第48話 『富岡しのぶ』、真の闘争を垣間見る。
『――ッ!? 誰だ!!』
あまりにも突然の出来事にリーダーの号令の後に、四人の視線が辺りを警戒するようにバラバラに動き出した。
互いが互いの死角をカバーしているのだろう。
でも、あたしは、この声を知っている。
彼女との縁はあたし自身が自分で断ち切ったはずなのに――
そうして鮮やかすぎる厳戒態勢に誰もが息を呑めば、白い霧が降りしきる森のなか。草の根をかき分けるように暗闇より暗い森の中から――本来、ここに居るはずのない人物が現れた。
「よう、しのぶ。相変わらず面倒ごとに巻き込まれてんのな、お前は」
「うそ……」
なん、で。アンタがここに居るのよ。
ここ数日で見慣れた白いワイシャツにすらりとしたスラックス姿は忘れたくても忘れられない。
異常事態だというのに彼女の纏う雰囲気は至って平静で、散歩のついでにたどり着きましたといった場の雰囲気にそぐわない気軽さがあった。
「いやー、死にたがりのバカ娘の根性試しでも見物しようかと来てみれば、ずいぶんと面倒なことになってんのな。なにこれ? ドラマの撮影現場?」
『き、貴様は――鬼頭神無ッッ。報告では睡眠薬で沈んでいるはず。その貴様がなぜここにいる!?』
「おいおい。どこのどなたかは知らないけど人を化物みたいに言うんじゃねぇよ。これでもか弱い乙女なんだぜ? レディにはもっと優しくすべきってママに習わなかったのか?」
予想外と言いたげなリーダーの語調に、ヤレヤレと肩をすくめてみせる鬼頭神無。
その手には、コンビニに寄ったであろうレジ袋が握られており、本気であたしをおちょくるために来たのだとわかる。
だけど――
「それにしても――正直、わたし以外にも見物客がいたとはちょっと驚きだったよ」
その人当たりのいい笑顔が、突如として禍々しい嘲笑に変わった瞬間。
ざわめく謎の集団があからさまな厳戒態勢を取る。
これは、
それはあたしを抱えるリーダーの男も例外じゃなく――
その予測済みと言った反応を見せる男たちを前に、あの人は――鬼頭神無はガリガリとその性質が髪に表れたような跳ねっかえりの黒髪を右手で掻いて、あからさまに大きなため息を吐いてみせた。
「はぁあああああ、ったく。ガキ一人に馬鹿が五人。お国の為なら子供の命なんて使い捨てか。随分と腐ってやがんなおい」
深く、それこそ呆れるほど深く大きなため息を吐き出してみせる彼女の口から、本来飛び出してはいけない言葉が溢れ出す。
その眼光は先ほどまで灯っていた親しみの色はなく。
まっすぐに獲物を屠らんとする人外じみた鋭い輝きが光っていた。
「それで。政府のお役人がこんなところに何の用だい。葬式の下見にしちゃあちっとばかり物騒すぎるような気がするんだけど?」
『そこまでわかっていて邪魔するか。ただではすまんぞ……』
「……へぇ、言うじゃん」
声の質量に伴って全身から溢れ出す殺気。
森全体が呼応するように震えているのがわかる。
初めて向けられる刃物のように冷たくひりつく猛々しい気配に、あたしを囲うように警戒していた男たちが即座に腰のものに手を当てた。
『――っ!? 貴様、我々政府に楯突こうというのか!!』
「そりゃこっちの台詞だクソが。凛子の周りをコソコソ調べまわってんなら知ってんだろ? ならわたしの仕事がそこのガキのお守りだってのも知ってるわけだ」
「だったらよぉ――」と言葉を区切る彼女の口から、普段からは考えられないほど荒々しい怒気が噴き出した。
「死ぬ覚悟はできてんだろうなテメェ等ッッ!!」
レジ袋を後ろに投げつけ、五対一にもかかわらず、拳一つで一直線に突撃してくるのは馬鹿としか思えない。でも――
『くっ、やれ!! かまうな!! 最悪死んでも構わん!!』
「――おせぇッッ!!」
一瞬で肉薄する彼女の動きに、群体じみた統率に初めて乱れが生じる。
この平和な日本で拳銃が引き抜かれる現場なんて初めて見た。
パンパンと霊園に似つかわしくない乾いた音がいくつも鳴り響き、その銃口は全て守るべき一人の一般市民に向けられる。
だけど――
『うそだろ……』
誰が呟いたのかはわからない。
けれど一人の人間を確実に射抜いたはずの銃弾は、全て避けられ――
「はっ、この程度かよ。政府直属の実働部隊ってのは」
嘲りと共に五人のうちの誰かが崩れ落ちるようにして沈み、鬼頭神無は地面に転がった拳銃をその手で即座にバラしてみせた。
『隊長!! βが、βがやられました!!』
『まだだっ! まだ怯むな!! 奴と距離が離れているうちになんとしても撃ち殺せ!!』
そう言って容赦なく一人の人間に銃口を向ける男たち。
だが――鬼頭神無は彼らが引き金を引くよりも早く、身をかがめて力をためると
「だから甘いっつってんだろうがッッ!!」
爆発的な脚力で一瞬で男たちに肉薄し、咎めるような一撃が正確に男たちの拳銃を無力化していく。
一瞬で肉薄された彼らの飛び道具は、すでに意味をなさない。
パラパラと無残に地面に零れるパーツの数々が、ありのままの現実として男たちの精神に叩き込まれ、統率の取れた群体がバラバラに引きちぎられていく。
動揺する男たちの呻き声が聞こえるが、本来、この『戦場』を掌握するのは彼らのはずだった。
それが小石のつぶてや手刀で拳銃がバラされ連携の有利が断ち消え、彼女が最も得意とする肉弾戦に挑めば、一人、また一人と男たちの急所に強烈な一撃が炸裂し、大地に沈んでいくありさまだ。
正直、格の差が違いすぎる。
素人目でも鮮やかすぎるその手際はすでに芸術の域にあったのかもしれない。
その結果。
特殊スーツに身を包んだ四人分の『死に体』が屍のように野花の上に積み上がり、悪あがきの銃弾が全て鳴り終えた頃。
「これで終いだ。クソ野郎」
ゾッとするほど静かな殺気が鬼頭神無の口から溢れ出し、この凄惨な戦場の終わりを告げるのであった。
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