デートにはセーラー服を着ていく。
高橋てるひと
デートにはセーラー服を着ていく。
セーラー服じゃないとデートできない。
彼が、ではなく、私の方が無理なのだ。
「……何で?」
と、彼は言う。
まあ、当然の疑問だ。
ちなみに、セーラー服は、私がまだ高校生だった頃の制服。襟もスカートも灰色で、リボンは黒。おそろしく地味な代物だ。これしか持っていないからこれしか試したことはないが、たぶんこれじゃないとダメだと思う。胸のところがちょっときつくなっているけど、私はまだ大学生だから、そんなに酷いことにはなっていないと信じたい。本当はもうぎりぎりかもしれない。
もちろん、理由ならある。
ただ、理由があっても言えないだけで。
「うーん、でもな……」
よくわからない、とだけ答えた私に対して、彼は悩む。頭を抱えて真剣に悩む。どうやら彼にはそういう趣味はなかったらしかった。残念に思うべきか、安堵すべきか少し悩む。多分後者なのだと思う。
「別にいいじゃん。可愛いよセーラー服」
「嫌だよ」
「何で」
「だって、俺の趣味だと思われるだろ……というか思われてるだろ」
「うん」
特に、友人には完全に彼の趣味だと思われてる。その度に一応、私は否定するのだが、理解してもらえることはなかなか少ない。
「一回引っ叩かれたぞ。お前の友達によ」
「ごめん……」
「でもあれ良い子だよな。大事にしろよ」
「うん……」
大学に入ってからできた、最初の友人。
やたらとアクティブで、やたらとお洒落で、やたらと正義感の強い女の子。
色んなことを教えてくれた、大切な子。
「それに俺としても、何て言うか……」
彼はちょっと黙ってからこう言った。
「高校生のお前と一緒にいる気分になる」
「ふーん」
私は何てことないような口調で言った。
――私は、そう思ってもらいたいのに。
そんな本音を、私は隠した。
□□□
高校生だった頃。
まだ、セーラー服を着ていた頃。
もっと言うと十七歳だったとき。
そのときの私は、美少女だった。
だから、私はずっと苛められていた。
美少女だったから、仕方がなかった。
そして、一番美少女だったのは、十七歳の夏のあの日――夏休みが始まる前の日の放課後、ゆるゆるのセキュリティ(創立記念日で開くダイヤル錠)を突破し忍び込んだ屋上のフェンスの上で、両手を広げて立ち上がった、たぶんきっとあの瞬間。
今より少し小さかった胸を張り。
胸元で揺れるリボンの色は黒色。
はためくスカートから覗く太腿。
太陽が私を真っ白に染めていた。
緩やかな風が私の黒髪を撫でて。
蝉たちのベタで素敵なコーラス。
ちょっと動けばすぐ空に行けた。
それが私が一番美少女だった瞬間。
人生でたった一度の、完璧な一瞬。
そんな私の一瞬を、彼は見たのだ。
だから、私はその日、彼に恋をした。
だから、彼はその日、私に恋をした。
私が一番の美少女だったその一瞬。
その一瞬が生んだ、百年の魔法だ。
その魔法が私と彼とを繋いでいる。
そしてだからこそ。
私は怖い。
その魔法が解けてしまうことが。
私は怖い。
あのときよりお洒落な形に整えられてしまっている髪とか、薄く化粧をするようになってしまったこととか、太腿にぽつんと一つだけできてしまったホクロとか、ほんの少しだけ大きくなってしまった胸とか、そういうのが全部全部、私をあのときの美少女とは違う何かにしていく。
私は、あの日のあの一瞬に存在していた美少女から、全力で遠ざかり続けている。
永遠に。
そのことが、怖い。
たまらなくなるほど、怖いのだ。
□□□
「あのさ」
と、友人が私に尋ねる。
「夜もそういう格好させられているわけ?」
させられているのではなく、自分でしているのだ、と私は何度も言っているのだが、友人は聞いちゃくれない。良い子なのだけれど、ちょっと人の意見を聞かないところがあるのだ。それは私からするとちょっと危なっかしい性格に思える。
それはそれとして――
「夜?」
「だから、ほら、その……」
と、ちょっと友人は顔を赤らめて言う。
「……アレなことするときとか」
「ああ」
と、私は得心する。
それからちょっと可笑しくなる。
アクティブでお洒落で正義感の強い子だけど、あるいはそういう子だからなのか、この友人は、少し初心なところがある。ちょっと可愛い。
「そういうときは普通の格好。どーせさっさと脱いじゃうし。たまに可愛い下着を買ったときとかは見せてあげたりするけど」
「へ、へー」
と、頷く友人は気のない振りをしながら興味津々な様子が隠しきれておらず、ついでに顔も赤いままだ。
少しどころかかなり初心なのでは、と最近の私は彼女に対して疑問を抱いている。
□□□
最初は、私が二十歳になった日だった。
彼はその一月前に二十歳になっていた。
二人とも大人になった、と私は思った。
場所は彼の部屋だった。
私の方から誘った。
やたら年季の入った彼の部屋のちゃぶ台を囲み、彼がその辺で買ってきたお誕生日のケーキを食べた後で、私は生まれて初めてお酒を飲んだ。
たぶんビールだったと思う。500ミリ缶。
彼はお酒より先にミネラルウォーターのペットボトルを私に押しつけ「初めてなんだから、水飲みながら少しずつ飲めよ」と言って注意してくれた。
私は無視した。
彼がケーキの皿やらフォークやらを流し台に片付けに行って戻ってくるまでの間に、一気飲みで三本開け、すぐにちゃぶ台の下に隠した。
それから四本目を開け、彼が用意してくれた小さなコップに注ぎ、あたかも一本目を恐る恐る飲んでいるように、水と一緒にちびちび飲んで、酔いが自分の中を回るのを待った。
四本目を半分ほど飲んだところで、私は「ごめん。なんかふらふらする。ギブアップ」と両手を上げた。
彼は「最初だしな。無理すんな」と笑った。それから私の顔をしげしげと見て「お前、あんまり顔赤くなんないな。他の連中と飲むとき注意しろよ。酔ってるかどうかわかりにくいから」とも言った。
白状する。
期待した程には、私は酔っぱらえていなかった。っていうか全然平気だった。
後で試したところ、日本酒一本平気で空けることができた。焼酎も一本空けた。さすがにウィスキーでは怖くて試さなかったが、マグカップ一杯分一気に飲んでもちょっとむせただけで特に平気だったから、たぶん平気なんだろうと思う。
とにかく、これっぽっちも酔っぱらえなかった私は、だから正気のまま「頭ぼんやりする……ちょっとシャワー貸して」と言って彼の部屋のシャワーを借りて、ドライヤーで髪を乾かし、それからバスタオル一枚だけ巻いた姿で部屋に戻った。
白状する。
あれは誘ったとかではなく襲撃だった。
バスタオルになった経緯については、よく覚えている。最初は何となく下着姿で行った方が威力がある気がしていたのだが、残念ながら、当時の私は気の利いた下着なんて持っていなくて、その日の下着も上下別だった。よく覚えている。これじゃあ駄目だと鏡を見て作戦を変更したのだ。これからは、ちょっと高くても可愛い下着を買おう、と決意したのはあの瞬間だった。よく覚えている。
襲撃は成功した。
が、彼は必死の抵抗を試みた。
お前今酔っぱらってるだろ酔っぱらった勢いでこういうするのはよくないのだこういうことは色々なことをきっちりさせてからじゃないと駄目なんだ、という趣旨のことを彼は言った。
今どき珍しい朴念仁なのだ。
しかし残念ながらその言い訳は通用しない。
まず、私は腹立たしいことにこれっぽちも酔っ払っていなかったし、それ以外の色々なことも、その時点ですでに結構きっちりしていた。
あの高校二年生のあの瞬間から色々なことがあって、彼は私の両親と面識があるし、私は彼の両親と彼の祖母と彼の妹と面識を持っている。私の両親は彼に対して「変な娘ですがよろしく頼みます」と考えているし、彼の両親も「変な息子ですがよろしく頼みます」と考えていて、両家の両親の意見は一致しておりこういうことに関しては「まあ、今時の若い子だし……そういうこともあるでしょうな」と暗黙の了解がすでに結ばれている。母からはさりげなく「できちゃった」防止のアレを高校生の時点で渡されている。
問題は、偏屈と聞いていた彼の祖母と、何か禍々しいオーラを感じる彼の妹だったが、これも解決済みだ。
彼の祖母に会ってぎろりと睨まれたときは「こいつは厄介なことになりそうだ」と思ったものだが、なぜか好印象だったらしく「良い。不肖の孫が間違いを犯さぬ内に、早めに契っておけ」とか割ととてつもないことを言われた。
そして、彼の妹。
何を隠そう、彼女が私にとって最大の壁だったのだ。彼女とは会った瞬間に「この娘やばい……超やばい……」と直感した通り、そりゃもう本当に色々あった。包丁が出てきたときは死すら覚悟した。が、やはり色々あった結果、最終的にぐずぐず泣かれながら「ちゃんとお兄ちゃんの童貞奪ってね! お義姉さん以外認めないからね! 本当は私が奪うつもりだったけど、お義姉ちゃんのこと大好きだから特別に許すんだからね! ちゃんとお兄ちゃんと一緒になってお義姉さんになってくれなかったら刺すからね!」と言われた。たぶん本気だろう。まじでやべー義妹だった。懐かれて以降見せてくれるようになった普段の姿は超可愛いのに。
ともあれ外堀はもう埋まっていたのだ。
色々なことがすでにきっちりしていた。
そういうことを、私は、何故か正気とは言い難いぐちゃぐちゃな言葉にわざわざ変換して、彼に向かって喚き散らした。
もう無茶苦茶だった。
もういい、と逆ギレした私が彼の服を引っぺがそうと手を掛けたところで、
「もう分かった――」
と、彼が言った。
「――だから、もう泣くなよ」
言われて初めて気づいた。
自分でも気づかない内に、私は泣いていた。どうしてだろう、と私は思った。何がそんなに悲しくて泣いていたのか。
お酒を飲んで酔っ払えなかったから?
違う。
相手が据え膳を食べてくれないから?
違う。
答えなんてもっとずっと簡単だった。
――大人になってしまったからだ。
私はその日、二十歳になって、お酒が飲める年齢になって、一般的に大人と呼ばれる年齢になって、みんながそういうからにはたぶんもう大人で、つまり、きっともう子供じゃなくて、少女じゃなくて、だからもう全然、
――美少女ではない。
その現実が怖かった。
美少女でなくなった自分を、彼がちゃんと好きでいてくれるのかが全然これっぽちも分からなくて、怖かった。
だから、とにかく二人が一緒であるための分かりやすい繋がりみたいのが、どうしても欲しかった。
本当はちゃんと分かっている。
セーラー服を着たところで、今の私はもうあの瞬間の美少女とは似ても似つかない別の何かになってしまっている。
今の私は大学生で、一人暮らしをしていて、普通に話したり笑ったりできる友達がいて、自動車の免許を取って遠くに出掛けるようになって、私のアパートにやってくる彼の妹はときどき黒いけど普段はとっても可愛くて一緒に買い物をしたりすると楽しくて、お酒も飲めるようになっていて、彼とそういうちょっとアレなことだってしている。
胸以外のところの身体付きもちょっと変わったけれど、変わったのは身体付きだけではなく私を取り巻く色んな何かで、私はその分だけ身も心もちょっと重くなった。
そのちょっとが、重過ぎて。
もう空には行けそうにない。
それはきっととても幸せで素敵なことであるはずなのに、私の心の半分は過去の美少女だった一瞬に囚われ続けていて、未練がましくしがみついている。
□□□
だから、私は今日もセーラー服だ。
ちなみに彼は、まあ、その、私もセーラー服を着ているわけで文句を付ける権利は一切ないのだけれど、だいたいいつもそうであるように、とっても可愛いアニメの女の子がモノクロでプリントされたTシャツを着ている。
なかなか良い度胸だと思う。
Tシャツ以外のアイテムに目を向けると、いかにもデート用に購入したと思しき大人っぽいジャケットやぴかぴかの革靴を、意外にもそれっぽく身に着けていて、それ故にTシャツの存在が凄まじいことになっている。絶対にこれだけは曲げない、という信念のようなものを感じる。
注文を取りに来た女の子が一見普通そうに見える彼の格好に油断したところで不意打ちを食らって、思わず彼のTシャツを二度見していたのでたぶんそう思うのは私だけではないのだろう――ちなみに、その子は私のことも二度見していた。何かのアニメキャラのコスプレだと思われたのかもしれない。
それにしても、と私は思う。
そんなつもりでは絶対ないのだろうけれど、美少女だった頃の自分にしがみ付くためにセーラー服を着ている女子大生に対する皮肉は抜群に効いている。
単なる線の集合から、魔法のように美少女として生み出され、そのままずっと変わらず美少女であり続ける女の子。
そんな永遠の美少女をTシャツに掲げた彼と、美少女だった頃から現在進行形で遠ざかりつつあるセーラー服の私が、お洒落な喫茶店のお洒落なテラス席で向かい合い、お洒落なブレンド名が付けられたつまり普通のブレンドコーヒーを飲み、お洒落な盛り付けがされたシンプルなサンドイッチを注文する。以前、友人から「あんたら良い度胸だな……」と言われたことがあるが理由はよくわからない。
正直、あんまりお洒落すぎて、一瞬食べ方がわからなかったが、所詮、サンドイッチはサンドイッチである。サンドイッチなら私の大好物であるはずで、そして三角形であるはずだ。そして三角形でないものを私はサンドイッチとは認めていない。
幸い、お洒落な盛り付けの山から、私は三角形を見つけることに成功した。私の知っているコンビニとかのサンドイッチに比べ、恐ろしく小さな三角形だったが、三角形なのだからサンドイッチには違いない。三つの角の内、二つを手で持って、最後の一つを口元に持ってくる。
はむ、と。
サンドイッチの端をちょこんと齧る。
彼はそんな私を見ている。
めっちゃ見ている。
ガン見してる。
「いや、見過ぎ」
こくん、と。
サンドイッチを飲み込んでから、思わず私は彼に言って、
「ああ、うん」
と、彼は生返事をしつつ砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒーを一口飲んでから、スマホのカメラを私に向けて、
「なあ、食べてるとこ写真撮っていい?」
「別にいいけどさ」
いつものことなので私は了承する。
何故か知らないが、彼はサンドイッチを食べる私を撮りたがる。着ているTシャツと同様、何かよくわからないこだわりがあるのだろうが、ぶっちゃけちょっと恥ずかしい。
そういえば、理由は聞いたこともなかったな――と、ふいに気づいた。
「……私がサンドイッチ食べてるとこって、そんなに面白いの?」
「いや、可愛い。超可愛い」
と、彼は言う。
そんな風に面と向かって彼が可愛いと私に言うことはあんまりないことなので、私はちょっと赤面して、
「そう?」
「そうだよ。ほら、見てみろって」
見てみた。
「いや微妙……」
「小動物みたいで可愛いだろ! お前はどう思ってるか知らんが、俺にとっては超可愛いんだからな! 自覚しろ!」
と、彼は大声で主張してから、周囲を見回し、こほん、と咳ばらいを一つして、
「……とにかく、サンドイッチ食べるときのお前は俺にとっちゃ昔から可愛かったんだよ。例の非常階段でサンドイッチ食べてたお前も、今みたいに『はむっ』ってしてて、いやもう、めちゃくちゃ可愛――」
「ちょっと待て」
聞き捨てならない言葉を聞いて、私は思わずストップを掛ける。
「……非常階段?」
「あ」
しまった、という顔を彼はした。
その直後、何事もなかったような無表情になって彼は言った。
「ん? 何のことだ?」
「誤魔化せてないから」
私は、彼の現在の推しキャラがプリントされたTシャツの襟首を容赦なく掴む。
「え? 何であんた私の秘密のぼっち飯スポット知ってるの? どういうこと?」
「……いや、その……俺のぼっち飯スポットがちょうどその下にあってだな……見えてたんだよ。お前」
「え、ちょ……嘘でしょ!? 嘘って言え!」
「言っても事実は変わらないぞ……ってか、ぱんつもばっちり見えてた。高校生でくまさん履いてる娘って実在するんだ……、とか思ってた」
「うっさい! 今は可愛くてえろいの履いてんでしょ! どうせすぐ脱ぐのに!」
思わず叫んでしまってから、私は周囲を見回し、こほん、と咳ばらいをしてから、
「ってか、そもそも見るな」
「今更言われてもな……」
「じゃあ記憶消して」
「無茶言うな。それに俺がお前のこと好きになったのって、それが理由なんだぜ」
え、と私は思った
「え?」
と、私は口にも出して言った。
「ぱんつが?」
「違うそうじゃないというか俺はぱんつは見えそうで見えない方が……じゃなくてだな、その、サンドイッチだよ」
「え」
サンドイッチ?
「お前がその、サンドイッチ食ってる姿が――いつも何か澄ました顔してた癖に、そこだけ何か小動物みたいな感じで可愛かったから、それがすごく、何か、こう、とにかくそれで」
惚れた。
と、彼は言った。
「な」
と、私は思わず言った。
「何それ? サンドイッチ? そんなので私のこと好きになったの?」
「そんなのとは何だ!? 言っとくが、自覚してないだけで本当に超可愛いんだからなサンドイッチ食ってるお前! 俺だけじゃねえぞ! 妹も超可愛いって言ってたし、お前の友達のあの娘もそれに関しては同意してくれたぞ!」
「そんなことより!」
私はTシャツを握る手に力を込める。
「私が屋上から飛び降りようとしてたときのことは!? 覚えてる!?」
「あー……あんときはまじビビった。本気でお前死ぬかと……生きてて良かったよ」
「そんなことはどうでもいいの!」
「いや良くないだろ」
「いいの! そのときの私の姿は!? 覚えてないの!? 美少女だった私は!?」
「それどころじゃねーよふざけんな。こっちはお前をどう説得して助けたらいいか必死で考えてだな……」
「何それ」
私は彼のTシャツから手を離した。
そこに描かれた線の魔法から生まれた美少女が、容赦なく私に笑いかけている。
「何、それぇ……」
ぽつん、と。
涙の最初の一粒が、プリーツスカートの表面で弾けて、そして止まらなくなった。
ああ周囲の人がめっちゃ見てる、彼もめっちゃ慌てて困ってる、メイクも崩れる、ダメだダメだ泣いちゃダメだと思って――でも駄目だった。
まず片手の甲で拭って、でも足りないから両手を使って、それでも足りないから両手の平で顔を覆うしかなくなった。鼻水まで出てきた。これは酷い。こういうときに限ってハンカチを忘れてきてしまった。ティッシュも忘れた。酷過ぎる。
美少女とか言う以前に、私にはたぶん女子力が足りていないのかもしれない――そう思ったところで、彼が懐からハンカチとティッシュを出して私に渡してきた。さすがというか何というか、Tシャツ以外はほんと完璧だった。
ハンカチの端っこにはデフォルメ化された猫耳の女の子が描かれていたし、ポケットティッシュにはメイド喫茶の広告が入っていたけれど見なかったことにする。
ハンカチで涙を拭いて、ティッシュで鼻をかんで、また出てきた涙をハンカチで拭いて、それから両手で顔を覆った。
「……おい、大丈夫か?」
心配そうに聞いてくる彼に、答える。
「大丈夫じゃない……メイク崩れてる……化粧室行ってくる……」
「……行けるか?」
「うん……」
何とか辿り着いて(店員さんにめちゃくちゃ心配された)、でもちょっと腫れてしまった目はどうしようもなく、それでも何とかそれなりに見えるように化粧を直して、席に戻った。
「……変?」
「セーラー服をデートに着てくる奴が今更何言ってやがる」
アニメキャラのTシャツをデートに着てくる男には言われたくなかったが。
でも、私は笑う。
「そだね」
それから、私は、もうすっかり冷めてしまったコーヒーを飲んで、サンドイッチを食べる。食べながら、彼に聞く。
「……そんなに可愛い?」
「うん。永遠に見てられる」
「意味わかんない」
どうやら、と私は理解する。
美少女の魔法は、そもそも存在すらしていなかったらしい。
あったのは、サンドイッチの魔法。
何それ、と私は思う。
ちょっと酷過ぎる事実だった。
でも――
「ねえ」
と、私は彼に言う。
「今日さ、服買いに行きたいんだけどさ。付き合ってくれる?」
「服? どんな?」
「デート用の服。持ってないから」
「…………」
ぽかん、と。
彼は間の抜けた顔をする。
そんな顔をする彼に、私は言う。
「どんな格好して欲しい? めっちゃ下着透けそうな白のワンピースとか?」
「美少女かよ」
「そだね」
くすくす、と私はもう一度笑う。
サンドイッチの魔法が、はたしてこれからどこまで私と彼とを繋ぎ止めてくれるのかは不明だ。はっきり言って、美少女の魔法なんかより随分と頼りない気がする。その辺の誰かのメロンパンの魔法とかで上書きされる可能性が極めて高い。
あまりにも頼りない。
だから私は、この先、何度も彼に魔法を掛け続けなきゃいけないのだと思う。
今の私に使える、新しい魔法を。
デートにはセーラー服を着ていく。 高橋てるひと @teruhitosyosetu
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