第34話 オタバレは突然に――!!

 ◇◇◇


「どうやらどこかの雑居ビル」で「運営しているアニメ喫茶の限定イベント」で「発見者限定の秘密のカフェ」みたいだということを説明してやることしばらく。


 見びり手ぶりでいまどれだけ自分たちが恵まれた立ち位置に遭遇しているのかを説けば、ふーんと興味なさそうな顔したしのぶが興味なさげに辺りを見渡した。


 どうやらここがどんな類の店か理解したらしい。

 本来、同志であればここは感動で咽び泣くところなのだが――


「つまりなに? 実は今日、女児向けアニメのフェスティバルイベントで街中。こんな変なバカ騒ぎしてるっわけ?」


「まぁそんなところだな」


 と肯定してやれば


「ふん。くっだらな」


 と、しのぶからナイフより鋭い毒舌が飛んできた。

 

「アンタほんとこういうのが好きよね。昼間も思ってたけど、なに? 実はいい年してこんな幼女趣味なの? ほんっと引くわ」


「おいやめろその顔、大人はいつになってもこころに憧れを抱いてるもんなんだよ。お前だって昔は好きだったろ、こういうの!!」


 そうして屋いシャツについた缶バッチを見せつければ、冷めた目でわたしを見つめるしのぶの視線が僅かにブレたのを、わたしは見逃さなかった。

 だが厄介なことに一向に『本性』を見せないしのぶはというと――


「ふん、そんなの昔の話だし。誰が高校生になってまでこんな女児趣味なものに夢中になるわけないでしょ、馬鹿にしないでくれる」


 そう言って店内の内装をじっくり見渡し、あからさまに鼻で笑ってみせるのだ。


「だいたいさぁ、大の大人がアニメとかって恥ずかしくないわけ? こんなのタダの娯楽じゃん。秘密のカフェに潜入できたからって騒ぎ立てるようなことでもないし」


 ――と言っておりますが、その割には随分とバタバタと風に揺れる魔法少女ナニカの従魔、ぶっころしクマにょんの着ぐるみから目が離せていないのはなぜなんですかね?


 その横顔をじっと見つめてやれば、ハッと我に返ったようなしのぶがあからさまに誤魔化すような大きな咳ばらいを一つ打ってみせた。


「べ、別に興味があるとかそんなんじゃないんだからね。ただこう言う店に来るのは初めてというか――」


「隠し事へたくそか。だからわたしにチョロいなんて言いたい放題言われるんだよ」


「別にチョロくないって言ってるでしょ!! アンタほんとに殺されたいの!?」


 と言葉を区切って強がってみせるがウソ丸出しである。

 だいたい――


「こんな幼女趣味な財布持っておいてよくそこまで強がれるな。逆に感心するわ」


「はぁ!? なにそれ、どういうこと――ってそれあたしの財布!?」


 そう言って、しのぶの制服ポケットから魔法少女ナニカの立ち絵が印刷された限定アニメ長財布を見せつければ、隣に座ったしのぶの口からから素っ頓狂な声が上がった。


「な、なんでアンタがあたしの財布を持ってるのよ!?」


「いや、お前がいやいや言いながら期間限定デカ盛りハニトー食って、便所に駆け込んだ時にチョロッと」


「ちょろっとって、悪びれもなくアンタねぇ……ッ!! これ探すのにどれだけあたしが苦労したかわかってる? 道理で見つからないわけよ。アンタのおかげで変な奴に絡まれたじゃない!!」


 そう言って八つ当たりのようにワイシャツの襟首をつかまれグラングランするしのぶと、されるわたし。

 まぁ確かに人の財布を勝手に借りパクするのは悪いことだが、

 それにしたって変な奴に絡まれたのはわたしの所為じゃない。そもそも――


「それを言うならわたしは確かにゲーセンの前で待ってろっつたはずなんだけど?」


 そう言ってひらひらと財布を振ってやれば、悔しそうに唇をかむしのぶ。


 どうやら自分にも非があることを、不本意ながらも自覚しているようだ。


 実に扱いやすいやつである。

 そうしてついでに「あ、ちなみにここもお前のおごりだから」と付け足せば本日二度目の素っ頓狂な声が飛び出した。


「な、なんであたしがアンタなんかに奢らなきゃなんないわけ!?」


「反論は受け付けませーん。まぁ迷惑料だと思って諦めるんだな」


 今度こそ身を乗り出して、腰を浮かすしのぶの姿に何事かと店内の同志たちの視線が一瞬だけ突き刺さる。

 ただでさえ派手めな登場をしたのだ。

 居心地悪そうに身をすくませ、恐る恐る席につくしのぶの口から「殺してやる」とわかりやすい殺気が溢れ出した。


「んだよ、けちけちすんなよ。どうせあの過保護なおっさんから持たされた飯代なんだろ? 金持ってるなら奢ってみせるのが気のいい女って奴だろうが」


「堂々と人のお金使い込むような奴に良いも悪いもあるわけないでしょこの馬鹿!!」


 返しなさいよ、と長財布をひったくられ、いつかも言われた光景がデジャブとなって重なる。


 そうして迅速に中身を検め始めるしのぶの口から、「ああ、もうこんなになくなってる!?」という悲鳴が漏れ聞こえたかと、隣からキッと人でも殺しそうな鋭い眼光が飛んできた。

 おお、こわいこわい。

 イライラが募っているのか、苛立ちげに繰り返されるローファーの靴裏が、コンクリの地面に怒りの波動を刻みつける。


「そもそも奢れってアンタ。仮にも大人なんでしょ? 言っておくけど子どもにお昼ご飯たかるとか情けないと思わないの? アニメ喫茶の時はなんとか食べきれたからよかったけど、なに? アンタそんなにお金ないわけ?」


「ああ、ないね。なにせ食費および諸経費諸々はほとんど推しグッズに突っ込んだから、今月はもやし生活に突入するほどなにもない!!」


 と堂々と開き直り、カネなし宣言してやれば「こいつ馬鹿だ」という反応が返ってきた。

 疲れたように頭を抱え、呆れた目でわたしを見てくるしのぶ。


 まったくこういうところで親の血筋が見えるとは、可哀そうな奴だ。


「もやしって――アンタ馬鹿なんじゃないの? そんなんで生きていけたら苦労しないってわかるでしょ普通。っていうか本当に社会人? アンタほんとにそんなんで生きていけるの?」


「ふっ――、この依頼をとちったらマジでその肩書すら抹消しかねないけどな!!」


「いやそれ絶対笑い事じゃないでしょ。……はぁなんでこんなのに目をつけられちゃったんだろ、あたし」


 「ほんともうヤダ」と顔に手を当て項垂れると、か細く零れる言葉が店外に流れるアニソンBGMに溶けて消えていく。

 すると、にこやかな営業スマイルを浮かべた店員のお姉さんが、ハキハキとした口調で近づいてきた。その両手には並々灯られたイチゴのクレープが。


「お待たせしましたー27564番でお待ちのお客様~。当店自慢の魔法少女ナニカの特製ぶっ殺しクレープでーす」


「おおーこれが噂に名高きマスコットキャラ、クマにょんの顔面クレープか!! うおっヤベェ再現度たっか!!」


 バッシャバッシャとスマホを取り出し、写真を撮れば隣から冷ややかな視線が飛んでくる。


 しのぶも納得はしていないが、目の前に出てきた可愛らしいクマの形をしたクレープに視線を落とし、同様に写真を撮っていく。


 どうやら女子高校生のプライドが、インスタなる女傑つどう魔の巣窟に投下せねばと叫んでいるらしい。


 見れば隣から、届いてしまったものは仕方がない、とばかりに大きくため息が聞こえてくるが、


「……あたし、こんなにいらないんだけど」


 案の定、わかりやすい文句が飛んできた。

 まぁどっちにしろわたしが食べたかっただけで、隣のじゃじゃ馬のはついでに買っただけなので別に食う食わないは本人の勝手だが――


「残すんだったらわたしが喰ってやるから食えるだけ食っとけ。どうせお前、意地張って今日の夕食なにも食わない気だったろ。ここらへんで食生活にテコ入れしとかないとマジでぶっ倒れるからな」


「なによ、それ。結局アンタが食べたいだけじゃない……」


「それもある、が。それを抜きにしたって疲れた時に甘いもんは正義だ。面倒な連中に絡まれて疲れてんだろ? 犬にかまれたとでも思って諦めて食っとけ」


 むしゃむしゃむしゃーとクマにょんの頭から齧り付くようにクレープと格闘すれば、隣で律儀に「いただきます」と手を合わせて、特製クレープを口に運ぶしのぶの姿が。

 その食指ははじめはおぼつかないものがあったものの――


「むぅ!? これは――」


 と大きく目を見開き、喜色ばんだ声を上げてみせた。


「なっ、うまいだろ?」


「……まぁまぁの味だし。つぅかあたしの金だし」


 その僅かに綻んだ顔つきを見られたのが気に食わないのか。

 バツの悪そうに明後日の方を向くと、モソモソと食べ始めるが――甘い。あまりにも甘すぎる。


「隙あり!!」


 とクマにょんの耳をフォークでぶっさせば、しのぶの方から抗議の声が上がった。


「あ、ちょっと、何すんのよ。それあたしのイチゴ!? 返しなさいよ!!」


「何度も言うが隙を見せすぎなんだよお前は。だからあんな変な連中に絡まれるんだ。この世は基本、弱肉強食。食うか食われるかの世界にいることを自覚しな」


「なによそれ。いつまで子どもでいる気アンタ。もういい大人でしょもっと落ち着きを持ちなさいよ落ち着きを」


 そう言うなり、大きなため息をつき冷ややかな流し目でわたしを見るしのぶ。

 年下に人生を諭されることを程惨めなものはないが、その口調ははじめ遭ったときに比べれば幾分か柔らかいものがあり、


「はぁ、ったく。朝からほんっっと最悪な気分だわ。変な奴らには絡まれるし、なんで昨日あれだけ人の思いを踏みにじってきた鬼なんかと一緒にアキバめぐりしなくちゃいけないのよ」


 そうして、一度私から視線を外すしのぶが片方に残ったイチゴをフォークで突き刺し、ゆっくりと口へ運ぶと。


「ほんと馬鹿みたい」


 と言って、一人静かに空を見上げるのであった。

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