第47話 『富岡しのぶ』と『絶望』


 堪えるような響きの泣き言が風にさらわれて消えていく。


 でもそんな弱虫も今日で終わりだ。


 だって凛子さんが体のいい言い訳をあたしにくれたから。


「もう、迷わない」


 スマホの電源を入れれば、約束の時刻を少し過ぎている。

 あいにくと小高い丘の所為か圏外だし、電話もつながらない。


 まぁ、少しくらい遅れたってどうってことないけど――


「――あれ? あんなところに小屋なんてあった、け?」


 景色が傾き、持っていたスマホが地面に落ちる。そう認識した頃にはあたしの身体は言うことを聞かず、いつの間にか地面に横倒しになっていた。


 踏ん張って立ち上がろうとしても手足がしびれ、力が入らない。


 どうして、まだ。時間はあるはずなのに。

 そして――混乱する頭を必死に動かし、どうにか立ち上がろうと身動ぎすれば、背後の茂みからガサゴソと何かが動く音が聞こえた。


『こちらα、対象の無力化を確認しました』

『了解、こちらβ。対象の捕獲を開始する』


 無機質な声が機械越しに霊園に響き渡り、ぞろぞろと見たこともない黒いレザースーツにヘルメットで人相を隠した集団が現れる。


 凛子さんがあたしに付けてくれた護衛部隊かと思ったけど、違う。

 あの人は悪戯でもこんな『予定外』のことはしない。


 息苦しさを覚えながら喘ぐように口を動かせば、リーダーらしきバンダナを巻いた男があたしを見た。


「あなた達、だれ――?」


 見たこともないスーツ姿の集団だ。

 でも、このタイミング。この秘密の墓地を知っているということは……。

 これが凛子さんが言っていた政府直属の――


「むぐ、むぐぐぐ――!?」

『対象を確保。いまから帰還に入る』


 布で口を押えられどうにか藻掻くように身体を動かすが、抵抗も虚しく二人の男に拘束される。


『まったく手こずらせてくれる。本来であれば一日で済む任務を一年もかけてしまうとは……、あの女が邪魔さえしなければもっと楽に事を運べたものを』


 ああ、やっぱり気づいていたんだ。

 布に薬品を沁み込ませているのか、息をするたびに身体の力が嘘のように抜けていく。


 でもこれでようやく終われると思った瞬間、思考が徐々に暗闇の中に落ちていく。

 あとは凛子さんが来れば全部――


『あの女の助けを期待しても無駄だ』

「――!? どう、いうこと?」

『ほぅ、まだ口が利けるのか。随分としぶといんだな、君は』


 思考を先読みされたことに驚き、思わず痺れる唇を動かせば、リーダーらしき男のヘルメットの奥から怪しい嘲りが飛んでくる。

 あたしのことはどうでもいい。なんで凛子さんとあたしの契約のことを知って――


『我々がNEEDSの動向をチェックしていないと本気で思っているのか。君とあの女の企みなど全てお見通しだよ』

「う、そだ」

『噓なものかね。現に彼女はここに来ていない。それが全てさ』


 そんな――。


『我々の仕事は捕獲までだ。あとは研究所に回す。例の現実覚醒パッチ、【リブート】の用意を』


『ですが隊長。報告では、対象は意識不明の昏睡状態にしろとの命令でしたが』


『ああ、そうだったな。なら昏睡の原因は――崖からの転落死でいいか』


 その冗談にも思えるような言葉に本気で背筋が震える。

 この人は、本気だ。本気であたしを事故死に偽装するつもりで――


 最悪の可能性が頭を過ぎり、激しく身体を揺するが薬の所為か力が入らない。


「はな、して……」

『おおっと、暴れないでくれたまえ。これでは本当に殺してしまうじゃないか』


 確かにここから落ちれば、大怪我だけじゃすまないかもしれない。

 でもこいつらが本当に欲しいのは、あたしの『幻想』だけで。こんな奴らの思い通りになるくらいならいっそ――


「ああ、先に言っておくが能力を使って逃げようだなんて考えない事だ。あのご令嬢には悪いが、なにも君の『幻想』に干渉できるのは彼女らだけではないのだよ」


 ――!? なんで、どうして幻想が使えないのッッ!?


『ふっ――『幻想』対応型アーキテクチャ、か。まったく便利なものを作ってくれたものだよ、彼女は』


 その口ぶり。まさか、凛子さんから奪って――


『……なに、そう警戒することはない。我々の技術力ではかなり大型になってしまっただけで、我々もあのご令嬢と同じものをものを作り上げたというだけのことだよ。どうだね、効力はお墨付きだ』


 そう言ってリーダーの視線が、記憶にないはずの小屋に向けられる。

 そうか。あれの所為であたしの『幻想』は……


『ああ、ここで舌を噛み切ろうなんて余計なことは考えない方がいい。初めに言っておくが、脳さえ残っていれば延命処置は可能だそうだ。これがどういう意味を持つか、聡い君ならわかるんじゃないかい?』


 ゾッと底冷えする声色が、心臓を鷲掴みする。

 これは、本気の忠告だ。

 この人は本気で、あたしの『身体』なんかどうでもいいと思っている。


 それはあたしが泣こうが喚こうが、一方的に救ってみせるという暴力にも似た魂の救済で――あたしの意志はいらないという死刑宣告に等しかった。


 やっていることはあの人と同じなのに、なんでこんなにも恐ろしいの?


『君が望むとおり、君の身体は余すことなく我々が保護しよう。だから――安心して国のために死んでくれたまえ』


「い、や……やめ……」


『ふっ、死にたがりが今更怖気づくか。君の動向はある男から逐一報告を受けている。まったくあの財閥のご令嬢も余計なことをしてくれたよ。あの黒髪の女の邪魔がなければもっと穏便に事を運べたというのに』


 そうしてあたしの身体を抱えながらおかあさんの墓を横切り、その剥き出しの崖の前に立つヘルメットの男。


 その声はどこか祈るように穏やかで――


『ここには君の死を阻むものはなにもない。だから安心して死ぬといい』


「へぇー、誰の邪魔だって」


 続けざまにこの場に存在してはいけないはずの『誰か』の声が霊園に響き渡った。




 

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