第54話 蛇足な結末は陳腐なもので――
という訳でこれにてハッピーエンド。素晴らしい大団円を迎えたわけだが何度も言うようにこれは現実である。
当然無茶に無茶を積み重ねたツケというものは訪れる訳で――
「いやーまいった。ちょっとばかしハシャぎ過ぎた」
「ハシャぎ過ぎたじゃないわよバカ!! 急に倒れられてビックリしたんだからね。あんだけカッコつけて登場したくせに、なんで最後はいつもこうなのよ!!」
「いやー返す言葉もない」
ただいま絶賛、肩貸され中。
無理に無理を重ねた結果。身体がいうことを聞かず、おまけに年下に介抱されるとかマジで情けない。
まぁ普通、胸に大穴開ければ即死間違いなしだし、調子に乗って本能ぶっちぎってリミッター越えちゃったからこんなもんで済んでよかったと思うべきだろう。
それこそ「胸の傷はどうした!?」なんて聞かれたら目も当てられんわけだし。
「――っ、そういえばアンタ、傷口!! 胸の傷は!?」
蛇足でござった。
「ん? ああまぁ派手にやらかしたけどもう大丈夫だって。気にすんな」
「気にすんなって気にするに決まってるでしょ!! 早く横になって!! 普通死んでてもおかしくない傷、なんだか、ら……?」
ガバッとわたしの肩を強引に掴んで向き直らせ、穴が開く勢いでしげしげと血だらけの胸元を確認するしのぶ。
その焦りを含んだ語尾が徐々に萎んでいくと、唖然とした表情のしのぶと視線が合った。
まぁその反応も当然と言えば当然だ。なにせ――
「傷跡が、ない?」
「まっ、そういうことだな」
「なんで、あたしは確かにここを貫いたはずなのに――」
「まぁ所詮は偽物、心の中の出来事ってことだろうな。いやー幻想と現実の境界があやふやでほんっと助かった。お前が『こっち』に戻ってきた瞬間に現実世界の修復力が働いたのかみるみると傷が消えてってな、マジでラッキーって感じ」
「なによそれ、ほんとでたらめじゃない」
そうやって何でもないように肩をすくめてみせれば、、へなへなと尻餅をつくお人よしの姿が。
まぁ、実際は回復魔法で速攻治療したんだけど、これはさすがに言えないだろう。
それに所詮は残る魔力をフル動員して強制的に治療して誤魔化しているだけの張りぼてだ。
残った魔力の大部分を心臓の再生に回したせいで、他の傷はどうにもならなかったし、ダメージ自体は今もわたしの身体に蓄積し続けている。
だけど――
「いやーあの反抗期のクソ餓鬼がわたしの心配か。ようやく素直になったようで感心感心」
「う、うりゅさい、ばか。別に心配なんか、あたま撫でるにゃ――ッ!?」
わたしにしてみれば、コイツが素直に感情を表現できるようになったことの方がよっぽど重要なのだ。
その代償がわたしの身体の一つであれば、快く差し出そう。
乱暴に頭を撫でてやれば、ボッと真っ赤になった顔から舌足らずな罵倒が飛んできた。
まぁ、それにしのぶが生きる選択をしなければ、わたしはあの場で死んでもいいと本気で思っていたのも事実だし、
「お前が生きたいって思ってくれたおかげで何とか助かった。ありがとな」
「べ、別に褒められるようなことしてないし」
と改めてお礼を言えばそっけない反応が返ってきた。
だが頭を撫でられるのは嫌でないらしく。わたしの手であっても甘んじて受け入れてみせるあたり、彼女なりの成長が垣間見える。
まぁこれにて一件落着。任務完了という訳だが――
「さすがにこの状況をありのままみーちゃんに報告するわけにはいかないよなぁ」
「……だよねぇ」
と呻き声を上げれば、隣から控えめな同意の声が返ってきた。
歩いても歩いても出口が見つからないんですがこれは一体全体どういうことなんですかねぇッッ!!!?
あらん限りの叫びがやまびこのように木霊し、がっくりと肩を落とす。
屋敷の天井に至ってはわたしの渾身の一撃が響いているのかものの見事な大穴が開ており、部屋は未だに異空間化しているのだ。
そこにはどす黒い泥と膿を煮詰めたような世界はなく。
晴れ渡る快晴の空の上に立っているような清々しい景色が広がっていて。
確かに美しいことこの上ないが――ありていに言えば、人の家で迷子になりました。はい。
「なぁ、これお前の力で何とかなんねぇのかよ。元々お前が作り出した世界だろうが」
「そう、なんだけど。なんかあたしの言うことを聞いてくれないというか。もうあたしのものじゃないというか。……幻想症候群の人ってみんなこんな感じなの?」
「んなもんわたしが知るかッッ。だいたい自分の『幻想』なんだから普通はもっと自在に扱えるもんなんだけどあーなるほどなるほど。つまり、分離したって訳ね……」
なにもいま、そうならなくてもいいだろうに。
当の本人は首を傾げて、わたしの話を聞きたそうにこっちを見ているが、とりあえずそれは後だ。
こんなところを依頼人に見せれば二つの意味で発狂間違いなしだろう。
「ところでモソモソと落ち着かない様子だけど、大丈夫かお前」
「うっさい。わかってるくせにこっち見ないでよ!! 考えないようにしてたのに!!」
「いやだってお前、肩貸してもらっておいてなんだけど、顔見知りがすっぽんぽんって結構衝撃――」
「言うなって言ってるでしょうがッッ!!!?」
がああああッ!! と食って掛かるように叫んだあと、顔を真っ赤にして見えそうになる大事なところを手で隠して呻き始める。
まぁ記念すべきオタ友第一号の名誉のために補足させてもらうと、一応彼女は服を着ている。
服を着ているのだが、大変コンプラ的によろしくないギリギリの格好をしているのだ。
「うう~なんでわたしがこんな目に」
スカートの丈を引き延ばすように華奢な手がわたしのYシャツを引き延ばす。
裸エプロンならぬ裸Yシャツ(血みどろ)。アキバに住まう紳士諸君なら絶対鼻血を吹き出しているであろう大変ハレンチな格好である。
「いやー『幻想』に飲まれた瞬間、終わった!? と思ったけどまさか生まれたままの姿で身体が再生されてるとは思わなかったな」
『幻想』は本人の心を映し出すっていうけどお前ってあれか? 実は裸で男の前に迫れば問題ねぇだろって情緒もへったくれもないタイプ?
「そんなの知らないわよ!! っというかアンタだってあたしにとやかく言える恰好じゃないでしょうが、上半身ブラだけって最悪あたしよりひどいじゃない!! なんでそんな平気な顔できるのよ!?」
「さぁ。日頃の行いじゃね?」
「なんか納得できるのが納得できないんですけど!?」
まぁ片や上半身露出狂。片や萌え袖(血まみれ)小娘の爆誕だ。
変態度数はともかくコンプラ的にはなにも問題ない。
というよりこういうのは恥ずかしがった時点で負けなのである。
だが――
「どうやらこの『幻想』の持ち主は萌えってもんをよく理解してないみたいだな。全部剥いても意味がないというのに」
とまぁとりあえず茶番は置いておいて、本題に戻ろう。
幻想の中で大胆に恥の晒しあいをした結果。なんとか『幻想』の世界から生還し、こうして出口を探す身の上なわけだが――
「なぁ、それはそうと。これって保険きくと思うか?」
「……あー、どーだろうね。もしかしたら多額の請求とか来るんじゃない」
「だあああああ、やっぱそう思う?」
わたしの頭のなかで回るのはまず脱出のことより、この天井の大穴の方だった。
わたしとしのぶ、どちらが失敗しても世界滅亡の危機がありえた状況を思えば、天井一つで済んだのは奇跡なのだろうが、今後の借金を思えば頭が痛い。
「ああ、みーちゃんにどう言い訳すればいいんだよ。これ絶対怒られる!!」
「ふーん。ねぇ、その時は一緒に謝ってあげましょうか?」
「くそぅ、他人事だからって調子に乗りやがって……何様のつもりだッ」
「家主ですがなにか?」
グルグルと回る返済プランがえっちらおっちら小躍りしている。
これ業務過失だとしても、絶対わたし持ちになるよね?
「ああ、今後はもやし生活かぁ、住処は確保できても食費を切り詰めなきゃならんとかぁ……地獄だ」
「なによ、そんなへこたれちゃって、屋根の一つや二つまじめに働けば十分返済できるでしょうが。あたしを助けたときの気概はどこ行っちゃったのよ」
「いやぁ、それとこれとは話が違うんだよー」
……はぁ社会人デビュー早々、借金持ちとかラノベかっつーの。
まぁ屋敷が無事でもお前が生きてない事にはどうにもならなかったろうし、励ましてくれるのは素直に喜ばしいので感謝するけど……
「というかしのぶちゃん? あなたちょっと距離近くありません? なんか甘えっぷりがすごいことになってるんですけど……」
「べ、別にこのくらい女子高じゃふつーだし。全然問題ないし!!」
いやだからって人の腕に○っぱい押し付けるのはどうかと思うんですけど、これはわたしに対する当てつけですか?
というより――
「あたしゃ、お前の今後が本気で心配になってきたよ。いくらなんでもチョロすぎだろうが!! お前の好感度は豆腐並みか!!」
「だからチョロくないしデレてもないっていってるでしょ!! ただその――今後、借金でいろいろ大変だろーなぁとか、あたしの所為で路頭に迷うことになるだろーなーって思っただけで、なんだったら今後うちに泊まりに来て養うのもアリかなーとか全然そんなこと思ってないだからねッッ!?」
「わかった訂正してやる。豆腐どころじゃねぇ炭酸抜けたコーラじゃねぇか!! でろっでろに甘えすぎだわ!? どうしてそうなった!!」
元々の気質かそれとも幻想を乗り越えて歪んじゃったか。
下手したらろくでもねぇクソ野郎に貢ぐ未来が見えるのはなんでだろう?
あとなんか養うとかぼそっと聞こえてきたんだけど、監禁の毛も御有りとかもう手に負えないだけど!?
いや、まぁその辺の気遣いはフツーにありがたいわけで、一応お礼は言いますよ? その辺わたしも社会人ですし、社交辞令は言いますよ? でも――
「べ、別にそのくらいどうってことないし」
どうしよう。割とガチ目な反応が返ってきちゃった。
女子高生に養われるとか大人として終わっちゃう。
とりあえず話を誤魔化す意味でも頭をなでなでしてやれば、気持ちよさそうに目を細めてみせるしのぶの姿が。
頭を撫でられるのは嫌でないらしく。わたしの手であっても甘んじて受け入れてみせるあたり、彼女なりの成長が垣間見える。
たぶん今なら、どんな現実が襲い掛かっても大丈夫だろう……。
だからこそしのぶの覚悟が固まった内にこの問題に区切りをつけなきゃならない。
すると頭上からバララララッッと空気を叩く音が聞こえ、ジジジッとベルトに引っ掛けていた携帯端末からノイズが空虚な世界に響き渡った。
「あ、アレって!?」
「どうやら凛子の奴がようやく迎えに来たらしいな」
ナイスタイミング、という訳ではないがそれにしたって間の良い女である。
外から一切干渉を受けないはずの幻想の世界。そこに現実の物理法則が介入してきたということは――幻想と現実の狭間。
奇蹟のような境界線が終わりを迎えたということだ。
「もう、終わりなんだね」
「ああ、お前が子供のままでいられる時間はこれでおしまい。あとは自分の足で歩いていかなきゃなんないんだよ」
そうしてあたりを見渡せばあれだけ無限の広がりを見せていた世界がほころぶように淡い粒子となって崩れていく。
それはまるで世界そのものがしのぶとの別れを惜しんでいるようにも見え、
「うん。もう大丈夫だから」
訳もなく頷き、その景色を焼き付けるように瞼を閉じるしのぶが自分の力でゆっくりと立ち上がってみせた。
どうやら現実を見据える覚悟は決まったらしい。
そうしてわたしも「よしじゃあ、いくか」と言って立ち上がれば「どこに?」と言いたげな楽しげな視線がわたしを見上げる。
そしてわたしは、そのどこまでも純粋で、生き生きと未来を見つめる無垢な瞳を見つめ返し、目の前をスーッと逃げるように横切る大きな燐光をぎゅっと掴むと
「最後の落とし前をつけにだよ」
大胆不敵な笑みを浮かべ、純朴な少女を『遊び』に誘うのだった。
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