第57話 『形勢逆転』
愕然とした声が無情にビルの屋上に響き渡った。
「え、ちょっ何やってるのアンタ!? ここはわたしとパパとの決着でしょ!! なに邪魔してんのよ!!」
「いや、なんかむしゃくしゃしたから」
「だから動機が雑なんだってば!! 凛子さんも黙ってみてないで止めてよ。あれ? じゃあ神無さんが言っていたケジメってまさかこれのことなの!?」
「ええ、胸のすく思いでしょう? やっぱり一発殴らせるならと彼女に頼んでおいて正解ですわね」
「いやいや、え、だってそんなことしたら――」
「ええ。最悪、傷害事件。もしくは暴行罪で報酬がパァですわ」
「それ絶対ダメなやつじゃんッッ!!」
「はっ――いらねよそんなきたねぇ金なんて」
吐き捨てるように睨みつければ、順太郎の理解不能と言いたげな怯えた反応が返ってくる。
「報酬がいらない? 君だって、欲しいものがあって今まで努力していたんだろ!? どうして、こんなすべてを投げ捨てるような真似を――、この件に目を瞑っていれば莫大な金が手に入ったというのに……!!」
「勘違いすんなゲス野郎。確かに、わたしの第一目標は平和に素敵にオタ活を送ることだし金だって入用だ。ただなぁ、それはあくまで趣味の話であって、大事なダチを見捨ててまで極めるようなことじゃねぇんだよ!!」
そもそも優先順位を間違えてんじゃねぇ!!
わたしにはわたしなりの目的があるんだ。
勝手にテメェの尺度に当てはめて、盛大な勘違いしてんじゃねぇよ。
「わたしはコイツと面白おかしくオタ活できればそれでいい。テメェがいらねぇって言うんならこいつはわたしがもらう。異論は認めねぇ」
「――ッッ!?」
しのぶの息を呑む声が聞こえてくる。
「そ、そんなことできるはずがないだろ。しのぶの親権は僕にあるんだ。今更部外者がどうこうできるはずがない。しのぶの人生は僕の、親のものだ!!」
「――ッ!! この期に及んでよくそんなクズみてぇな言葉が吐けるな!!」
「お待ちなさいな」
胸ぐらをつかみ上げ、振りかぶった拳を横から止められる。
「り、凛子さん」
「凛子。テメェこの期に及んでまでそっちの味方か」
「それ以上やれば、本当に殺しかねませんわ。貴女は娘の前で二度、実の親を殺す気ですの?」
「クッソ、それをわたしに言うのかよ」
そこまで言われたら引き下がらざる負えない。
乱暴にカシュミアのスーツを突き放せば、形勢逆転と言いたげに不気味に顔を歪めてみせる順太郎。
彼はニタニタと泥のような下衆な笑みを浮かべるとヤレヤレと余裕そうに首を横に振ってみせた。
「まったく人騒がせな。いいかい君たちは一つ勘違いしている。僕は何もしのぶに死んでほしいわけじゃないんだ。幻死症を乗り越えたのなら、それはそれでいいのさ」
「……どういうことだ?」
「ここで彼女が動いたということは、もしかして凛子さんも知らなかったんじゃないのかな? うちのしのぶが幻死症を乗り越え幻想症候群に至ったことに」
「……ええ、乗り越えたということだけは存じておりますが、そこまでは知りませんでしたわね」
「勝ち誇ったような顔をしていたところ悪いが僕とあなた方、秘匿機関の交渉は一つじゃないんだ。万が一、幻死症を乗り越えれば、二億で買い取ってくださるという約束があるんだ。それに今回の件に僕が関与した証拠がない!! それはそうだ、なんたって僕は最初から最後までいい父親だったんだからな」
そう言って両手を掲げ高らかな勝利宣言を告げてみせた。
しのぶもこの話は初めて聞いたのだろう。その顔には驚きがあった。
「凛子さん。大人になりましょう。貴女だって今の地位を捨てるのは惜しいはずだ。娘は見事乗り越えました。きっとあなた方、政府のお役に立つと思いますよ?」
「そんな……」
「ゲスが――」
「ふっ、残念だったようだね。もう少しで僕を追い詰められたのに、ここに来て立場の差が出てしまったようだ」
このやろうッッ!!
そうして握りしめた拳を振りかぶれば「神無ちゃん」と今まで空気に徹していたみーちゃんから羽交い絞めされてしまった。
「みーちゃん放せ。私はこのくずを殺してでもしのぶを奪うぞ」
「ダメだよ。神無ちゃん。いまは凛子ちゃんのターンなんだから」
どこでこんな技術を習ったのかギリギリと関節を決められて動けない。
というかマジで痛いんだけどッッ!?
「やれやれ、まったく貴女という人は立っているのが精一杯の癖にいう事だけは勇ましいんですから。ですが貴女はわたくしに一つ借りがあるはずですわ。それをここで徴収させていただきましょうか」
「うぐぅ!? おまっ、マジで言ってんのか!?」
「ええマジです」
その思わぬ宣言に、思わず言葉が詰まる。
「借りってどういうこと?」
「なんてことありませんわ。この女は貴女を助ける情報を売り渡す代わりに一つだけ言うことを聞く契約を持ちかけてきたんですの」
絶望的な表情になるしのぶとは対照的に期待に胸を膨らませる富岡順太郎。
「では凛子さん――」
「ええ、富岡順太郎さん。確かにウチの上層部とそう言った密約はあったのは存じておりますわ。ですが、それはあくまで貴方が保護者として娘さんを管理できている場合、というのはもちろんご存知ですわよね?」
「は?」
ここで初めて順太郎の中から表情が消えた。
「それは、いったいどういうことですか?」
「わたくしと密約を交わしていたのは何も『貴方たち』だけではないということですわ」
そう言って懐から白い手袋を投げるように、いくつもの書類が順太郎に投げ渡された。
怪訝な表情を浮かべてみせる順太郎が、恐る恐る書類を拾い上げてそのページを一枚一枚捲っていけば、
「こ、これは――」
呻くような、身を切り裂くような驚愕が男の口から洩れた。
「貴方の娘さんからの告発文と、その他大勢の『善意』ある方々から提供された証拠の一部ですわ。一年にも及ぶ屈辱のなか、彼女はよく堪えてくれました。そしてこれが――貴方と政府高官との汚職現場ですわ」
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