんだから! もう知らないっ!」
捨て台詞を吐いてどこかへ行ってしまったメアリーの背中を見ながら、俺は「いつも寝ることばかりでいいんだよ」とつぶやく。
そうなのだ。
どんな時でも目的を見失わないこと――これさえブレなければ、大抵のことは乗り切れる。
俺はそう信じているんだ。
「クロード。こっちへきなさい」
食事を終えたシャルロットに呼ばれて部屋に入る。
彼女はテラスで優雅にお茶を飲みながら、今日もまた無茶を押しつけてきた。
「私ね。神聖な儀式をしたいの――」
いったい何を考えているのやら……。
しかし今はまだ流れに身を任せる時だ。
「分かった」
俺は短く返事をした。
◇◇
――まずは司祭を連れてきなさい。
お安い御用だ。教会から連れてくるだけだからな。
降臨祭の後で忙しくしている?
そんなの俺には関係ない。
王女からの命令を受けるか否か、選ぶのは彼だし、もし断ればどうなるか、彼もよく知っているはずだからな。
――オルガンの奏者を連れてきなさい。儀式には欠かせないでしょ?
こいつも問題ない。
なにせ音楽隊を何度も手配したことがあるからな。
自然と
――私が着るドレスを用意しなさい。
この手の任務は苦手なんだ。
知ってるだろ?
俺の服選びのセンスは絶望的に悪いってな。
だからメアリーに頼んでおいたよ。
――儀式にはマルネーヌも招待するわ。呼んできなさい。
そう言われると思って、既に使いを出してある。
もうすぐこっちにくるだろうよ。
一通り任務を終え、応接間でくつろいでいるシャルロットに報告した。
彼女はソファに寄り掛かり、外の景色を眺めたまま、俺を見ようともしない。
「そう……。ならもういいわ」
「そうか」
「自分の部屋で荷物をまとめておきなさい」
荷物か……。灰色の毛布と偽の身分証くらいしかないんだけどな。
「ああ、分かった」
部屋から出ようとシャルロットに背を向ける。
流れが止まってきた――。
だが、まだだ。
完全に止まるまでは動くべきではない。
一歩扉の方へ足を踏み出す。
シャルロットが俺の方を向く気配が感じられる。
その視線はいつものように尖っておらず、悲しみや不安を含んだ湿ったものだ。
そしてドアノブに手をかけたその時だった。
「私の運命はね。全部お母さまが決めるの。私が王宮を出されたのも、使用人の誰とも仲良くなるなというのも、お母さまのお考えだし。それに……」
手を止めて振り返ると、シャルロットは瞳にたまっていた涙をゴシゴシとぬぐった。
「リゼットを地下牢から逃がしたのも、きっとお母さまよ」
「どうして断言できるんだ?」
「私の行動は全部お母さまに筒抜け、という意味よ」
「つまり母親からスパイを送り込まれてる……そう言いたいのか?」
「信じられないわよね?」
乾いた笑みを浮かべるシャルロットに、俺は首を横に振った。
「当たり前だろ……」
「でも事実なの。その証拠にリゼットが戻ってくるわ」
「ちょっと待て。今朝がた『もうリゼットは戻ってこないから代わりの侍女を探してこい』とメアリーに命じたばかりじゃないか」
シャルロットの顔がぐっと引き締まり、その瞳からは強い意志が感じられる。
「これ以上、お母さまの好きにはさせない――言わば宣戦布告よ」
なるほど……。
つまりスパイに『リゼットを侍女に復帰させるつもりはない』という意志をあえて聞かせた、という訳だな。
「クロード。私と取引きしなさい」
そう言われたら……。
こう返すしかないだろ。
「条件次第だ。安眠を約束してくれるんだろうな?」
そこは普通、『君の願いなら無条件で何でも聞いてあげるさ』でしょ?
そう言わんばかりにシャルロットは、ガクリと肩を落とした。
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